【完結】獅子は鳥籠を砕く

真大(mahiro)

文字の大きさ
24 / 112
第2章

愛の言葉

しおりを挟む

 ルシエルの言う「薬」が届くまでの間も、この日から王の間だけではなく、寝室に呼ばれることが常態化した。

 しかもその場において、ルシエルはユリウスに何かを命じるたび、楽しげに、しかし残酷な切れ味のナイフを突きつけるようにこう囁くのだ。

「いいか、ユリウス。俺の一声で、地下牢にいるカイエンの命など、どうにでもなるんだぞ」

 その言葉は、いかなる鎖よりも強くユリウスを縛り付けた。

 すでに身体的な拒絶をする気力など残っていなかったが、カイエンの名前を出されるたびに、ユリウスは思考することさえ放棄して、ルシエルの言われるがままに従うしかなくなった。

 ルシエルが、カイエンの命を盾にして強いてきたのは、肉体的な奉仕だけではない。
 もっと陰湿で、精神を蝕む類のものだった。

「ユリウス。……『私はルシエル様のものです』と、そう言え。心を込めて、俺を愛していると、熱っぽい目をして懇願しろ」

 膝の上に乗せられ、敏感な耳朶を舌でねぶり回されながら、そう命じられる。
 ユリウスは屈辱に震える唇を開き、必死に言葉を紡ぐ。

「…………私は、ルシエル様のものです…………愛しています、心から」

 潤んだ瞳を上げ、主人に縋り付くような声色を作る。
 すると、ルシエルは満足そうに頷き、機嫌を良くして笑うのだ。

「ああ、俺もだよ。可愛いな、ユリウス……」

 そう言って、ユリウスの太ももを這う手が、優越感に浸るように撫で回してくる。

 こうして、彼が「精神的な支配」を楽しんでいる間は、最後の一線を踏み越えるような行為をしてこない。

 その法則を理解した上で、ユリウスは懸命に、そして必死にルシエルの歪んだ要望に応え続けた。

 あの薬が届いてしまったら、猶予は終わる。
 思考を奪われ、徹底的に犯し尽くされ、穢される未来が待っている。

 その時に、死んだはずのオメガとしての身体がどう反応するのか、それが何より怖かった。
 強制的にヒート状態を引き起こされ、オメガだとバレて、望まぬ番にされてしまうかもしれない。
 あるいは、アルファと思われたまま、プライドごと粉々に砕かれるような陵辱を受けるのかもしれない。

 どちらに転んだとしても、ユリウスには闇しか待っていない。
 それでも、「レオナルド以外に穢されること」を拒む魂の叫びが、ユリウスを悲しいほどに必死にさせていた。

 この地獄のような夜を繰り返していくことで、壊れた心は奇妙な適応を見せ始めた。
 ただルシエルの要望通りに振る舞うために、だんだんと演技が板につき、甘く愛を囁けるようになっていったのだ。

「…………ルシエル様……愛しています。大好きです…………」

 熱を帯びた瞳で、吐息交じりに囁く。
 だんだんと、ユリウスは無意識のうちに、ある方法でその感情を作っていた。

 目の前の男を、ルシエルだと思わないこと。
 そして、胸の奥に封じ込めた、レオナルドへの想いを引きずり出すこと。
 かつて、レオナルドに伝えたくても伝えられなかった言葉。

 ……好きだ、愛している、私を見て欲しい。

 行き場を失って燻っていたその想いを、ルシエルという虚像に重ねて、言葉にすることで吐き出していた。
 そうでなければ、こんな汚らわしい男に「愛している」などと言えるはずがなかった。

 ユリウスは偽りの愛を囁きながら、心の中で血の涙を流していた。

 一番言いたかった相手には一言も言えなかったのに。
 どうして私は今、こんな男に、大切な言葉を浪費しているのだろうか。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです ※Rシーンを追加した加筆修正版をムーンライトノベルズに掲載しています。

流れる星、どうかお願い

ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる) オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年 高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼 そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ ”要が幸せになりますように” オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ 王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに! 一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが お付き合いください!

六年目の恋、もう一度手をつなぐ

高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。 順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。 「もう、おればっかりが好きなんやろか?」 馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。 そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。 嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き…… 「そっちがその気なら、もういい!」 堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……? 倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

運命の番は僕に振り向かない

ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。 それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。 オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。 ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。 ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。 ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。 ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

たとえ運命じゃなくても、僕は

mimi
BL
「僕は自分の気持ちを信じたい。 たとえ運命から背を背けようとも」 音楽大学に通うΩの青年・相田ひなた。 努力家の先輩αと、 運命の番だと告げられた天才α。 運命か、愛情か―― 選ぶのは、僕自身だ。 ※直接的な描写はありません。

【運命】に捨てられ捨てたΩ

あまやどり
BL
「拓海さん、ごめんなさい」 秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。 「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」 秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。 【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。 なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。 右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。 前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。 ※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。 縦読みを推奨します。

処理中です...