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第2章
愛の言葉
しおりを挟むルシエルの言う「薬」が届くまでの間も、この日から王の間だけではなく、寝室に呼ばれることが常態化した。
しかもその場において、ルシエルはユリウスに何かを命じるたび、楽しげに、しかし残酷な切れ味のナイフを突きつけるようにこう囁くのだ。
「いいか、ユリウス。俺の一声で、地下牢にいるカイエンの命など、どうにでもなるんだぞ」
その言葉は、いかなる鎖よりも強くユリウスを縛り付けた。
すでに身体的な拒絶をする気力など残っていなかったが、カイエンの名前を出されるたびに、ユリウスは思考することさえ放棄して、ルシエルの言われるがままに従うしかなくなった。
ルシエルが、カイエンの命を盾にして強いてきたのは、肉体的な奉仕だけではない。
もっと陰湿で、精神を蝕む類のものだった。
「ユリウス。……『私はルシエル様のものです』と、そう言え。心を込めて、俺を愛していると、熱っぽい目をして懇願しろ」
膝の上に乗せられ、敏感な耳朶を舌でねぶり回されながら、そう命じられる。
ユリウスは屈辱に震える唇を開き、必死に言葉を紡ぐ。
「…………私は、ルシエル様のものです…………愛しています、心から」
潤んだ瞳を上げ、主人に縋り付くような声色を作る。
すると、ルシエルは満足そうに頷き、機嫌を良くして笑うのだ。
「ああ、俺もだよ。可愛いな、ユリウス……」
そう言って、ユリウスの太ももを這う手が、優越感に浸るように撫で回してくる。
こうして、彼が「精神的な支配」を楽しんでいる間は、最後の一線を踏み越えるような行為をしてこない。
その法則を理解した上で、ユリウスは懸命に、そして必死にルシエルの歪んだ要望に応え続けた。
あの薬が届いてしまったら、猶予は終わる。
思考を奪われ、徹底的に犯し尽くされ、穢される未来が待っている。
その時に、死んだはずのオメガとしての身体がどう反応するのか、それが何より怖かった。
強制的にヒート状態を引き起こされ、オメガだとバレて、望まぬ番にされてしまうかもしれない。
あるいは、アルファと思われたまま、プライドごと粉々に砕かれるような陵辱を受けるのかもしれない。
どちらに転んだとしても、ユリウスには闇しか待っていない。
それでも、「レオナルド以外に穢されること」を拒む魂の叫びが、ユリウスを悲しいほどに必死にさせていた。
この地獄のような夜を繰り返していくことで、壊れた心は奇妙な適応を見せ始めた。
ただルシエルの要望通りに振る舞うために、だんだんと演技が板につき、甘く愛を囁けるようになっていったのだ。
「…………ルシエル様……愛しています。大好きです…………」
熱を帯びた瞳で、吐息交じりに囁く。
だんだんと、ユリウスは無意識のうちに、ある方法でその感情を作っていた。
目の前の男を、ルシエルだと思わないこと。
そして、胸の奥に封じ込めた、レオナルドへの想いを引きずり出すこと。
かつて、レオナルドに伝えたくても伝えられなかった言葉。
……好きだ、愛している、私を見て欲しい。
行き場を失って燻っていたその想いを、ルシエルという虚像に重ねて、言葉にすることで吐き出していた。
そうでなければ、こんな汚らわしい男に「愛している」などと言えるはずがなかった。
ユリウスは偽りの愛を囁きながら、心の中で血の涙を流していた。
一番言いたかった相手には一言も言えなかったのに。
どうして私は今、こんな男に、大切な言葉を浪費しているのだろうか。
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