銀色の商人と贋作の妻

真大(mahiro)

文字の大きさ
196 / 251
第4章

追う資格

しおりを挟む

医師が去り、重苦しい沈黙が支配する部屋で、ヴォルフはしばらくの間、彫像のように動けずにいた。
隣に座っていたアルシードが、その沈んだ肩にそっと手を置く。
その温もりに促されるように、ヴォルフは静かに、掠れた声で言葉を吐き出した。

「……エリアスのためなら、爵位なんて要らない」

ヴォルフは床の一点を見つめたまま、独り言のように続けた。

「エリアスが苦しむなら、ハルトマン家の当主という立場も、何もかも捨ててもいい……。私はきっと、そう言っただろう。エリアスは、私がそんな選択をすることさえも、見抜いていたんだろうか」

だから、私と話し合う前に、問答無用で姿を消したんじゃないか。

「……私の愛が、エリアスを追い詰めたんだ」

ヴォルフの瞳から、堪えきれなくなった涙が溢れ落ちた。

「私が愛すれば愛するほど、エリアスは責任を感じて、自分を責めて……。そんな私が、今さらエリアスを追う資格なんて、あるのだろうか……」

バシィッ!!

その時、乾いた破裂音が室内に響いた。
アルシードが、ヴォルフの肩に置いていた手を振り上げ、思い切り背中を叩いたのだ。

「ッ……」

衝撃にヴォルフが顔を上げると、アルシードは真剣な眼差しで睨みつけていた。

「ヴォルフ。いいか?部外者である俺に、今分かっていることが一つだけある」

アルシードは強い口調で言った。

「お前たちは、この国中のどんな夫婦よりも愛し合い、お互いを想い合っている二人だということだ」
「……」
「お前の妻を追う資格は、夫であるお前しか持っていない。それを『資格がない』などと嘆いて放棄するなら、それはお前の自由だがな」

アルシードは、ヴォルフの胸倉を掴まんばかりの勢いで畳み掛けた。

「お前のことを想って、身を引き裂かれる思いで去った妻を……追いかけて、捕まえて、その涙ごと抱きしめてやることができるのは、世界でお前しかいないんだぞ!」

再び、背中にバシッと熱い衝撃が走る。
ヴォルフは、親友の言葉を反芻した。

エリアスが半端な気持ちで去ったわけではないことは、痛いほど分かる。
死ぬほどの覚悟を持って、愛するがゆえにこの選択をしたのだ。

だからこそ、ヴォルフは弱気になっていた。
覚悟を決めて去ったエリアスの前に、原因である自分が現れていいのか。追ってきたヴォルフを見て、エリアスは何を想うのか。拒絶されるのではないか。それが怖かったのだ。

だが、アルシードの言う通りだ。
一人で泣いているエリアスを追いかけることも、その孤独を埋めるように抱きしめることも、夫であるヴォルフにしかできない特権であり、義務だ。

親友に殴られ、叱咤されて、ようやく目が覚めた。
エリアスにこれほどまでに愛されているのなら、自分には彼を地の果てまで追いかける資格がある。いや、追いかけなければならない。

ヴォルフは涙を乱暴に拭い、顔を上げた。
その瞳には、先ほどまでの迷いはなく、かつての力強い光が戻っていた。

「……アルシード。目が覚めたよ」

ヴォルフは立ち上がり、友に向かって誓うように告げた。

「私はこれから、何年かかろうとも、必ずエリアスを見つけ出す……。そして、もう二度と離さないように、必ず彼を抱きしめてみせる」

その力強い宣言を聞き、アルシードは心底ほっとしたように息を吐き、ニッと笑った。

「ああ、それでこそヴォルフ・ハルトマンだ」

アルシードは満足そうに頷いた。

「自信に満ち溢れて、優秀なこの俺を負かし続けてきたお前に、いつまでも凹まれていては……国にとっても大きな損失だからな」

王宮の一室で、二人の男は固く握手を交わした。
止まっていた時間が、再び動き出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

僕の、しあわせ辺境暮らし

  *  ゆるゆ
BL
雪のなか僕を、ひろってくれたのは、やさしい男の子でした。 ふたりの、しあわせな辺境暮らし、はじまります! ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *不定期連載です。

【完結】重ねた手

ivy
BL
とても短いお話です。

抑制剤の効かない薬師オメガは森に隠れる。最強騎士団長に見つかり、聖なるフェロモンで理性を溶かされ、国を捨てた逃避行の果てに番となる

水凪しおん
BL
「この香りを嗅いだ瞬間、俺の本能は二つに引き裂かれた」 人里離れた森で暮らす薬師のエリアルは、抑制剤が効かない特異体質のオメガ。彼から放たれるフェロモンは万病を癒やす聖なる力を持つが、同時に理性を失わせる劇薬でもあった。 ある日、流行り病の特効薬を求めて森を訪れた最強の騎士団長・ジークフリートに見つかってしまう。エリアルの香りに強烈に反応しながらも、鋼の理性で耐え抜くジークフリート。 「俺が、貴方の剣となり盾となる」 国を救うための道具として狙われるエリアルを守るため、最強の騎士は地位も名誉も投げ捨て、国を敵に回す逃避行へと旅立つ。 シリアスから始まり、最後は辺境での幸せなスローライフへ。一途な騎士と健気な薬師の、運命のBLファンタジー。

僕の事を嫌いな騎士の一途すぎる最愛は…

BL
記憶喪失の中目覚めると、知らない騎士の家で寝ていた。だけど騎士は受けを酷く嫌っているらしい。 騎士×???

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

今からレンタルアルファシステムを利用します

夜鳥すぱり
BL
大学2年の鳴水《なるみ》は、ずっと自分がオメガであることを隠して生きてきた。でも、年々つらくなる発情期にもう一人は耐えられない。恋愛対象は男性だし、男のアルファに会ってみたい。誰でも良いから、定期的に安全に話し相手をしてくれる人が欲しい。でもそんな都合のいい人いなくて、考えあぐねた結果たどり着いた、アプリ、レンタルアルファシステム。安全……だと思う、評価も星5で良いし。うん、じゃ、お問い合わせをしてみるか。なるみは、恐る恐るボタンを押すが───。 ◆完結済みです。ありがとうございました。 ◆表紙絵を花々緒さんが描いてくださりました。カッコいい雪夜君と、おどおど鳴水くんです。可愛すぎますね!

処理中です...