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第3章
命の使い道
しおりを挟む父の言葉は、生まれてきてからこれまで、そして次期宰相として働き始めてからも、ユリウスにとって絶対の「洗脳」だった。
長年飲み続けてきた薬の効果も、もしかしたら影響していたのかもしれない。
それほどまでに強力に、ユリウスは父の言葉や命令を疑うことなく、思考を停止させて生きてきた。
だが今、その洗脳は完全に解かれた。
父の口から語られたあまりに惨い真実による衝撃。レオナルドへの深い愛と悔恨。
そして、この国を我が物顔で操り、人の命を駒としか思わないローゼンタール家とブラント家に対する激しい怒りが、呪縛を焼き尽くしたのだ。
「……では、結婚式まで大人しくしているんだぞ」
父は、静かになったユリウスの頭を撫でた。かつては誇らしかったその掌が、今はただ冷たく、おぞましく感じられた。
父は満足げな笑みを浮かべ、部屋を退室していった。
静寂が戻った部屋で、ユリウスは冷徹に状況を整理した。
結婚式という、国中が注目する大きな場。
そこを利用して、まずはローゼンタール家の息子が、次期国王である王代理ルシエルの妻となったことを公表する。
ユリウスが「養子」という設定に書き換えられようとも、ローゼンタール家から王の伴侶が出たという事実は、彼らに絶大な権力をもたらす。
その上で、実権を握ったローゼンタール家とブラント家が共謀し、カイエンと獅子騎士団を「反逆者」として制圧するつもりだ。
国民からの反発はあるだろうが、それも織り込み済みだろう。
そもそも、カイエンを脱獄させている時点で、法的にはこちら側に分が悪い。
むしろ、この為にカイエンを奪還させたのではとユリウスはそう思った。
『ルシエル殿下がいる限り、正当性はこちらにある』
父の去り際の言葉が、頭にこびりついて離れない。
逆に言えば――ルシエルさえいなければ、彼らの正当性は崩れ去るということだ。
そして、ユリウスは一つの結論を出した。
(……結婚式の場で、ルシエル殿下を道連れにし、死ぬ)
それが、今ユリウスがレオナルドとカイエン、そしてこの国のために出来る、唯一にして最善の手だ。
ルシエルという「傀儡」を失った打撃は、彼を神輿として担ぎ上げているローゼンタール家とブラント家にとって計り知れないほど大きい。
正当な王位継承権を持つカイエン殿下がいる以上、ルシエルがいなくなれば、彼らは錦の御旗を失う。
その混乱に乗じて、レオナルドとカイエンが無実の罪を立証する時間さえ稼げれば、それでいい。
そう確信し、ユリウスは決意した。
この身はすでに汚され、番にされてしまったけれど、最後に命を使う場所は見つかった。
(……レオ)
レオナルドが、かつてユリウスと番になりたいと望んでくれていたこと。
それを、彼の口から直接聞けなかったことは残念だけれど。
そして、もう二度と生きて会えないということも、胸が引き裂かれるほど辛いけれど。
でもそれは、すでにオメガとしてルシエルに身を捧げた時から、覚悟していたことだ。
別の男の番となり、汚されたオメガのことなど、レオナルドは忘れてくれていい。
このまま、彼の記憶から消え去りたい。
「…………ふふ」
ユリウスは、自然と笑みをこぼした。
不思議と、心は穏やかだった。
再会してからも、在学中も……レオナルドの言動の端々に向けられていたであろう、深い愛を少なからず感じられたからだ。
どれほど今、レオナルドがユリウスのことを想っているのかは、もう聞くことはできないから分からないけれど。
それでも、彼は命を懸けてユリウスを守ろうとしてくれた。
その事実が。確かな愛が。
ユリウスには、何よりも嬉しかった。
その温かい記憶があれば、刺し違える瞬間の痛みも、死の恐怖も、きっと耐えられる。
ユリウスは窓の外の空を見上げ、愛する人の幸せを静かに祈った。
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