【完結】獅子は鳥籠を砕く

真大(mahiro)

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第1章

死に絶えた本能

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 正式な卒業の日を迎えるまでの三ヶ月間、ユリウスは学院の寮を引き払い、実家であるローゼンタール家の屋敷へと戻っていた。

 広大な屋敷で、久しぶりに二人の弟たちと再会した。
 彼らは双子であり、来年には高等部に進学する年齢になっていた。二人とも、ローゼンタール家の血を濃く引いた優秀なアルファだ。

「兄上、首席での卒業おめでとうございます」
「僕たちの誇りです。兄上のようになれるよう、僕たちも精進します」

 純粋な尊敬の眼差しを向けてくる弟たちに対し、ユリウスは完璧な兄としての微笑みを返した。

 優秀なアルファという仮面を被っている自分への賛辞。
 かつてなら罪悪感や焦りを感じたかもしれないが、心を閉ざしきった今のユリウスは、何の動揺も感じなかった。彼らが見ているのは「虚像」だが、それでいい。

 そして、感傷に浸る間もなく、父が手配した特別講師による講義が始まった。

 次期宰相として父の下で働く前に、必要な実務的知識を全て叩き込むための詰め込み教育だ。
 「すぐにでもこの国の役に立てるように」という父の命令は絶対であり、ユリウスのスケジュールは朝から深夜まで分刻みで埋め尽くされた。

 自分の時間などほとんどない過密な日々だったが、今のユリウスにとって、それは何よりの救いだった。思考する隙間を与えられないことが、唯一の鎮痛剤だったからだ。

 そんな機械のような日々の中で、ユリウスはある身体の変化に気づいた。
 レオナルドと共に過ごしていたあの一年間は、定期的に身体を突発的なヒートが襲い、時には三日間ほど微熱が続くような不安定さがあった。
 それを鎮めるために、毎夜レオナルドのアルファフェロモンを与えられていたのだ。

 だが、レオナルドと過ごした最後の夜。あの日を境に、それらの症状が嘘のようにピタリと止まったのだ。
 身体は、レオナルドと出会う前の状態に戻っていた。

 自分がオメガだと知らず、アルファだと信じて疑わなかったあの頃の、無反応で冷たい身体に。

 ユリウスは深夜の執務室で、書類にペンを走らせながら、濁った瞳でぼんやりと理解した。

(ああ……死んだのか)

 オメガという性の詳しい仕組みは分からない。
 だが、ユリウスの中のオメガは、あの夜に死んだのだと確信した。

 一方的にユリウスが求め、縋っていたアルファであるレオナルドに捨てられたことで、生きる糧を失ったオメガの本能が、そのまま餓死したのだ。
 ユリウスの中では、そう解釈するのが自然だった。

 それに対して、ユリウスの心は少しも揺れなかった。悲しみも、安堵もなかった。

 オメガであることは、これからのユリウスにとって無価値どころか障害でしかない。それが死滅したのなら好都合だ。

 レオナルドのことを想っていた恋心ごと、オメガの自分が道連れにして死んでくれたようだ。

 あんなに苦しかったのに。レオナルドのことを考えても、だんだんと何も感じなくなってきている。痛みすらも風化し、砂のように崩れ落ちていく。

 ただ、今のユリウスの心には、冷たく乾いた風が吹き抜ける空っぽの空洞があるだけ。
 そこを埋めてくれていた熱は、もう二度と戻ってこない。

(埋める必要はない。見なければいいだけだ)

 空いてしまった穴を埋めようと足掻くのではなく、その穴を見る心の目を塞ぐ。

 ユリウスは、ただ自分に課せられた責務に向き合うことだけに全神経を注いだ。
 三ヶ月間、ほとんど眠ることすらせず、食事も栄養補給として流し込むだけ。

 ただひたすらに、次期宰相として完璧な機能を持つ「部品」になるための準備に没頭し続けた。
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