銀色の商人と贋作の妻

真大(mahiro)

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番外編

悩める弟6

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エリアスの元を訪れ、誰にも言えなかった恥ずかしい悩みを打ち明け、背中を押してもらってからの帰り道。
揺れる馬車の中で、ヨハンはずっとそわそわと落ち着かない時間を過ごしていた。

兄の言葉――『彼の唾液が甘いなら、彼はアルファかもしれない』という可能性。
その淡い希望と、これまで彼をベータだと思い込んで諦めていた現実の間で、ヨハンの心は期待と不安に揺れ動いていた。

ヨハンが懐かしい平民の町に到着した時、すでに空は茜色から群青へと変わり、日が暮れていた。
そのままカイの家に行こうと決めていたヨハンだったが、自分の家の前に、人影が立っていることに気づく。

「……カイ?」
「ヨハン!」

どうしてここに、と声をかけるより早く、カイが駆け寄ってきた。
カイはヨハンが拒絶しないことを確認するように、恐る恐る、けれど優しくヨハンを抱きしめた。

「ヨハン……ごめん。俺が、急ぎすぎたんだよな? 怖かったよな……逃げ出すくらい」

カイはヨハンの肩に顔を埋め、思い詰めた声で謝罪した。
ヨハンは首を横に振り、カイの背中に腕を回した。

「違うんだ、カイ。君が悪いんじゃない。……僕の話を聞いてほしい」
「話?」
「うん。……部屋で話そう」

すでに日が暮れている。ジョセヌも自分の部屋にいるはずだ。
ヨハンはカイの手を引き、自分の部屋へと連れて行った。

部屋に着き、ヨハンはカイをベッドに座らせると、自分もその横にちょこんと座り、膝を突き合わせるようにして向き合った。
心臓が早鐘を打つ。でも、もう逃げないと決めた。

「カイ……。僕、オメガなんだ」
「……え?」
「カイのこと、ベータだと思っていたから……関係ないと思って言わなかった。でも……カイとキスしてると、僕、おかしいんだ。身体の奥が痺れて、気持ちよくて、甘くて……頭がぐちゃぐちゃになっちゃう」

ヨハンは真っ赤な顔で、俯きながら言葉を紡いだ。

「だから……あ、あの時も……」
「……」
「あ、あの時も……キスだけでイッちゃって、混乱しちゃったんだ…………。僕、自分の身体が変態なのかなって思って……怖くて逃げちゃったの」

洗いざらいぶちまけると、カイは静かにそこまで聞いて、はぁーっ、と長く大きな息を吐き出した。
呆れられたかと一瞬身構えたが、次の瞬間、カイの大きな腕が伸びてきて、ヨハンを優しく抱きしめた。

「ヨハン。……お前、可愛すぎだろ……」
「えっ……?」
「俺、お前を怖がらせて泣かせたかと思って……生きた心地がしなかったんだぞ。……理由がそれなら、安心した」

カイの安堵した声に、ヨハンは力が抜けた。

「お前は俺がベータかと思っていたと言ったが……俺たち平民は、第二性の検査なんてあまりすることはないから、正直俺も知らないんだ」

エリアスの推測通りだった。カイ自身、自分の第二性が何なのか正確には把握していないのだ。

「今日……兄さんに相談しに行ったんだよ。それで……僕が、カイの唾液を甘く感じてメロメロになっちゃうのは、カイが『アルファ』だからなのかもしれないって」
「俺が、アルファ?」

カイは驚いた顔をした。

「フェロモンを感じたことも、発した自覚もないが……」
「兄さんが言うには、アルファ性が低いとフェロモンも薄くて自覚もない人がいるって。オメガならヒートがあるからきっかけがあるけど、アルファは検査もしないと分からないかもしれないんだ」

ヨハンは、自分からカイの胸に抱きついた。
こうして抱きしめられているだけで、日向のようなカイの匂いに落ち着く。
なのに、身体の奥がむずむずと疼くのは、やはり彼がアルファだからなのだろうか。

アルファだから好きになったんじゃない。
たが、一番好きな人と、番にはなれないという悩みが……本当にカイがアルファなら、解決する。
ヨハンは胸元の服を握りしめ、本音を吐露した。

「カイ……僕ね、ヒートが酷いんだ。番がいなくて、薬も安いものしかここでは手に入らないから。……その度に、カイと……好きな人と番になりたいって、ずっと思ってた。でも、カイがアルファじゃないならそれは叶わないから、苦しかった……」

カイはヨハンの身体を離し、その両肩を掴んで、真っ直ぐに目を見てきた。

「ヨハン。……俺は、第二性なんて今まで興味はなかった。明らかに貴族の出のお前に、俺みたいな平民が触れていいのかも、ずっと悩んできた」

カイの瞳には、揺るぎない光が宿っていた。

「でも……あの日、お前からキスしてくれて、全てが変わったんだ。お前を愛していいと、許してもらったみたいで……死ぬほど嬉しかった」

カイの手が、ヨハンの頬を包む。

「お前が何者でも……俺が何者でも、関係ない。……変わらず、愛してる」

貴族で、オメガで、かつては社交界の華ともてはやされ、そして両親からは商品として扱われてきたヨハン。
そのすべてをひっくるめて、カイは何者であろうと愛してくれると言った。
こんなにも嬉しいことはない。

「……うん、カイ……僕も、愛してる……」

二人はじっと見つめ合い、確かめ合うように、深く優しいキスをした。
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