【完結】獅子は鳥籠を砕く

真大(mahiro)

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第2章

氷解

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 しばらくの間、世界の時間が止まったかのようだった。
 頬に触れる、大きくて優しい手。
 その手は、凍りついたユリウスの頬を慈しむように撫でると、そのまま流れるように滑り、ユリウスの柔らかな銀髪にも触れた。指先が髪を梳く感触が、あまりにも優しくて。

(……撫でられている?)

 そう言えば、先ほど頭を下げた時も、彼は撫でてくれた。
 ユリウスは何も分からないまま、されるがままにレオナルドの手に撫でられ続けた。

 何も言わず、ただ触れてくるレオナルドが怖いのに。
 さっき、「何もかも気に入らない」と言い放った彼に、殴られることも覚悟して身構えていたのに。

 痛みではなく、与えられたのは温もりだった。
 ユリウスはただ、その不相応な優しさを拒むことができずにいた。

 そして、しばらくそうして沈黙が落ちた後、ようやくレオナルドが口を開いた。

「…………ユーリ」

 愛称で、呼ばれた。
 十年前のあの日から、線を引くように呼ばれなくなった、懐かしくて痛い呼び名。
 ユリウスは、その声があまりにも……愛しい宝物を呼ぶみたいに甘く響いたせいで、怖くてたまらなくなった。

 そんなふうに呼ばないでくれ。期待してしまう。
 勘違いしてしまう。

「……、ブラントきょ」
「『レオ』と、呼んでくれ。……頼むから」

 ユリウスが線を引こうとした言葉を、初めてレオナルドが遮った。
 あの夜、部屋にレオナルドが来た時もそう言われた。

 先に線を引いたのは、レオナルドの方だったのに。
 わざわざこの場で、裏切り者と英雄という立場の今更、愛称で呼び合うなんて、意味が分からない。

 そう思うのに。
 ユリウスの唇からは、怖いくらい、本当の気持ちが滲んだ声が零れ落ちた。

「…………レオ…………」

 そのたった二文字に、十年分の想いが乗った気がした。

 愛してる。愛して欲しかった。
 ありがとう、こうしてまた会えて嬉しい。
 二度と会えないと思っていたのに。

 もう……私に情けなんてかけなくていい。
 ただ、カイエン様を助けて。
 私をあの時みたいに捨てていいから。
 この国を救って、私のいない明るい未来で、素晴らしい国をカイエン様と作って欲しい。

 そう、言いたくて言えなかった全ての祈りと願いが、たった一言の呼称に漏れ出してしまった。

 声だけではない。
 至近距離でユリウスを見つめる、全く逸らせない黒曜石の瞳が、ユリウスの心の奥底を暴こうとしているようにも感じた。

 全てを見透かされているような、強い視線。
 それなのに不思議と、だんだんとユリウスの心から恐怖が消えていった。

(……彼に勝算があるのなら、レオに従ってもいいのかもしれない)

 理由は理解できなくても、私がここにいたほうが計画のためになるというのなら。
 彼がそう望むのなら。

「…………ユーリ、ここにいてくれ」

 レオナルドは、逃げ腰だったユリウスの瞳を真っ直ぐに捉えたまま、そう言った。
 それは命令というより、まるで「ただ、そばにいて欲しい」と懇願するような響きを含んでいた。

 その声色に、ユリウスは泣きそうになりながら、覚悟を決めた。

 レオナルドがそう命じるなら、もう抵抗はしない。
 それがカイエン様を助ける道に繋がるのなら、どんな役目でも果たそう。

 そう思い、ユリウスは小さく頷いた。

「…………はい、分かりました。ブラ…………レオに、従います」
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