銀色の商人と贋作の妻

真大(mahiro)

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第4章

理由への道標

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ヴォルフは、そのまましばらくの間、身動き一つ取ることができなかった。
冷たいベッドの端に座り込み、手の中にある結婚指輪と、たった一言の手紙を見つめる。

何も分からない。けれど、残酷なまでに分かっていることはただ一つ。
エリアスは、もうここにはいない。
何者かに奪われたのではなく、自らの意思で指輪を外し、ヴォルフの元を去ったのだ。

理由を知りたい。問い詰めたい。抱きしめたい。
なのに、それを教えてくれるはずのエリアスは、もうどこにもいない。
その事実が鉛のように重くのしかかり、ヴォルフの精神は崩壊の一歩手前で軋みを上げていた。

「……ッ」

だが、しばらくしてヴォルフは弾かれたようにベッドから立ち上がった。
こうして嘆いていても、時間は過ぎ、エリアスが遠ざかっていくだけだ。
自分は何かを見逃していたのかもしれない。エリアスを追い詰めていたのかもしれない。

けれど、あの教会で、二人きりで誓い合った愛は本物だったはずだ。エリアスのあの涙も、笑顔も、全てが嘘だったはずがない。
エリアスがヴォルフを愛しているなら、それ以外何も要らない。

(理由を知りたい……君が、自分から立ち去らなければならなかった理由を)

ヴォルフの瞳に、再び強い理性の光が戻った。

ヴォルフは自分の首にかけていたチェーンを外し、そこにエリアスの結婚指輪を通した。
再び首にかけると、アイスブルーの宝石がヴォルフの胸元で重みを持って揺れた。
これがあれば、いつか必ずエリアスに辿り着ける。そんな気がした。

ヴォルフは寝室を出て、使用人たちが待機している部屋へと向かった。
騒然とする広間ではなく、落ち着いて話ができる談話室に場所を変え、シュミットとアンナを呼んだ。
直前までエリアスのそばにいたアンナから、もっと詳細に話を聞くべきだと思ったのだ。

「アンナ。……辛いだろうが、ここ数日のエリアスの様子を詳しく教えてくれ」

ヴォルフが努めて冷静に問うと、アンナは涙を拭い、震える声で話し始めた。

「はい……。旦那様が旅立たれた日、定期検診のために王宮から女性のお医者様がいらっしゃいました。診察中は奥様とお二人きりでしたので、何があったかは分かりません。ですが……」

アンナの顔色が、みるみるうちに青ざめていく。

「お医者様が出て行かれたあと、奥様のご様子が……明らかに変わってしまわれて……」
「変わった?」
「はい。ベッドの上で、眠るのではなく膝を抱えて座り込んでいらっしゃって……『一人にしてほしい』と……。お水も、お食事も何も口にされずに、ただ部屋に籠もられていました。わ、私はお医者様がいらっしゃった直後だったので、お身体の具合が悪かったのかと……」

アンナの目から再び涙が溢れ出した。

「でも、奥様が行方不明になられた今朝……奥様はとても明るかったんです。『心配をかけた』と笑って、お水も食事も召し上がられて……そして、『自分のための本が買いたい』と、書店へ行きたいとおっしゃいました。……あの時、奥様は私に心配をかけないように、明るく振る舞っていらっしゃったのでしょうか……。奥様は、もしかして、ご自分で……ッ」

アンナはそこまで言うと、自分の推測にたどり着き、口元を覆った。

ヴォルフは静かに、懐から封筒を取り出した。
中に入っていた紙を広げ、シュミットとアンナに見せる。
そこには、エリアスの美しい文字で書かれた『さようなら』という言葉があった。

「……ッ!」

二人が息を呑む。
さらにヴォルフは、シャツの胸元を開け、チェーンに通したエリアスの結婚指輪を見せた。

「ベッドの枕の下に、手紙と共に……この結婚指輪が封筒に入っていた。……エリアスは、自分から姿を消したんだ」
「どうして……」

シュミットとアンナが同時に呟いた。
その問いは、ヴォルフの胸中にあるものと同じだった。
あんなにもヴォルフを愛し、ハルトマン家の使用人たちを家族のように大切にしていたエリアスが、なぜ自分からここを去らなければならなかったのか。
愛し合っていたはずなのに、なぜ。

だが、アンナの話を聞いて、ヴォルフの中で一つの線が繋がった。
エリアスの様子がおかしくなったのは、医師が来た直後だ。
それまでは、ヴォルフを気遣い、明るく送り出してくれていた。
だとしたら、原因はその「診察」にある。

「……おそらく、理由は、その医師に聞けば分かるかもしれない」

ヴォルフは鋭い眼光を放った。

「王宮の医師だと言ったな。……すぐに手配しろ。王宮へ向かう」

ヴォルフは胸元の指輪を握りしめた。
この糸口が、エリアスへと続く希望の道なのか、それともさらなる絶望への入り口なのかはまだ分からない。
だが、立ち止まっている暇はなかった。
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