【完結】獅子は鳥籠を砕く

真大(mahiro)

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第2章

崩れ落ちた最後の柱

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 三ヶ月後。
 ユリウスが次期宰相として、父の下で本格的に働き始めてすぐのことだった。

 凍てついた心を抱え、機械のように責務をこなすユリウスの世界を、根底から揺るがす大事件が起きた。

 その日は朝から、王宮の奥で王族だけの集まりが開かれていた。
 定期的に開催される親族会ではあるが、第一王子派と第二王子派の派閥争いは、二人が学院を卒業したことをきっかけに水面下で激化していた。
 そのため、護衛も側近も連れずにその場へ向かうカイエンのことを、ユリウスは臣下として、そして友人として案じていた。

 だが、王族しか立ち入ることのできない聖域での会合だ。ユリウスにはどうすることもできず、ただ無事を祈って執務室で待つしかなかった。

 次期宰相として父の補佐を務め、多忙を極めていたユリウスの元へ、凶報は風のように舞い込んできた。

 バン!と乱暴に扉が開き、バタバタと駆け込んできたのは王宮の伝達係だった。
 顔面を蒼白にし、荒い息を吐きながら、執務机に座る宰相――ユリウスの父の元へ駆け寄り、何事かを耳打ちする。

「なんだと!?」

 父が椅子を蹴って立ち上がり、聞いたこともないような大声を上げた。

 常に冷静沈着で、感情を表に出すことのない厳格な父が、これほどまでに動揺する姿をユリウスは初めて見た。
 ただ事ではない。全身の血が冷たくなるのを感じた。

「父上、どうされたのですか。一体何が……」
「…………」

 ユリウスが声をかけると、父は強張った顔をゆっくりと上げ、低い声で静かに告げた。

「……第一王子殿下が、謀反を起こされたそうだ」
「……は?」
「国王陛下に毒を盛ったのだ。杯に毒を入れる瞬間を目撃され、現行犯で取り押さえられた。陛下は意識不明の重体だそうだ」

 告げられた言葉が、異国の言語のように聞こえ、すぐには飲み込めなかった。

 第一王子殿下。つまり、カイエンが?
 実の父親である国王を毒殺しようとした?
 なぜ?何のために?

 意味が分からなかった。
 あの聡明で、誰よりも国を愛し、正当な王位継承者として努力を重ねてきたカイエンが、そんな短絡的で愚かな真似をするはずがない。

「……ッ、ち、父上。それは、どういう……間違いです、カイエン様がそんなことをするはずが……ッ、カイエン様はどうなるのですか!」
「それは分からない。だが、王子であるからすぐに打ち首ということは無いだろう。まずは詳しい調査が行われ、裁判にかけられる……その間は、王宮の地下牢に投獄されるはずだ」

 淡々とした父の声。

 どうなるのかと聞いておきながら、ユリウスはその答えを脳が拒絶していた。動揺のあまり、足元の床が崩れ落ちていくような感覚に襲われる。

 レオナルドに捨てられて、オメガとしての自分も死んで。
 それでも生きてこられたのは、カイエンという王に仕える未来だけを見ていたからだ。
 彼を支え、彼と共にこの国を良くしていく。その使命だけが、ユリウスに残された唯一の光だった。

 ……カイエンさえも失って、どうしたらいいのか。

 目の前が真っ白になり、呼吸さえ忘れて立ち尽くすユリウスの肩を、強い力で誰かが掴んだ。

 父だった。
 父は、揺らぐことのない冷徹な瞳で、混乱する息子の目を射抜くように見つめ、はっきりと言った。

「落ち着け、ユリウス。……ローゼンタール家は、代々この国に忠誠を誓い、宰相として尽くしてきた。つまり、相手が誰であれ、『王』にお前も尽くすべきだ」

 その言葉の意味するところを理解した瞬間、ユリウスは戦慄した。
 現国王が毒に倒れ、生死の境を彷徨っている今。
 そして第一王位継承者であるカイエンが、その謀反の罪で捕らえられた今。

 この国の「王」の代行者として、玉座に座るのは誰か。
 第二王子、ルシエルだ。

 現国王がこのまま崩御、あるいは退位となれば、ルシエルがそのまま新国王となるだろう。
 そして、ローゼンタール家の人間であるユリウスは、必然的にルシエルに仕えることになる。

(……あの男が王になる……?)

 これから間近に迫るその地獄のような未来を、ユリウスは全く想像できなかった。想像したくもなかった。

 だが、絶対的な存在である父に「国に尽くせ」と言われたことで、長年染み付いた服従の精神が、「そうするしかないのか」という思考だけで頭を支配していく。

 カイエンを想って混乱していた心さえ、父の言葉という重石によって動きが鈍くなり、最終的に、ギギ、と音を立てて閉じてしまった。

 誰も味方がいない。
 心を開きたい相手は、もう誰もいない。

 なら、心など邪魔なだけだ。要らなくなったものを捨てるように、機能停止させればいい。

「…………はい、父上」

 ユリウスは、最後に残っていたカイエンに尽くす未来さえ奪われて、完全に感情を失ってしまった。

 そこに立っていたのは、国というシステムのために動く、美しくも冷たい人形だけだった。
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