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第4章
愛の証
しおりを挟む帝王切開という大手術を終えたエリアスは、傷が癒えるまで絶対安静とされ、それからの1週間はベッドの上で過ごした。
幸いなことに、術後の経過は順調で、急変することも、恐れていた大量出血を起こすこともなく、なんとか無事に回復の時を過ごすことができた。
エリアスが動けない間、ヴォルフは事前に調整していた通り仕事には行かず、看護師と産科医の指導のもと、アンナと一緒に赤ちゃんの世話に没頭した。
産科医も看護師も、伯爵位の当主自らが袖をまくり、オムツを替えたりミルクをあげたりする状況に驚きを隠せない様子だったが、ヴォルフは「仕事に戻るまでの期間は、私が責任を持って世話をしたい」と強く申し出たのだ。
エリアスが回復してからは専門の乳母を雇い、負担を分散して育てる予定だが、自分がこうして四六時中、子どもたちに関われる期間は限られているからだ。
とはいえ、現実は甘くなかった。
何もかもが慣れない上に、双子だから作業量は単純に2倍。
さらに、二人の要求はそれぞれ違うし、泣くタイミングも寝るタイミングもバラバラだ。
「こっちが泣き止んだと思ったら、今度はこっちか……!」
父親として不眠不休で世話をした。元々体力があるアルファのヴォルフですら、言葉の通じない赤ちゃんが何を求めて泣いているのか分からず、数日でげっそりとやつれてしまった。
だが、この一番大変な時期を、術後のエリアスではなく自分が引き受けられたことは正解だったと確信していたし、アンナたちのフォローもあってなんとかこなすことができた。
エリアスが絶対安静から解放されるまでの間、ヴォルフは何度も赤ちゃんを抱いてエリアスの部屋を訪れた。
「エリアス、見てくれ。今日は2人とも上手にミルクをたくさん飲んだよ」
ぐったりとしながらも、愛しそうに赤ちゃんとヴォルフを見つめるエリアスの聖母のような微笑み。その顔を見る時が、疲労困憊のヴォルフにとって何よりの至福の時間だった。
そして、産まれてから1ヶ月が経った頃。
エリアスの傷も塞がり、完全に動けるようになった。
ヴォルフは後ろ髪を引かれながらも仕事に戻ったが、その代わりにヴォルフが厳選して雇った優秀な乳母と共に、エリアスが二人を世話する日々が始まった。
赤ちゃんたちも、産まれたての猿のような顔から、ぷくぷくと肉がつき、さらに人間らしい愛らしい顔つきになってきた。
エリアスは手紙を出し、この屋敷に大切な人たちを招いた。
まずは弟のヨハン。ジョセヌは高齢のため馬車での長旅は負担がかかるとのことで、今回はヨハン一人で来てくれた。
別の日には、手紙でずっとやり取りをしていたナンキンス夫人。
さらにヴォルフに、エリアスを追いかける覚悟を後押ししてくれたアルシードも呼んだ。
それぞれが、天使のような双子の赤ちゃんにメロメロになり、部屋に入りきらないほどのたくさんの贈り物をくれた。
名前も決まった。
ヴォルフと同じ銀髪の女の子は「アニス」。
エリアスと同じ黒髪の男の子は「ルシフ」。
二人はハルトマン家の新しい光として、皆に愛された。
夜。毎日仕事をなるべく早く切り上げて帰ってくるヴォルフと、寝室で身を寄せ合って過ごす穏やかな時間。
ベビーベッドでは、アニスとルシフが大人しくぐっすりと眠っている。
「アニスもルシフも、とてもよく眠ってくれて良かった。……いい子たちだな」
ヴォルフは微笑みながらベビーベッドを覗き込み、それからベッドに戻ると、エリアスの腹部に残った帝王切開の傷跡をそっとなぞった。
「……痛むか?」
ヴォルフが気遣わしげに聞くが、エリアスは首を横に振った。
エリアスには、決めていたことがあった。
「ヴォルフ……。殿下がくださったあの再生の薬を使えば、この傷はもっと綺麗に消えるでしょう」
エリアスはヴォルフの手を取り、自分の傷の上に重ねた。
「でも、私は……この傷を完全には消さないことにしました」
「……エリアス?」
ヴォルフはエリアスを抱きしめたまま、静かにその言葉を待った。
「胸と背中の傷の時は……あのままの姿でも愛してくれるとしても、やはり貴方には、綺麗な肌に触れて欲しいと願いました。あの傷は、悲劇と痛みの記憶だったから」
エリアスは慈しむように傷を見つめた。
「……でも、この傷はある程度痛々しい赤みが引くまでは薬を塗って、そこからは……そのまま残したいんです。私があの子たちの母になった証、そして愛する貴方の子どもを産んだ愛の証として」
エリアスの決意を聞き、ヴォルフはアイスブルーの瞳で真っ直ぐに見つめ返した。
「……ああ。エリアスの望み通りで問題ないよ」
ヴォルフは傷跡に口づけを落とした。
「胸と背中の傷の時も、変わらず愛すると誓った私の考えは、未来永劫変わらない。……あの子たちを君が産んだ、尊い証だ。私にも、この傷を愛させて欲しい」
はっきりと告げられた愛の言葉に、エリアスはふにゃりと幸せそうに笑って、夫の広い胸の中に収まった。
「……はい、ヴォルフ」
満ち足りた静寂の中、二人は寄り添い合い、眠りにつくまで愛を与え合うように、深く優しいキスを繰り返した。
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