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第4章
追う資格
しおりを挟む医師が去り、重苦しい沈黙が支配する部屋で、ヴォルフはしばらくの間、彫像のように動けずにいた。
隣に座っていたアルシードが、その沈んだ肩にそっと手を置く。
その温もりに促されるように、ヴォルフは静かに、掠れた声で言葉を吐き出した。
「……エリアスのためなら、爵位なんて要らない」
ヴォルフは床の一点を見つめたまま、独り言のように続けた。
「エリアスが苦しむなら、ハルトマン家の当主という立場も、何もかも捨ててもいい……。私はきっと、そう言っただろう。エリアスは、私がそんな選択をすることさえも、見抜いていたんだろうか」
だから、私と話し合う前に、問答無用で姿を消したんじゃないか。
「……私の愛が、エリアスを追い詰めたんだ」
ヴォルフの瞳から、堪えきれなくなった涙が溢れ落ちた。
「私が愛すれば愛するほど、エリアスは責任を感じて、自分を責めて……。そんな私が、今さらエリアスを追う資格なんて、あるのだろうか……」
バシィッ!!
その時、乾いた破裂音が室内に響いた。
アルシードが、ヴォルフの肩に置いていた手を振り上げ、思い切り背中を叩いたのだ。
「ッ……」
衝撃にヴォルフが顔を上げると、アルシードは真剣な眼差しで睨みつけていた。
「ヴォルフ。いいか?部外者である俺に、今分かっていることが一つだけある」
アルシードは強い口調で言った。
「お前たちは、この国中のどんな夫婦よりも愛し合い、お互いを想い合っている二人だということだ」
「……」
「お前の妻を追う資格は、夫であるお前しか持っていない。それを『資格がない』などと嘆いて放棄するなら、それはお前の自由だがな」
アルシードは、ヴォルフの胸倉を掴まんばかりの勢いで畳み掛けた。
「お前のことを想って、身を引き裂かれる思いで去った妻を……追いかけて、捕まえて、その涙ごと抱きしめてやることができるのは、世界でお前しかいないんだぞ!」
再び、背中にバシッと熱い衝撃が走る。
ヴォルフは、親友の言葉を反芻した。
エリアスが半端な気持ちで去ったわけではないことは、痛いほど分かる。
死ぬほどの覚悟を持って、愛するがゆえにこの選択をしたのだ。
だからこそ、ヴォルフは弱気になっていた。
覚悟を決めて去ったエリアスの前に、原因である自分が現れていいのか。追ってきたヴォルフを見て、エリアスは何を想うのか。拒絶されるのではないか。それが怖かったのだ。
だが、アルシードの言う通りだ。
一人で泣いているエリアスを追いかけることも、その孤独を埋めるように抱きしめることも、夫であるヴォルフにしかできない特権であり、義務だ。
親友に殴られ、叱咤されて、ようやく目が覚めた。
エリアスにこれほどまでに愛されているのなら、自分には彼を地の果てまで追いかける資格がある。いや、追いかけなければならない。
ヴォルフは涙を乱暴に拭い、顔を上げた。
その瞳には、先ほどまでの迷いはなく、かつての力強い光が戻っていた。
「……アルシード。目が覚めたよ」
ヴォルフは立ち上がり、友に向かって誓うように告げた。
「私はこれから、何年かかろうとも、必ずエリアスを見つけ出す……。そして、もう二度と離さないように、必ず彼を抱きしめてみせる」
その力強い宣言を聞き、アルシードは心底ほっとしたように息を吐き、ニッと笑った。
「ああ、それでこそヴォルフ・ハルトマンだ」
アルシードは満足そうに頷いた。
「自信に満ち溢れて、優秀なこの俺を負かし続けてきたお前に、いつまでも凹まれていては……国にとっても大きな損失だからな」
王宮の一室で、二人の男は固く握手を交わした。
止まっていた時間が、再び動き出した。
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