20 / 112
第1章
死に絶えた本能
しおりを挟む正式な卒業の日を迎えるまでの三ヶ月間、ユリウスは学院の寮を引き払い、実家であるローゼンタール家の屋敷へと戻っていた。
広大な屋敷で、久しぶりに二人の弟たちと再会した。
彼らは双子であり、来年には高等部に進学する年齢になっていた。二人とも、ローゼンタール家の血を濃く引いた優秀なアルファだ。
「兄上、首席での卒業おめでとうございます」
「僕たちの誇りです。兄上のようになれるよう、僕たちも精進します」
純粋な尊敬の眼差しを向けてくる弟たちに対し、ユリウスは完璧な兄としての微笑みを返した。
優秀なアルファという仮面を被っている自分への賛辞。
かつてなら罪悪感や焦りを感じたかもしれないが、心を閉ざしきった今のユリウスは、何の動揺も感じなかった。彼らが見ているのは「虚像」だが、それでいい。
そして、感傷に浸る間もなく、父が手配した特別講師による講義が始まった。
次期宰相として父の下で働く前に、必要な実務的知識を全て叩き込むための詰め込み教育だ。
「すぐにでもこの国の役に立てるように」という父の命令は絶対であり、ユリウスのスケジュールは朝から深夜まで分刻みで埋め尽くされた。
自分の時間などほとんどない過密な日々だったが、今のユリウスにとって、それは何よりの救いだった。思考する隙間を与えられないことが、唯一の鎮痛剤だったからだ。
そんな機械のような日々の中で、ユリウスはある身体の変化に気づいた。
レオナルドと共に過ごしていたあの一年間は、定期的に身体を突発的なヒートが襲い、時には三日間ほど微熱が続くような不安定さがあった。
それを鎮めるために、毎夜レオナルドのアルファフェロモンを与えられていたのだ。
だが、レオナルドと過ごした最後の夜。あの日を境に、それらの症状が嘘のようにピタリと止まったのだ。
身体は、レオナルドと出会う前の状態に戻っていた。
自分がオメガだと知らず、アルファだと信じて疑わなかったあの頃の、無反応で冷たい身体に。
ユリウスは深夜の執務室で、書類にペンを走らせながら、濁った瞳でぼんやりと理解した。
(ああ……死んだのか)
オメガという性の詳しい仕組みは分からない。
だが、ユリウスの中のオメガは、あの夜に死んだのだと確信した。
一方的にユリウスが求め、縋っていたアルファであるレオナルドに捨てられたことで、生きる糧を失ったオメガの本能が、そのまま餓死したのだ。
ユリウスの中では、そう解釈するのが自然だった。
それに対して、ユリウスの心は少しも揺れなかった。悲しみも、安堵もなかった。
オメガであることは、これからのユリウスにとって無価値どころか障害でしかない。それが死滅したのなら好都合だ。
レオナルドのことを想っていた恋心ごと、オメガの自分が道連れにして死んでくれたようだ。
あんなに苦しかったのに。レオナルドのことを考えても、だんだんと何も感じなくなってきている。痛みすらも風化し、砂のように崩れ落ちていく。
ただ、今のユリウスの心には、冷たく乾いた風が吹き抜ける空っぽの空洞があるだけ。
そこを埋めてくれていた熱は、もう二度と戻ってこない。
(埋める必要はない。見なければいいだけだ)
空いてしまった穴を埋めようと足掻くのではなく、その穴を見る心の目を塞ぐ。
ユリウスは、ただ自分に課せられた責務に向き合うことだけに全神経を注いだ。
三ヶ月間、ほとんど眠ることすらせず、食事も栄養補給として流し込むだけ。
ただひたすらに、次期宰相として完璧な機能を持つ「部品」になるための準備に没頭し続けた。
2
あなたにおすすめの小説
【完結】選ばれない僕の生きる道
谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。
選ばれない僕が幸せを選ぶ話。
※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです
※設定は独自のものです
※Rシーンを追加した加筆修正版をムーンライトノベルズに掲載しています。
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
六年目の恋、もう一度手をつなぐ
高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。
順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。
「もう、おればっかりが好きなんやろか?」
馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。
そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。
嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き……
「そっちがその気なら、もういい!」
堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……?
倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。
たとえ運命じゃなくても、僕は
mimi
BL
「僕は自分の気持ちを信じたい。
たとえ運命から背を背けようとも」
音楽大学に通うΩの青年・相田ひなた。
努力家の先輩αと、
運命の番だと告げられた天才α。
運命か、愛情か――
選ぶのは、僕自身だ。
※直接的な描写はありません。
【運命】に捨てられ捨てたΩ
あまやどり
BL
「拓海さん、ごめんなさい」
秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。
「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」
秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。
【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。
なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。
右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。
前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。
※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。
縦読みを推奨します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる