194 / 251
第4章
理由への道標
しおりを挟むヴォルフは、そのまましばらくの間、身動き一つ取ることができなかった。
冷たいベッドの端に座り込み、手の中にある結婚指輪と、たった一言の手紙を見つめる。
何も分からない。けれど、残酷なまでに分かっていることはただ一つ。
エリアスは、もうここにはいない。
何者かに奪われたのではなく、自らの意思で指輪を外し、ヴォルフの元を去ったのだ。
理由を知りたい。問い詰めたい。抱きしめたい。
なのに、それを教えてくれるはずのエリアスは、もうどこにもいない。
その事実が鉛のように重くのしかかり、ヴォルフの精神は崩壊の一歩手前で軋みを上げていた。
「……ッ」
だが、しばらくしてヴォルフは弾かれたようにベッドから立ち上がった。
こうして嘆いていても、時間は過ぎ、エリアスが遠ざかっていくだけだ。
自分は何かを見逃していたのかもしれない。エリアスを追い詰めていたのかもしれない。
けれど、あの教会で、二人きりで誓い合った愛は本物だったはずだ。エリアスのあの涙も、笑顔も、全てが嘘だったはずがない。
エリアスがヴォルフを愛しているなら、それ以外何も要らない。
(理由を知りたい……君が、自分から立ち去らなければならなかった理由を)
ヴォルフの瞳に、再び強い理性の光が戻った。
ヴォルフは自分の首にかけていたチェーンを外し、そこにエリアスの結婚指輪を通した。
再び首にかけると、アイスブルーの宝石がヴォルフの胸元で重みを持って揺れた。
これがあれば、いつか必ずエリアスに辿り着ける。そんな気がした。
ヴォルフは寝室を出て、使用人たちが待機している部屋へと向かった。
騒然とする広間ではなく、落ち着いて話ができる談話室に場所を変え、シュミットとアンナを呼んだ。
直前までエリアスのそばにいたアンナから、もっと詳細に話を聞くべきだと思ったのだ。
「アンナ。……辛いだろうが、ここ数日のエリアスの様子を詳しく教えてくれ」
ヴォルフが努めて冷静に問うと、アンナは涙を拭い、震える声で話し始めた。
「はい……。旦那様が旅立たれた日、定期検診のために王宮から女性のお医者様がいらっしゃいました。診察中は奥様とお二人きりでしたので、何があったかは分かりません。ですが……」
アンナの顔色が、みるみるうちに青ざめていく。
「お医者様が出て行かれたあと、奥様のご様子が……明らかに変わってしまわれて……」
「変わった?」
「はい。ベッドの上で、眠るのではなく膝を抱えて座り込んでいらっしゃって……『一人にしてほしい』と……。お水も、お食事も何も口にされずに、ただ部屋に籠もられていました。わ、私はお医者様がいらっしゃった直後だったので、お身体の具合が悪かったのかと……」
アンナの目から再び涙が溢れ出した。
「でも、奥様が行方不明になられた今朝……奥様はとても明るかったんです。『心配をかけた』と笑って、お水も食事も召し上がられて……そして、『自分のための本が買いたい』と、書店へ行きたいとおっしゃいました。……あの時、奥様は私に心配をかけないように、明るく振る舞っていらっしゃったのでしょうか……。奥様は、もしかして、ご自分で……ッ」
アンナはそこまで言うと、自分の推測にたどり着き、口元を覆った。
ヴォルフは静かに、懐から封筒を取り出した。
中に入っていた紙を広げ、シュミットとアンナに見せる。
そこには、エリアスの美しい文字で書かれた『さようなら』という言葉があった。
「……ッ!」
二人が息を呑む。
さらにヴォルフは、シャツの胸元を開け、チェーンに通したエリアスの結婚指輪を見せた。
「ベッドの枕の下に、手紙と共に……この結婚指輪が封筒に入っていた。……エリアスは、自分から姿を消したんだ」
「どうして……」
シュミットとアンナが同時に呟いた。
その問いは、ヴォルフの胸中にあるものと同じだった。
あんなにもヴォルフを愛し、ハルトマン家の使用人たちを家族のように大切にしていたエリアスが、なぜ自分からここを去らなければならなかったのか。
愛し合っていたはずなのに、なぜ。
だが、アンナの話を聞いて、ヴォルフの中で一つの線が繋がった。
エリアスの様子がおかしくなったのは、医師が来た直後だ。
それまでは、ヴォルフを気遣い、明るく送り出してくれていた。
だとしたら、原因はその「診察」にある。
「……おそらく、理由は、その医師に聞けば分かるかもしれない」
ヴォルフは鋭い眼光を放った。
「王宮の医師だと言ったな。……すぐに手配しろ。王宮へ向かう」
ヴォルフは胸元の指輪を握りしめた。
この糸口が、エリアスへと続く希望の道なのか、それともさらなる絶望への入り口なのかはまだ分からない。
だが、立ち止まっている暇はなかった。
58
あなたにおすすめの小説
僕の、しあわせ辺境暮らし
* ゆるゆ
BL
雪のなか僕を、ひろってくれたのは、やさしい男の子でした。
ふたりの、しあわせな辺境暮らし、はじまります!
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
抑制剤の効かない薬師オメガは森に隠れる。最強騎士団長に見つかり、聖なるフェロモンで理性を溶かされ、国を捨てた逃避行の果てに番となる
水凪しおん
BL
「この香りを嗅いだ瞬間、俺の本能は二つに引き裂かれた」
人里離れた森で暮らす薬師のエリアルは、抑制剤が効かない特異体質のオメガ。彼から放たれるフェロモンは万病を癒やす聖なる力を持つが、同時に理性を失わせる劇薬でもあった。
ある日、流行り病の特効薬を求めて森を訪れた最強の騎士団長・ジークフリートに見つかってしまう。エリアルの香りに強烈に反応しながらも、鋼の理性で耐え抜くジークフリート。
「俺が、貴方の剣となり盾となる」
国を救うための道具として狙われるエリアルを守るため、最強の騎士は地位も名誉も投げ捨て、国を敵に回す逃避行へと旅立つ。
シリアスから始まり、最後は辺境での幸せなスローライフへ。一途な騎士と健気な薬師の、運命のBLファンタジー。
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*不定期連載です。
今からレンタルアルファシステムを利用します
夜鳥すぱり
BL
大学2年の鳴水《なるみ》は、ずっと自分がオメガであることを隠して生きてきた。でも、年々つらくなる発情期にもう一人は耐えられない。恋愛対象は男性だし、男のアルファに会ってみたい。誰でも良いから、定期的に安全に話し相手をしてくれる人が欲しい。でもそんな都合のいい人いなくて、考えあぐねた結果たどり着いた、アプリ、レンタルアルファシステム。安全……だと思う、評価も星5で良いし。うん、じゃ、お問い合わせをしてみるか。なるみは、恐る恐るボタンを押すが───。
◆完結済みです。ありがとうございました。
◆表紙絵を花々緒さんが描いてくださりました。カッコいい雪夜君と、おどおど鳴水くんです。可愛すぎますね!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる