銀色の商人と贋作の妻

真大(mahiro)

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第4章

美しい兄弟の邂逅

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「こっちだよ、兄さん」

ヨハンはエリアスの手を取り、花屋の勝手口を出てすぐ隣にある小さな家へと案内した。

「ここは?」
「ここはおばあちゃんの家さ。僕は今、ここに住み込みで働いているんだ」

ヨハンが言う通り、その家は小さく質素な造りだったが、庭先まで色とりどりの花に囲まれていて、とても可愛らしい佇まいだった。
中に入ると、生活感のある温かい空気が流れている。

「ここに座って待っていて」

ヨハンはリビングの椅子にエリアスを座らせると、鼻歌交じりにキッチンへと向かった。

「あ……」

エリアスは目を疑った。
あのヨハンが、紅茶を淹れている。
実家にいた頃は、食事の時ですら「フォークやスプーンよりも重いものを持ったことがない」と言われるほど甘やかされ、何一つ自分でしたことがなかった弟が、自らキッチンに立ち、手慣れた様子でお湯を沸かし、ティーポットを温めているのだ。
その背中は、エリアスの知らない「生活者」としての逞しさを帯びていた。

やがて、湯気の立つカップがエリアスの前に置かれ、ヨハンも対面の席に腰を下ろした。

「兄さん、驚いてるだろう?なんでここに……しかも働いているのかって」

ヨハンはふふ、と悪戯っぽく笑いながら言った。

「そりゃあ、驚くよ。貴族の街でもない、遠く離れた平民の街で……弟が花屋のエプロンをして働いていたら」

エリアスが正直に答えると、ヨハンは少しだけ真面目な顔になり、カップを見つめた。

「あのあと……ベルク家は没落寸前になり、お父様もお母様もお金に困って……僕を、どこかの頭のおかしい貴族に売ろうとしたんだ」

静かに告げられた言葉に、エリアスは息を呑んだ。

「あのあと」とは、ヴォルフがエリアスを救出するために実家へ乗り込み、ヨハンを馬車に乗せて追い返した後のことだ。
あの両親が、エリアスから見たらあれほど大切に育て、溺愛していたヨハンを、エリアスの時と同じように売り飛ばそうとしたなんて。
よほどの状況だったのだろう。いや、違う。

(……元々、あの二人にはヨハンへの愛なんてなかったのかもしれない)

彼らは子供を愛していたのではなく、「高く売れる商品」として愛でていただけだったのだ。
エリアスは、ヨハンのことを弟として愛していたが、常に比較され、差別されてきたことで、心のどこかに少しの妬みがあった。
だが今、その妬みは完全に消え失せた。二人とも、あの両親にとっては道具でしかなかったのだ。

ヨハンは、変わらない美しさのまま、けれど以前のような傲慢さのない、朗らかな笑顔を見せた。

「ヴォルフさんに追い返された時……兄さんが、嫁いだ先で本当に愛されていることが分かってから、僕は家に対して強い疑念を抱いていたんだ。だから、言う通りに売られてたまるもんかと思って、逃げ出したんだよ」

ヨハンはあっけらかんと笑う。

「計画なんてなくて、ただひたすらにあの家から逃げたんだ」
「追っては……来なかったのかい?」
「うん。だってもう、あの家には僕を追いかけるお金も、馬車すらもなかったからね……その後、あの家がどうなったかは知らない」

ヨハンは皮肉っぽく笑った。

「だから僕はそれ以上は追われることなく、ここへ辿り着いた。……そして、行き倒れかけていたところを、おばあちゃんに拾ってもらったんだ」

ヨハンは部屋の壁に飾られた、店主とヨハンが並んで写っている写真に視線を向けた。

「僕はすごくラッキーだよ。優しいおばあちゃんだ。一緒に住んでいた息子さんを亡くされて、一人暮らしだから手伝ってくれると助かるって言ってくれた。……もし、このままおばあちゃんが亡くなったら、あの店を僕にもらってくれって」

ヨハンは目を細め、心底幸せそうに微笑んだ。

「本当に、大好きなんだ。この生活が」

それは、エリアスが見たことのないヨハンの笑顔だった。
着飾って社交界で愛想を振りまいていた時の笑顔とは違う、心からの安らぎに満ちた笑顔。

エリアスは、ほ、と安堵の息をつき、テーブルの上の弟の手を取った。
その手は荒れていて、温かかった。

「……あの家に、お前を残してしまって、ごめんよ。でも、今幸せだと分かって本当に良かった」

エリアスが謝ると、ヨハンは首を横に振り、エリアスの手を握り返した。

「ううん、僕こそ。……兄さんがあの家で酷い目にあっていても、あの時の僕は分かっていなかった。部屋も別にされていたから、どんな酷い扱いをされていたか見ることもなかったし……いや、知ろうとしなかった」

ヨハンの瞳が潤む。

「自分だけが可愛がられていることに胡座をかいて、兄さんの痛みを見ようともしなかった。……だから、僕のほうこそ、ごめんね」

二人の兄弟は、すべてを失ったこの場所で、その日初めて心を通わせた。

過去の確執も、身分も、家のしがらみも何もない。
温かい家の中で、ただの兄弟として、二人は互いの温もりを感じながら身を寄せ合った。
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