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第4章
永遠の誓い
しおりを挟むエリアスは一人、静かに安っぽい辻馬車の硬い座席に揺られていた。
あの書店の中では、店員の一人にこっそりと金を渡し、事情があると言って裏口から出してもらった。
表で待つアンナたちに見つからないよう路地を抜け、通りで捕まえた移動用の馬車に飛び乗ったのだ。
エリアスは、ヴォルフから直接現金をもらってはいなかった。
そもそも生活に必要なものは全てヴォルフが揃えてくれたし、買い物をした時も、店からハルトマン家に請求するようにと言われていたからだ。
今、手元で握りしめているのは、かつてエリアスが実家を出る時に持たされた結納金だ。
ハルトマン家に嫁いでからは使う機会もなく、ヴォルフも「君が持っておくといい」と言って受け取らなかったため、エリアス個人の荷物の底に入れたまま忘れていたものだ。
金額にして、平民の一ヶ月分の給金程度しかない。
だが、エリアスがハルトマン家から遠くへ逃げるための費用としては十分だったし、その後どこか適当な場所で安宿に泊まり、少しの食事をするくらいなら、しばらくは食い繋げるだろう。
(……皮肉なものだな)
エリアスは生まれて初めて、あの実家に感謝した。
まあ、一般的な貴族の結納金としては全く足りていない額だし、ヴォルフからハルトマン家が支払った莫大な支援金を、屋敷の修繕や、弟のヨハンのための馬車を買うために使い込み、エリアスにはこれっぽっちしか渡さなかったことを思い出して、すぐに感謝することをやめた。
あの後……父が借金返済のためにバンガルド卿へとエリアスを売り渡し、ヴォルフによって救い出されたあの日から、父には一度も会っていない。
ヴォルフによって屋敷へ丁重に送り返された弟とも、何もしてくれなかった母親とも。
ヴォルフからは、「あの後、ベルク家はさらに落ちぶれた」という事実だけを淡々と告げられただけだった。
元々経済的に破綻寸前だったのだから、いつ没落してもおかしくない状態だったのだ。
そんなことをぼんやりと考えながら、エリアスはあてもなく馬車に揺られていく。
行き着く先は、ハルトマン家から離れられれば、どこでも良かった。
むしろ、特定の目的地を決めていると、優秀なヴォルフのことだ、容易に見つけてしまうかもしれない。
(……ふふ)
そう考えて、エリアスは自嘲気味に苦笑した。
ヴォルフが自分のことを追いかけてくることを、前提として考えてしまっている。
ヴォルフが追いかけてこないように、あえて理由も書かずに「さようなら」という言葉だけを残し、誓いの結婚指輪も置いてきたのだ。
ヴォルフには、エリアスの愛を疑われてもいい。
理由もなくいきなり姿を消した、薄情で身勝手な妻だと思われたかった。
そうすれば、きっとヴォルフはエリアスに失望し、諦めて、新しい未来に向かって歩き出してくれると思ったから。
ヴォルフには、そして彼が守るハルトマン家には、明るく幸せな未来を迎えてほしかった。
血の繋がった子供に囲まれ、笑い合うヴォルフ。
その想いだけで、エリアスは全てを置いて出てきたのだから。
2度と外すことはないと思っていたはずの結婚指輪を外す時、怖いくらい全身が震えた。
あの手紙を書く時、何度も紙をダメにしたことを思い出す。
ただ「さようなら」と書くだけなのに、どうしても涙が溢れて紙を濡らしてしまい、文字が滲んでしまったから。
その時の胸が引き裂かれるような痛みを思い出して、また泣きそうになる。
今頃、ヴォルフが帰ってきて、あの冷たい別れの手紙と指輪を見つけ、自分に失望している姿を想像すると、堪えようとしても涙が溢れ出て止まらなかった。
「……っ、うぅ……」
エリアスは泣きながらも、ふふ、と力なく笑った。
嫌われてもいい。忘れられてもいい。
けれど、心の中にある想いだけは、誰にも奪えない。
「……ヴォルフ……愛してます」
馬車の窓から流れる景色を見つめ、エリアスは小さく呟いた。
「いつまでも……私の誓いは、永遠です」
ガタゴト、ガタゴト。
馬車は規則的な音を立てて、エリアスを愛する人のいない未知の場所へと運んでいく。
エリアスはその揺れに身を任せ、現実から逃げるようにそっと目を閉じた。
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