銀色の商人と贋作の妻

真大(mahiro)

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第4章

最高の現実

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長い旅路の末、馬車はようやく都心まで辿り着いた。
窓の外には、煌びやかな街の灯りが流れていく。
そこで、ヴォルフはエリアスの身体を気遣い、御者に指示して馬車を止めさせた。

「エリアス。ここから屋敷まではまだ距離があるが……もうすっかり夜だ。お互い、これまでしっかり眠れていなかっただろう?無理をして帰るよりも、今夜はここで一旦宿を取り、ゆっくり身体を休めてから、明日屋敷へ帰ろう」

ヴォルフの提案に、エリアスも素直に頷いた。

「はい、そうしましょう」

身体は平気だと思っていたが、やはり二ヶ月以上続いた睡眠不足と、今日の緊張の連続は確実に体力を奪っていた。このまま泥のように眠れる場所があるなら、その選択肢はありがたかった。

ヴォルフが選んだのは、都心でも指折りの最高級ホテルだった。
一歩足を踏み入れると、そこは明らかな別世界だった。

ここ二ヶ月間、平民の街のヘレンの民宿や、ジョセヌの小さな家で慎ましく暮らしていたエリアスは、かつてハルトマン家に住んで慣れていたはずなのに、急に別次元の空間に放り込まれたような感覚に陥り、背筋が伸びてしまった。

ヴォルフがエントランスに入ると、すぐにコンシェルジュが飛んできて、恭しく頭を下げる。
ヴォルフは足を止めることすらなく、流れるように手続きを済ませ、最上階のスイートルームへと通された。

「どうぞ」

通された部屋は、ジョセヌの家でエリアスが暮らしていた部屋の何倍あるか分からないほどの広さだった。ハルトマン家のヴォルフの寝室と同じくらいの広さと豪華さだ。
足元の絨毯は分厚く、シャンデリアが輝いている。
なんだか慣れない気持ちで、エリアスが部屋の中央でソワソワしていると、ヴォルフはふふ、と笑って背後からエリアスを抱き寄せた。

「……なんだか緊張しているな。可愛いよ」

耳元で揶揄うように言われ、エリアスは正直に答えた。

「しばらくあの街にいたので……なんだか広すぎて、落ち着かなくて」
「ふふ、すまない。揶揄っているんじゃないよ。……本当に、君が可愛くて」

ヴォルフはくすくすと笑い、エリアスの身体を反転させて向き合うと、そのまま唇を重ねてきた。
ちゅ、ちゅ、と小鳥が啄むような優しいキス。
それをエリアスが拒まずに受け入れたのを見て、ヴォルフのキスは深く、濃厚なものへと変わっていった。

「ん……ぅ……」

気持ちいい。愛する人とのキス。
ヴォルフの唾液が、甘い。何よりも美味しい蜜のように感じる。

(……夢みたいだ)

エリアスは、陶酔の中でぼんやりと思った。
こうしていると、やっぱり全部夢だったんじゃないかと疑ってしまう。

毎夜苦しんだ、あの眠れない地獄の時間。
ヴォルフを求めて泣いていたその時間に、脳が作り出した、エリアスのための都合のいい幻覚なんじゃないかと。

それか、あの時……。
路地裏で男に腕を掴まれたあの時、現実はヴォルフが助けに来てくれたんじゃなくて、あのまま男に攫われてしまって……。
どこかで薬漬けにされて、娼館にでも売られた先で見ている夢なのかもしれない。

今、目の前にいるのは愛する夫ではなく、エリアスを金で買って思い思いに陵辱している頭のおかしい客で、朦朧とした意識の中でヴォルフだと思い込んでいる「都合の良い夢」を見ているだけなのかもしれない。

そう疑ってしまうくらい、エリアスが居た場所は、一歩間違えば地獄にすんなりと繋がるような、危うい場所だったということだ。
背筋が凍るような恐怖が過る。

けれど、エリアスは首を振って無駄な思考を断ち切った。
目の前のヴォルフに向き合う。
この体温、匂い、優しさ。

今、愛する夫に……世界で誰よりも美しい男に抱きしめられ、キスされている。
これがエリアスの「今」だ。紛れもない、最高の現実だ。

「……んっ」

そう強く思い、エリアスはヴォルフが与えてくる甘い唾液を喉を鳴らして飲み込み、自らも舌を絡めてヴォルフに唾液を与えた。

「っ、エリアス……」

ヴォルフはエリアスの積極的な行動に興奮したようで、喉を唸らせ、さらにキスを深めてきた。

二人は現実を確かめ合うように、互いの舌を貪り、舐め合うように濃厚なキスを続けた。
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