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第4章
幸せな食卓
しおりを挟む二人が次に目を覚ました時には、窓の外はすでに日が高く昇り、昼をとうに過ぎていた。
ヴォルフもエリアスも、離れている間は互いにまともに眠れていなかったのだろう。
これほど深く、泥のように眠ったのはいつぶりだろうか。
エリアスは隣で安らかな寝息を立てるヴォルフを見つめながら、ふと気づいた。
自分が番を求めて、毎夜身を引き裂かれるような思いで苦しんでいたということは、対であるヴォルフも同じように苦しんでいたのではないかと。
ヴォルフはその苦しみについて一言も文句を言わないが、それだけでも、彼を一人にしてしまったことへの深い悔恨が心に生まれた。
(もう……ヴォルフを一人にしたくない)
昨夜、ヴォルフが泣きながら吐露した本心が、その震える声が、エリアスの頭の中で反芻される。
エリアスはそっと、ヴォルフの服の袖を掴んだ。
目覚めた後も、離れがたくベッドの上で寄り添っていると、コンコンと控えめなノックの音がした。
「……入るよ?」
扉が開き、顔を出したのはヨハンだった。
「兄さん、……ハルトマン卿。もうお昼過ぎだよ。お腹空いたでしょう? 下に降りてきて、一緒に食べようってジョセヌが言ってるよ」
「うん、分かった」
エリアスは頷き、二人はようやくベッドから起き上がった。
ヨハンが先にパタパタと下に降りていく。
ヴォルフはベッドから立ち上がる時も、自然とエリアスに手を貸し、エスコートしてくれた。
「足元に気をつけて」
優しく、そして自然とエリアスを過保護に気遣ってくれるヴォルフの変わらない仕草に、エリアスはふふ、と嬉しそうに微笑んだ。
一階のリビングへ降りていくと、テーブルには湯気を立てる温かい食事が、ヴォルフの分までたっぷりと用意されていた。
野菜や肉がゴロゴロと入った家庭的な煮込み料理だが、ジョセヌの料理は絶品だ。エリアスがお世話になっている間、何度も元気付けられた味だった。
ヴォルフは席に着く前に、ジョセヌとヨハンに向かって姿勢を正し、貴族らしい優雅な所作で恭しく一礼した。
「お二人とも……私の不在の間、大切な妻を守っていただき、感謝いたします」
ヴォルフの真摯な言葉に、ジョセヌはほほ、と朗らかに笑った。
「やだねえ、貴族様らしい堅苦しい礼儀はここでは大丈夫よ。私も、エリアスがいてくれて本当に助かったんだから。……だから、おあいこよ」
ジョセヌは温かい眼差しで二人を見た。
「さあ、冷めないうちに座って。早くお食べなさい」
「ありがとうございます」
ヴォルフはテーブルへ近づくと、当たり前のようにエリアスの椅子をスッと引いた。
「どうぞ、エリアス」
「ありがとう」
エリアスもまた、何の疑問も抵抗もなく、自然な動作で引かれた椅子に腰を下ろした。
ヴォルフに世話を焼かれることが、身体に染み付いている証拠だった。
向かいに座っていたヨハンは、その一連の流れを見て、なんだかすごくニヤニヤしながらエリアスを見ていた。
「……兄さん。ハルトマン卿にお世話されるのに、すんごく慣れてるんだね」
「えっ……?」
「座るのとか、すごく自然だったよ」
弟に指摘され、エリアスはカッと顔を赤くした。
ハルトマン家での生活が当たり前になりすぎていて、自分がどれほど過保護に愛されていたか、客観的に見せつけられた気分だ。
ヴォルフはそれを聞いて、誇らしげに微笑んだ。
「ああ。エリアスの全てをしてあげることが、私の喜びなんだよ」
堂々とした惚気に、エリアスはさらに俯く。
ヴォルフはそのまま、ヨハンに向かって爽やかに言った。
「……あと、ハルトマン卿ではなく、『お義兄さん』と呼んでほしいな」
「えっ、いいの?」
「もちろんだ。君は大切なエリアスの弟なのだから」
ヴォルフの申し出に、ヨハンは人懐っこい笑顔で応えた。
「うん、分かった!お義兄さん」
「ああ、ヨハンくん」
新しく生まれた家族の絆と、温かいやり取り。
エリアスは恥ずかしさで何も言えず、真っ赤な顔のまま、誤魔化すようにジョセヌの美味しい煮込み料理を口に運んだ。
久しぶりに、心からの安心と共に味わう食事だった。
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