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第2章
裏切り者の涙
しおりを挟むあのパーティの日から、国の情勢は雪崩を打つように大きく動いた。
これまで国の中枢は、王代理であるルシエル、宰相であるローゼンタール公爵、そして騎士団長であるブラント伯爵――この三者が癒着し、歪な権力構造を作り上げていた。
だがそこに、「獅子騎士団」という独立した強大な武力が突如として現れた。
さらに、彼らが持ち帰った圧倒的な戦果への褒美として、ブラント家には公爵位が与えられた。
形式上は当主である父・ブラント卿が公爵となったわけだが、世間の目は違った。
「あれは英雄レオナルド・フォン・ブラントが勝ち取った栄誉だ」と、誰もがレオナルド本人を実質的な公爵として捉え、熱狂したのだ。
つまり、今の王宮内には、ルシエルという王代理下に、三つの公爵位クラスの巨大勢力が拮抗するという、かつてない緊張状態が生まれたことになる。
ローゼンタール家は、カイエンが投獄されてからは完全に第二王子派筆頭となっている。
ブラント家は王宮騎士団の騎士団長が当主であるため、中立の立場を貫いている。その両家は昔から表立った繋がりはない。
そこに、国民の圧倒的支持を得たレオナルド率いる獅子騎士団が、「第一王子派」の旗頭として現れた。
この影響は凄まじかった。
これまで報復を恐れて息を潜めていた第一王子派の臣下たちが、一斉に顔を上げ、レオナルドの背後に集結し始めたのだ。
それだけではない。保身のためにやむなく第二王子派に流れていた者たちさえ、強い中心核を得たことで、掌を返すように再び第一王子派へと戻っていった。
臣下たちも合わせると、この国の勢力図は十年ぶりに、第一王子派と第二王子派で大きく分断された。
この急激な変化に、ルシエルは酷く怯えるようになった。
夜の寝室での振る舞いも変わった。
ユリウスを性的に支配し、玩具のように弄ぶよりも、ただ夜な夜な、震えを隠すようにユリウスをきつく抱きしめることが多くなった。
まるで、ユリウスという「盾」にしがみつく子供のように。
ユリウスは、ルシエルの腕の中で、ぼんやりと考えを巡らせていた。
(……今、ルシエル様の腕の中にいる私は、一体何なのだろうか)
ずっと、カイエンの命を守るために、我が身を捧げ、心を殺して耐えてきた。
それなのに今、絶対的な力を持ってカイエンの味方となり、彼を救おうとしているのは、名実ともに英雄となったレオナルドだ。
対してユリウスはどうだ。
今もこうして敵であるルシエルの腕の中にいて、「第一王子派の裏切り者」「ルシエル殿下の愛妾」として、のうのうと息をしている。
こんな自分を見て、レオナルドはどう思っているのだろうか。
そこまで考えて、ユリウスはその先を想像するのをやめようとした。無駄だからだ。答えなど出ている。
レオナルドは、あの夜、ユリウスを捨てた。
その身を抱くこともなく、番にすることもなく。
ただ、別れの言葉を告げる価値すらない存在として、ゴミのように捨てて姿を消したのだ。
そして今、帰還した彼は、ルシエルの手中に落ち、愛玩具と成り下がったユリウスを見て、心の底から軽蔑しているに違いない。
(……あれほど毎夜時間を割いて、私がアルファとして生きるための道を与えてくれたのに)
その結果がこれだ。
アルファの皮を被ったまま、ルシエルの性の道具として股を開いている。ユリウスに関する宮廷内の卑猥な噂を、もしレオナルドが耳にしたら、そうとしか思わないだろう。
『時間の無駄だった』
『あの時、抱かずに捨てて正解だった』
きっと、そう思っているはずだ。
「…………っ」
そう思うと、枯れたはずの涙腺から、熱い雫が溢れ出した。
久しぶりに、ユリウスは静かに涙を流した。
皮肉なことに、死んだ心を揺さぶり、感情を呼び覚ますのは、今も昔もレオナルドだけなのだ。
ユリウスは声を殺して泣きながら、自身の惨めさを抱いて眠りについた。
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