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第4章
消えた妻
しおりを挟むヴォルフを乗せた馬車は、ハルトマン家の屋敷へと続く街道をひた走っていた。
商談は無事に成功したが、ヴォルフの心はすでに仕事にはなく、屋敷で待つエリアスのことで占められていた。
(……エリアス)
窓の外の景色を眺めながら、旅立つ朝の妻の姿を思い出す。
まだ身体が万全ではないにも関わらず、ヴォルフの身を案じ、無事を祈って笑顔で送り出してくれた、美しく健気な妻。
数日とはいえ、病み上がりの彼を置いて家を空けてしまったことへの罪悪感と、早くその顔を見たいという焦燥感が入り混じる。
「少し、急いでくれ」
ヴォルフは御者に声をかけ、馬車を急がせた。一刻も早く帰りたい。ただそれだけだった。
その道中だった。
前方から、ものすごい勢いで駆けてくる一頭の早馬とすれ違った。
土煙を上げ、鬼気迫る様子で走るその姿に、なんだ、と目で追った瞬間。
ヴォルフの乗る馬車とすれ違ったその馬が、急激に手綱を引かれ、いななきと共にその場で引き返してきたのだ。
「――ハルトマン卿!!」
必死な叫び声が聞こえ、ヴォルフは眉を顰めて窓を開けた。
並走するように駆け寄ってきた馬上の人物を見て、ヴォルフは目を見開いた。
それは、いつも屋敷のあたりを担当している、顔なじみの郵便配達員だったからだ。
「どうした、何事だ!」
ヴォルフが窓から身を乗り出して問うと、配達員は息を切らしながら叫んだ。
「ハルトマン家から、貴方様へ急ぎ届けるようにと……シュミット様より手紙をお預かりしております!」
「シュミットから?」
ただならぬ気配を感じ、ヴォルフはすぐに馬車を止めさせた。
震える手で配達員から手紙を受け取り、封を切る。
中に入っていたのは、いつもの事務的な報告書ではなく、走り書きのような一枚の紙片だった。
そこには、見慣れたシュミットの筆跡で、信じがたい一文が記されていた。
『奥様が行方不明です。急ぎご帰宅ください』
それだけだった。
いつ、どこで、どうして。それ以上のことは何も書かれていない。
書かれていないということは、おそらく、現場のシュミットたちでさえ「何も分からない」という異常事態なのだろう。
「――――ッ」
ヴォルフの顔から、血の気が引いた。
「出せ!!全速力だ!!」
配達員に礼を言う間もなく、ヴォルフは御者に向かって怒号を飛ばした。
馬車が軋むほどの急発進をし、先ほどよりもさらに速度を上げて屋敷へと疾走する。
(エリアスが、行方不明……?)
全く状況が飲み込めない。
真っ先に脳裏をよぎったのは、かつての元凶であるバンガルド卿の存在だ。
だが、すぐにそれを打ち消した。
バンガルドへの粛正は、裁判中ではあるが終わりに近づいている。
アルシードからは、あれ以来、外部との連絡手段も完全に断ち切ったと聞いているし、何よりあの「指詰め」の一件以来、バンガルドは完全に精神を病み、憔悴しきって勢力も失っているはずだ。
今の彼に、ハルトマン家の警備をかいくぐってエリアスを攫うような力も気力も残っていない。
あの男じゃないとしたら、一体何があったのか。
事故か、別の誰かの犯行か、それとも――。
思考を巡らせても、全く答えが出ない。
ただ一つ、確実に分かることがあるとすれば。
どれだけ急いで帰っても、そこで待っているはずの、愛しい妻の笑顔はもうないということだけだった。
「くそっ……!」
ヴォルフは馬車の壁を拳で殴りつけ、祈るように両手を組んだ。
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