220 / 251
第4章
最高の現実
しおりを挟む長い旅路の末、馬車はようやく都心まで辿り着いた。
窓の外には、煌びやかな街の灯りが流れていく。
そこで、ヴォルフはエリアスの身体を気遣い、御者に指示して馬車を止めさせた。
「エリアス。ここから屋敷まではまだ距離があるが……もうすっかり夜だ。お互い、これまでしっかり眠れていなかっただろう?無理をして帰るよりも、今夜はここで一旦宿を取り、ゆっくり身体を休めてから、明日屋敷へ帰ろう」
ヴォルフの提案に、エリアスも素直に頷いた。
「はい、そうしましょう」
身体は平気だと思っていたが、やはり二ヶ月以上続いた睡眠不足と、今日の緊張の連続は確実に体力を奪っていた。このまま泥のように眠れる場所があるなら、その選択肢はありがたかった。
ヴォルフが選んだのは、都心でも指折りの最高級ホテルだった。
一歩足を踏み入れると、そこは明らかな別世界だった。
ここ二ヶ月間、平民の街のヘレンの民宿や、ジョセヌの小さな家で慎ましく暮らしていたエリアスは、かつてハルトマン家に住んで慣れていたはずなのに、急に別次元の空間に放り込まれたような感覚に陥り、背筋が伸びてしまった。
ヴォルフがエントランスに入ると、すぐにコンシェルジュが飛んできて、恭しく頭を下げる。
ヴォルフは足を止めることすらなく、流れるように手続きを済ませ、最上階のスイートルームへと通された。
「どうぞ」
通された部屋は、ジョセヌの家でエリアスが暮らしていた部屋の何倍あるか分からないほどの広さだった。ハルトマン家のヴォルフの寝室と同じくらいの広さと豪華さだ。
足元の絨毯は分厚く、シャンデリアが輝いている。
なんだか慣れない気持ちで、エリアスが部屋の中央でソワソワしていると、ヴォルフはふふ、と笑って背後からエリアスを抱き寄せた。
「……なんだか緊張しているな。可愛いよ」
耳元で揶揄うように言われ、エリアスは正直に答えた。
「しばらくあの街にいたので……なんだか広すぎて、落ち着かなくて」
「ふふ、すまない。揶揄っているんじゃないよ。……本当に、君が可愛くて」
ヴォルフはくすくすと笑い、エリアスの身体を反転させて向き合うと、そのまま唇を重ねてきた。
ちゅ、ちゅ、と小鳥が啄むような優しいキス。
それをエリアスが拒まずに受け入れたのを見て、ヴォルフのキスは深く、濃厚なものへと変わっていった。
「ん……ぅ……」
気持ちいい。愛する人とのキス。
ヴォルフの唾液が、甘い。何よりも美味しい蜜のように感じる。
(……夢みたいだ)
エリアスは、陶酔の中でぼんやりと思った。
こうしていると、やっぱり全部夢だったんじゃないかと疑ってしまう。
毎夜苦しんだ、あの眠れない地獄の時間。
ヴォルフを求めて泣いていたその時間に、脳が作り出した、エリアスのための都合のいい幻覚なんじゃないかと。
それか、あの時……。
路地裏で男に腕を掴まれたあの時、現実はヴォルフが助けに来てくれたんじゃなくて、あのまま男に攫われてしまって……。
どこかで薬漬けにされて、娼館にでも売られた先で見ている夢なのかもしれない。
今、目の前にいるのは愛する夫ではなく、エリアスを金で買って思い思いに陵辱している頭のおかしい客で、朦朧とした意識の中でヴォルフだと思い込んでいる「都合の良い夢」を見ているだけなのかもしれない。
そう疑ってしまうくらい、エリアスが居た場所は、一歩間違えば地獄にすんなりと繋がるような、危うい場所だったということだ。
背筋が凍るような恐怖が過る。
けれど、エリアスは首を振って無駄な思考を断ち切った。
目の前のヴォルフに向き合う。
この体温、匂い、優しさ。
今、愛する夫に……世界で誰よりも美しい男に抱きしめられ、キスされている。
これがエリアスの「今」だ。紛れもない、最高の現実だ。
「……んっ」
そう強く思い、エリアスはヴォルフが与えてくる甘い唾液を喉を鳴らして飲み込み、自らも舌を絡めてヴォルフに唾液を与えた。
「っ、エリアス……」
ヴォルフはエリアスの積極的な行動に興奮したようで、喉を唸らせ、さらにキスを深めてきた。
二人は現実を確かめ合うように、互いの舌を貪り、舐め合うように濃厚なキスを続けた。
28
あなたにおすすめの小説
僕の、しあわせ辺境暮らし
* ゆるゆ
BL
雪のなか僕を、ひろってくれたのは、やさしい男の子でした。
ふたりの、しあわせな辺境暮らし、はじまります!
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
抑制剤の効かない薬師オメガは森に隠れる。最強騎士団長に見つかり、聖なるフェロモンで理性を溶かされ、国を捨てた逃避行の果てに番となる
水凪しおん
BL
「この香りを嗅いだ瞬間、俺の本能は二つに引き裂かれた」
人里離れた森で暮らす薬師のエリアルは、抑制剤が効かない特異体質のオメガ。彼から放たれるフェロモンは万病を癒やす聖なる力を持つが、同時に理性を失わせる劇薬でもあった。
ある日、流行り病の特効薬を求めて森を訪れた最強の騎士団長・ジークフリートに見つかってしまう。エリアルの香りに強烈に反応しながらも、鋼の理性で耐え抜くジークフリート。
「俺が、貴方の剣となり盾となる」
国を救うための道具として狙われるエリアルを守るため、最強の騎士は地位も名誉も投げ捨て、国を敵に回す逃避行へと旅立つ。
シリアスから始まり、最後は辺境での幸せなスローライフへ。一途な騎士と健気な薬師の、運命のBLファンタジー。
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*不定期連載です。
今からレンタルアルファシステムを利用します
夜鳥すぱり
BL
大学2年の鳴水《なるみ》は、ずっと自分がオメガであることを隠して生きてきた。でも、年々つらくなる発情期にもう一人は耐えられない。恋愛対象は男性だし、男のアルファに会ってみたい。誰でも良いから、定期的に安全に話し相手をしてくれる人が欲しい。でもそんな都合のいい人いなくて、考えあぐねた結果たどり着いた、アプリ、レンタルアルファシステム。安全……だと思う、評価も星5で良いし。うん、じゃ、お問い合わせをしてみるか。なるみは、恐る恐るボタンを押すが───。
◆完結済みです。ありがとうございました。
◆表紙絵を花々緒さんが描いてくださりました。カッコいい雪夜君と、おどおど鳴水くんです。可愛すぎますね!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる