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第1章
冷徹なる服従
しおりを挟む卒業式が行われる講堂では、ユリウスは虚ろな目で指定された席に座っていた。
国の威信をかけた大々的で豪華な祭典。
壇上では、卒業生代表としてカイエンが挨拶を行っていた。王族としての威厳と、未来の賢王を感じさせるよく通る声が朗々と響き渡る。
だが、その言葉の内容は、右から左へと抜け落ち、ユリウスの頭には何一つ入ってこなかった。
カイエンの挨拶が終わり、続いて剣技において優秀な成績を残した者が選ばれて登壇する時間となった。
司会者が名前を呼び上げる。
「――第二王子、ルシエル殿下」
その名が告げられた瞬間、会場が微かにざわついた。
誰もが、レオナルド・フォン・ブラントの名前が呼ばれると思っていたからだ。彼がこの一年間で見せた圧倒的な強さは、周知の事実だった。
だが、ユリウスの心は少しも揺らがない。レオナルドが選ばれなかった理由など明白だ。
……彼はもう、ここにはいないのだから。
壇上で我が物顔をして勝利を語るルシエルの声はひどく耳障りだったが、ユリウスは感情を動かすことすら億劫で、さらに心の殻を厚く閉ざした。
式典が滞りなく終わり、会場は卒業パーティーの舞台へと移された。
煌びやかなシャンデリアの下、ドレスアップした子息令嬢たちが華やかな笑顔で集い、グラスを傾けている。
ユリウスもまた、カイエンと共に上質なタキシードに身を包んで参加していた。
だが、カイエンは第一王子として各国の賓客や貴族たちへの挨拶回りがあるため、すぐにユリウスの元を離れていった。
人混みの中で一人、グラスを持って佇んでいると、背後から声をかけられた。
「ユリウス」
低く、威厳のある声。ユリウスはゆっくりと振り返り、居住まいを正した。
「父上」
そこに立っていたのは、現宰相である父、ローゼンタール公爵だった。
美しい銀髪を完璧なオールバックにし、感情を排した理知的な顔立ちをしている。ユリウスは幼い頃から、父とよく似ていると言われてきた。
だが、今のユリウスは、この立派な父親と自分はどこも似ていないと感じていた。
父は正真正銘の、ローゼンタール家が誇る優秀なアルファだ。
片や自分は、性別を偽らなければ生きられない欠陥品なのだから。
「卒業おめでとう。優秀な成績で終えたそうだな。お前と共に、この国のために働ける日が待ち遠しいよ」
穏やかな言い回しではあるが、その瞳は笑っていない。厳格な父の口調は、どこまでも冷たく、期待というよりは「当然の義務」を確認する響きだった。
「はい、父上。ありがとうございます。この身の続く限り、国のために尽くします」
ユリウスは濁った瞳のまま、教え込まれた通りの定型句を答えた。
すると、父は周囲に人がいないことを確認し、少し声を潜めて尋ねた。
「……ところで、ユリウス。毎日飲むようにとずっと渡してきた薬は、今もしっかり飲んでいるか?」
薬。
それは、物心ついた時から毎日欠かさず飲むようにと渡されてきた、白い錠剤のことだ。
何の薬かは詳しく説明されていない。
ただ、「ローゼンタール家の長男は代々この薬を飲んできた」「お前がこの国のために生きるには必ず必要なことだ」と教えられてきた。
ユリウスはその教えを疑うことなく、今日まで一日たりとも欠かしたことはない。
「はい、父上。ずっと欠かさず飲んでいます」
「そうか。卒業後も必ずだぞ。あの薬は二十歳まで飲む必要があるものだ。これから忙しくなるが、決して忘れないように飲むんだ」
「承知いたしました」
父の念押しに、ユリウスはただ従順に頷いた。何の疑問も抱かなかった。
不思議なことに、久しぶりに「絶対的に従うべき相手」である父と会い、管理される会話をしたことで、ユリウスの心は少し楽になった。
自分で考えなくていい。自分の意志など持たなくていい。
ただ、自我を殺して頷き、従えばいいのだ。この国のために死ぬまで尽くせと命じられれば、機械のようにそうするだけだ。
そうすれば、余計なことは考えずに済む。レオナルドのいない空虚さに、これ以上傷つかずに済む。
(私は、カイエン様を支える臣下となり、父上にも認められる完璧な宰相となる)
(それ以外の望みなど、私にはない)
その氷のように冷たく、色のない未来だけが、心を凍結して閉ざし、深く濁ったユリウスの瞳に映っていた。
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