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第4章
共に生きたいのは
しおりを挟む馬車に揺られながら、都心にある屋敷に戻るまでは長い旅路だった。
到着する頃には、日も暮れて夜になっているだろう。
二人は並んで座り、片時も離れがたく手を握り合っていた。
ふと、ヴォルフがエリアスの耳元に唇を寄せた。
「……帰ったら、離れていた間……君の身体に傷がないか、隅々まで確かめたい」
低く甘い声で囁かれ、エリアスはカッと顔を赤くした。
家を出てから再会した日まで、二ヶ月以上も離れていた。その間に何があったか、という話よりも先に、まずは身体を確かめたいと言われたことに、性的な意味と過保護な意味の両方を感じ取ってしまったからだ。
それを見て、ヴォルフはふふ、と喉の奥で笑った。
「冗談だよ。……いや、すまない。本当に確かめるけれど」
「ヴォ、ヴォルフ……」
「その前に、これまで君があの町でどんな暮らしをしていたかを、まず教えてほしいな」
結局、身体を確かめられるのは決定事項なんだ、と思いながらも、エリアスは素直に頷いた。
エリアスは、ヴォルフの肩に頭を預け、ぽつりぽつりと話し始めた。
馬車に揺られてあの町へ辿り着き、まずはヘレンの民宿でお世話になったこと。
仕事を探して歩き回る日々の中で、偶然、ヘレンへのお礼の花を買うために寄った店で、弟のヨハンと再会したこと。
ヨハンから聞いたベルク家の没落と、エリアスの事情を知った彼から、ジョセヌの家で暮らすことを提案されたこと。
「……二人と、慣れない中で働きながら生きる生活は、楽しかったです」
花屋での仕事の大変さと、温かい人々との触れ合い。
「けれど……夜は、貴方のことを思い出して、ほとんど眠れずに過ごしていました」
その無理が祟って、日中も意識が朦朧としていったこと。ヨハンに寄り添ってもらい、心を救われたこと。
そして、再会の日にエリアスを攫おうとした男は、仕事を探している間に「貴族のオメガが無防備にいる」という噂を聞きつけて目をつけたのだろうということ。
ヴォルフは、いつものようにエリアスの言葉を遮ることなく、一言一句を噛み締めるように黙って聞いてくれた。
全てを話し終えると、ヴォルフは痛ましげにエリアスを抱き寄せた。
「……ナンキンス夫人から便りをもらった時、私は即座に馬を走らせたんだ。馬車では遅いからね。この馬車は、後を追わせて到着したものだ」
ヴォルフの手が、エリアスの背中を撫でる。
「一刻も早く君に会いたい一心だったけれど……あの場所に着いて、君が襲われているのを見た時は、心臓が止まりそうだったよ。……本当に、間に合ってよかった」
「……ヴォルフ、本当にありがとうございます。探してくれて、追いかけてきてくれて」
エリアスは改めて感謝を伝えた。
「それから……ナンキンス夫人にもお礼を言いに行かないと。あと、おばあちゃんの息子さんにも」
「ああ、もちろんだ。……あと、私は君を最初に助けてくれた民宿の店主、ヘレンさんにもお礼をしたい。君を守ってくれたあの町は、私にとっても大切な場所になったからね」
ヴォルフの言葉に、エリアスも大きく頷いた。
「……家を出てしまったことは、心から『良かった』とは言えませんが……こうして、大切な場所が、大切な人が増えて、ヨハンにも再会できて、良かったです」
エリアスはヴォルフを見上げ、潤んだ瞳で訴えた。
「でも、それも全て、貴方に再会できたからです。私はきっとあのまま、ヨハンの支えがあったとしても……いつか壊れていました」
エリアスはヴォルフの服を強く握りしめた。
「貴方じゃないと……貴方がいないと、ダメなんです……」
そう言って、エリアスはヴォルフの頬に、雨のように優しくキスを何度も落とした。
ヴォルフもそれを受け入れ、愛おしさに耐えきれないようにエリアスを抱きしめた。
「……私もだよ、エリアス」
ヴォルフはエリアスの髪に顔を埋めた。
「君は『代わりの番を、妻を』と思ったと言ったけれど……私には、想像すら出来ない」
ヴォルフは顔を上げ、エリアスの瞳を真っ直ぐに見つめて強く告げた。
「私が共に生きたいのは、君だけだ」
「……はい、っ……」
エリアスはまた泣いてしまって、「私もです……」としか言えなかった。
ヴォルフは深く頷き、もっと強く、二度と離さないと誓うようにエリアスを抱きしめた。
車輪が回る音だけが響く長い旅路の中、ヴォルフとエリアスはしっかりと自分の気持ちを、そして揺るぎない愛を伝え合った。
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