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第4章
悲しい愛
しおりを挟むヴォルフは屋敷を出る前、王宮の医師を遣わせてくれたアルシード宛に早馬で急ぎの手紙を出し、その後すぐに自らも馬車に飛び乗って王宮へと向かった。
御者に無理を言い、馬車を飛ばさせたヴォルフが王宮へ到着すると、すでに手紙を読んで事態を把握していたアルシードが、険しい表情で出迎えてくれた。
「ヴォルフ!エリアスがいなくなったって、どういうことだ?一体何があった?」
「……分からない。何も分からないんだ」
ヴォルフは焦燥と疲労が滲む顔で、友人に縋るように言った。
「それを知りたくて来た。……エリアスが姿を消す直前、彼を診察したあの王宮医師に会いたいんだ」
「分かった。すぐに手配する」
アルシードの迅速な手配により、すぐに誰にも聞かれない王室の奥まった一室に面会の場が設けられた。
しばらくして、ノックと共に一人の女性が入室してきた。
エリアスの検診に訪れた女医だ。
彼女は知性的で穏やかな雰囲気を纏っており、ヴォルフを一目見ただけで、彼女が意図的にエリアスを傷つけるような人間ではないことは察せられた。
(……悪意がある人間ではない、か)
ヴォルフは心のどこかで、医師の心無い言葉がエリアスを追い詰めた可能性も疑っていたが、その線は薄そうだ。ならば、語られた「事実」に原因がある。
「急にすまない。……私の家のメイドが言うには、妻が、貴女の診察を受けた後から明らかに様子が変わったと言っているんだ」
ヴォルフは単刀直入に切り出した。
「検診の時に何があったか、話した内容を全て教えてくれ」
そう問うと、医師は一瞬言葉に詰まり、痛ましげに顔を曇らせた。
「……検診の結果、奥様のお身体は、ほとんど健康なものに戻っていらっしゃいました。あとは体力を戻すだけだと、そうお話しした時……」
そこで、医師は口籠る。
「言いにくいことでも、言ってほしい。……私は、妻のことを知りたいんだ」
ヴォルフの悲痛な声に、医師は意を決したように顔を上げた。
「はい……。奥様は、その時に……『ヒートが来る予兆がない』とおっしゃいました」
「……ッ」
ヴォルフが目を見開く。
「定期的に、ズレがあるとしても三ヶ月に一度。その時期が迫っているのに、いつも来るはずの予兆が全くないことを、とても心配されていました。そこで……私は、オメガの身体は神秘であるため、医師としての断定的な診断は難しいと前置きをした上で……」
医師は一つ、息を吐き出した。
「奥様のお身体は、一度に大量の血を失い、生命の危機に至るほどのショックを受けました。そのことが原因で……お身体が生命維持を優先し、生殖機能を停止しているのでは、と。あくまで医学的な仮定として、お話ししました」
ヴォルフは黙って聞いていた。
膝の上で組まれた両手が、カタカタと小さく震えている。
「奥様も、ご自身で同じ仮定に辿り着いてはおられたようです。そして、話を重ねた結果……」
医師は残酷な事実を口にした。
「今ここまで健康な状態に戻っているのに、ヒートの予兆が全くないということは……奥様のお身体は、生殖機能を完全に失っている可能性もあると……そう、お話ししました」
「……!」
同席していたアルシードが息を呑んだ。
部屋に重苦しい沈黙が落ちる。
アルシードが、凍りついたヴォルフに代わって医師に問いかけた。
「……それは、あくまで医師としての診断ではなく、仮定ということで良いんだな?」
「はい、そうです。今の段階では断定できません。奥様にもそうお伝えし、まずは身体を回復することを最優先するようにお伝えしました」
医師は深く頷いた。
「……分かった。ありがとう、もう下がっていい」
アルシードの指示に従い、医師は深々と一礼し、静かに退室していった。
パタン、と扉が閉まる。
ヴォルフは、しばらくの間、呼吸さえ忘れたかのように動けなかった。
ヒートが来ない。生殖機能を失ったかもしれない。
その事実を聞かされたエリアスが、どう思ったか。何を考えたか。
その思考が、ヴォルフの脳を支配していた。
(……そうか。そうだったのか)
エリアスは、自分の身体のことよりも、ヴォルフのこと、ハルトマン家の未来のことを考えたのだ。
子どもが産めない自分は、貴族となったヴォルフの妻にふさわしくない。後継者を残せない自分は、ヴォルフの足枷になる。
そう思い詰め、一人で絶望し……そして、愛するがゆえに、自ら身を引くという選択をしたのだ。
「……あ、ぁ……」
ヴォルフは顔を覆った。
あの時、自分がそばにいれば。「そんなことは関係ない」と抱きしめてやれていれば。
エリアスのあまりに深く、悲しい愛の形を知り、ヴォルフの胸は張り裂けそうだった。
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