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第4章
陽だまりの宿
しおりを挟む馬車を、ハルトマン家のある華やかな都心を随分と離れた、平民たちが多く暮らす地区の入り口で止めた。
「ここで結構です。ありがとう」
エリアスは御者に金を渡し、荷物を持って馬車を降りた。
そこは、煌びやかな貴族街とは打って変わり、平民たちが営む商店や安宿が軒を連ねる、活気はあるが少し雑多な街並みだった。
民宿の相場も都心より遥かに安い。ここなら、手持ちの資金でもしばらく泊まることができるだろう。
エリアスは通りを歩きながら、今後のことを考えた。
お金が尽きる前に、仕事を探さなければならない。
身体は医師のお墨付きをもらったくらいには回復しているし、歩行にもそれほど問題はない。
ただ、元々線が細く華奢な体型なので、荷運びや土木のような肉体労働は到底務まらないだろう。
貴族であること、オメガであることをなんとか隠せれば、ここでも自分にできる仕事があるだろうか……。
そんな不安を抱えながら歩いていると、一軒の民宿が目に入った。
こぢんまりとしているが、掃除が行き届いており、手入れされた花が飾られている綺麗な建物だ。
(……ここなら、良さそうだ)
エリアスが扉を開けると、カランとベルが鳴り、温かい空気が流れ込んできた。
高級店のような洗練された香りはないが、生活感のあるアットホームな空気が漂っていて、酷く落ち着く。
床も磨かれていて清潔感があり、エリアスは直感的に安心した。
「いらっしゃい!おや、お一人かい?」
奥から出てきたのは、母親くらいの年齢の女性だった。
貴族の女性のような繊細さはなく、恰幅が良く、いかにも働き者で体力がありそうな人だ。
彼女は穏やかだが快活な笑顔で、エリアスを迎えてくれた。
「はい。あの……少しの間、滞在したいのですが、よろしいでしょうか?」
エリアスが丁寧に尋ねると、女性は目を丸くし、それから豪快に笑い飛ばした。
「アハハ!あんた、貴族かい?私みたいなもんに、そんな堅苦しい言い方しなくていいんだよ」
「あ……す、すみません」
「いいってことさ。うちは堅苦しいのはなしだ。……部屋は空いてるから、問題ないよ」
飾らない彼女の言葉に、張り詰めていた緊張が解け、エリアスはなんだかすごくほっとして微笑んだ。
「ありがとうございます。では……お世話になります」
「あいよ。私はヘレンだ。何かあったら言いな」
ヘレンと名乗った女主人は、鍵を持って二階の部屋まで案内してくれた。
通されたのは、窓から午後の温かい日差しがたっぷりと入り込む、可愛らしい部屋だった。
ハルトマン家の屋敷の寝室とは比べ物にならないほど狭いが、かつて実家の屋根裏同然の部屋で冷遇されていた頃に比べれば、遥かに清潔で、可愛らしく、温かみがある。
「……ふぅ」
荷物を置き、エリアスは心底安堵した。
ここなら、安心して眠れそうだ。
ベッドに腰掛け、懐の金貨を確認する。
(……食事を切り詰めれば、ここに一ヶ月は泊まれそうだ)
その一ヶ月の間に、何でもいいから仕事を見つけて、一人で暮らしていけるだけのお金を稼ぐ必要がある。
決して楽な道のりではないだろうが、生きなければならない。
この先のことを考えながらも、張り詰めていた糸が切れたのか、長旅の疲れが一気に押し寄せてきた。
「……」
ふかふかのベッドの上でうとうとし始め、エリアスはそのまま、泥のように深い眠りへと落ちていった。
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