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第4章
扉の向こう
しおりを挟むヴォルフは、固く閉ざされた部屋の扉の外で、血の気が引いた真っ青な顔をして立ち尽くしていた。
握りしめた拳、そして指先は、本人の意思とは関係なくブルブルと小刻みに震えていた。
「……ッ」
エリアスを信じたい。大丈夫だと、強く信じたい。
だが、ヴォルフの脳裏には、どうしても最悪の光景がフラッシュバックしてしまう。
あの叙任式の日。
矢に射抜かれ、ヴォルフの腕の中で鮮血に染まり、ぐったりと動かなくなっていったエリアスの姿。
そして先ほどまで、苦痛に顔を歪め、大量の血を流しながら陣痛に耐えていた姿。
二つの光景が重なり、言いようのない恐怖がヴォルフを襲っていた。
もし、このまま二度と会えなくなったら。もし、失ってしまったら。
恐怖で呼吸が浅くなる。
だが、混乱する心を必死に抑え込み、だんだんと落ち着きを取り戻し始めたヴォルフは、プライドも体裁もかなぐり捨て、冷たい廊下に膝をついた。
両手を組み、額を押し付けるようにして、ただひたすらに祈った。
(……神よ。どうか、エリアスを……私の愛する妻を、無事に私の元へと帰してください)
(どうか、子供たちが……無事に産まれますように)
その祈りは、永遠にも感じる長い時間、ずっと続いた。
そして、しばらくしてから。
静寂を切り裂くように、力強い音が響いた。
「オギャア!……フ、オギャア!!」
部屋の向こうから聞こえたのは、紛れもない赤ちゃんの産声だった。
それも一つではない。明らかに、二人分の声が重なって聞こえた。
「……ッ!」
ヴォルフは弾かれたように顔を上げた。
産まれた。生きている。
今すぐにでも部屋に突入し、扉をこじ開けて入りたかった。一刻も早く、エリアスの無事をこの目で確かめたい。
だが、まだ医師からの許可はない。ここで押し入れば、処置の邪魔になるかもしれない。
ヴォルフは逸る気持ちを必死に抑えつけ、それからまたしばらくの間、扉を睨みつけるようにしてじっと待ち続けた。
そして、やっと。
重苦しい音を立てて、静かに部屋の扉が開いた。
「……」
現れた産科医の手袋とエプロンが、べっとりと鮮血に濡れているのを見て、ヴォルフはヒュッと息を呑んだ。
心臓が早鐘を打つ。
医師はマスクをずらし、疲労の色を滲ませながらも、穏やかな声で告げた。
「……ハルトマン卿。母子共に、無事です」
医師の目が、安心させるように細められる。
「元気な、双子の赤ちゃんが無事に産まれましたよ」
「あ……」
ヴォルフの口から、言葉にならない吐息が漏れた。
医師は続けて、慎重に言葉を選んだ。
「ですが、帝王切開という大手術を行った直後です。まだ奥様の容態がどう変化するか分かりませんので……麻酔から覚め、状態が安定するまで、面会までは今しばらくお時間をください」
「……はい、分かった。……ありがとう、先生」
「失礼します」
医師は一礼すると、再びエリアスの処置に戻るために部屋の中へと戻っていった。
パタン、と扉が閉まる。
その音を聞いた瞬間、ヴォルフは張り詰めていた糸が切れたように、その場へ座り込むように崩れ落ちた。
「……よかった……」
とりあえず、最悪の事態は免れた。二つの命と、最愛の妻の命は繋がった。
ヴォルフは廊下に座り込んだまま、安堵の溜め息をつき、そして再び手を組んだ。
まだ予断は許さない。
この後もエリアスが無事に目覚め、回復することを、ヴォルフはただひたすらに祈り続けた。
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