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私が九歳の時に父さんは死んでしまいました。ガンです。最初に見つかったのは元々持病がある肺でしたが、それはどこかから転移したガンで、持病とは関係のないものでした。お医者さんはずっとガンの出所を探してましたが、半年も経たないうちに始まりがどこだったのかなんてどうでも良くなるくらい全身にガンが広まってしまいました。
入院してしばらくは多くの人がお見舞いに来ていました。会社の上司さんや同僚さん、地元のお友達に長く会っていなかったという同級生まで。だけど父さんの体から肉という肉がそげ落ち、骨が浮き出て顔つきすら変わってくる頃にはお見舞いも途絶え、父さんの病室には私と母くらいしか立ち入らなくなりました。変わっていく父さんを見るのが辛かったのかもしれないですし、もしくは、単純に皆それぞれの日常に戻っただけなのかもしれません。それでも、病室で会う父さんは、私の前では笑顔を浮かべていました。
最後に父さんの笑顔を見たのは、集中治療室に入ってからです。ある日を境に父さんの容体は急変し、鼻から口を覆う酸素マスクをずっとつけていました。だけど次第にそれだけじゃ足りなくなって、喉を裂いてチューブを突っ込み、直接気管へ酸素を送り込むようになりました。
その頃の父さんは身動き一つ取れず、喋ることも出来ず、一日中天井を見つめていました。体中に張り付いたセンサーが映す折れ線と、機械が送り出す周期的な空気の音だけが、父さんがまだ死んでいないという事を教えてくれました。
その日、母さんとお見舞いに行った私を、父さんは据わった目で見つめました。そんな状況になった父さんを見たのは、その時が初めてだったので、私はとっさに恐いと感じたのを覚えています。
父さんは、母さんに視線と指先の動きで何かを指示しました。母さんが取りだしたのは五十音が書かれた文字盤でした。目の前に掲げられたその文字盤を、父さんはゆっくり、ゆっくり、とても長い時間をかけて一文字ずつ指さしました。
『ご』『め』『ん』『な』
そして父さんは、ありったけの力を振り絞ったように、目尻を下げて唇を尖らせました。笑ったのです。その途端、怖いと感じた自分自身にどうしようもない罪悪感を感じて、だけど父さんのように謝ることは出来ませんでした。
父さんはそれから少しの間生きて、死んでしまいました。
:::
お葬式が終わって、母さんはしばらく抜け殻のようになっていました。何をしても上の空で、会話も以前に比べてずっと減ってしまいました。居間のテーブルには父さんが使っていたノートパソコンやiPhone、テレビの下には任天堂のゲーム機がそのまま置かれていて、母さんは時折、それらをぼーっと見つめていました。
だけど、何がきっかけだったかは分かりませんが、一月くらい経った頃に急にいつもの母さんに戻りました。いや、戻ったというのは語弊がありますね。母さんは変わりました。
その頃、母さんは父さんが使っていたiPhoneを自分で使うようになっていました。あまり伝わらないかもしれないですが、私にとっては亀が甲羅を脱いで走り出したくらいの衝撃でした。母さんが、テレビのリモコン以外の電子機器を持っているというのは、それまでの私にとって想像も出来ないことだったのです。
他にも変化はあります。母さんは仕事を増やしました。昼のパートに加えて、夜も働きに出るようになりました。仕事以外の時間は私の宿題を見たり、父さんが残したゲームを一緒にしてくれました。勿論、あまり上手ではありませんでしたが、何をしても大げさに声を上げて、楽しそうにしてくれました。
休みの日には父さんの車に乗って、色んな所に連れて行ってくれました。映画館や図書館、水族館や動物園。そして帰りに買い物をして、真夜中まで掛かって一週間分の夕食とおやつを作り置きするのです。土曜日と日曜日の夜はお布団の仲で台所の音に耳を澄ましていました。まな板に叩き付けられる包丁、鳥のようにちちちと鳴いて着火するガスコンロ、ぶーんと唸りながら何かを温める電子レンジ。料理が作られる音を聞きながら眠りにつくのは、とても心地よかったのを覚えています。
母さんが、父さんの役割を担おうとしていたのは子供心ながらによく分かりました。
そして、それが母さんは無理をしている、というのもなんとなく分かっていました。
その生活が半年ほど経った頃、母さんが熱を出して寝込んでしまいました。幸い丸三日ほど何もせずに寝ていたら良くなりましたが、その時の私は恐ろしくて仕方がありませんでした。勝手に学校を休んで、ずっと側にいました。もし学校に行ったら、帰ってきた時に母さんもいなくなってしまうような気がしたからです。
元気になった母さんは、私に「ごめんね」と言いました。
きっと色々考えてくれたのでしょう。母さんはそれまでの生活を少しだけ見直しました。私と一緒に宿題やゲームをするのは週に一、二回になりました。空いた時間に母さんはお昼寝をするようになりました。土日には相変わらず一緒に出掛けてくれましたが、昔ほど遠出はなくなりました。作り置きの量を減らし、平日の夜はおばあちゃんちに預けられるようになりました。
おばあちゃんち、とはつまり父さんの実家です。車で十五分ほどの場所でした。学校から帰ると私は母さんと車でおばあちゃんちに行き、そして夜になると仕事が終わった母さんが迎えに来る、そういう生活になりました。
おばあちゃんは、父さんに似ていました。おおらかで、いつもニコニコしていました。顔の皺が笑顔の形で刻まれていて、本当に何をしていても、寝ているときですら笑っているように見えたのです。おじいちゃんは私が生まれる前に亡くなったらしく、お仏壇のぶっきらぼうな写真でしか知りません。
「よろしくお願いいたします」
初めて預けられる時、母さんはそう言って深々と頭を下げていました。おばあちゃんは笑いながら「いいのよそんな、ウチの子のせいで苦労かけてるんだから」と言っていました。私は地面にだけ向けられた、きっと誰にも見られるはずの無かった母さんの顔を見てしまって、少しドキッとしました。唇を引き締め、ぎゅっと目を細めた母さんは、次の瞬間には泣き出してしまいそうに見えたからです。
おばあちゃんは、私の事をとてもかわいがってくれました。
おばあちゃんちでの楽しみは、なんと言ってもご飯でした。おばあちゃんが作るご飯は焼き魚とか、煮付けとか、そういう物が多かったけど、食後には必ず沢山のお菓子を食べさせてくれました。母さんの手作りおやつばかり食べていた私にとって、スーパーやコンビニの棚に並ぶお菓子は憧れの存在だったのです。
それだけではありません。おばあちゃんは時に、ハンバーガーやピザ、チキンにドーナッツを晩ご飯として食べさせてくれました。どれもそれまで口にしたことの無かった物ばかりです。パンで挟まれたお肉の油、どこまでものびるチーズや揚げたポテトのウマしょっぱさ。私はすぐに高カロリーで油たっぷりな食べ物の虜になりました。一心不乱に頬張る私を、おばあちゃんはいつもニコニコしながら見つめていました。
「お母さんには内緒だよ」
とおばあちゃんはいつも言っていました。
だけど母さんは、私がそういういけない物を食べているのに気付いているようでした。特にハンバーガーをたらふくに食べた日は決まって、いつもよりも厳しい口調で「今日は何を食べたの?」と、帰りの車の中で聞かれるのが常でした。私は、いつも朧気な記憶から、おばあちゃんの前に並んでいたおかずを答えるのですが、母さんはいつもその返事に納得していないような感じでした。
ある夜、迎えに来た母さんは、私に先に車に乗っているように言いました。私が車に乗ると、母さんは険しい顔でおばあちゃんに何かを話し始めました。私は少しだけ窓を下げて聞き耳を立てました。
「預かってくれる事は本当に感謝しています。食事を出して頂けることも。でも、あの子は普通の子とは違うんです。健康には人一倍、気をつかわないといけないんです」
母さんはそう言っていました。そして次の日、おばあちゃんは少し困ったような顔で、
「昨日、お母さんに怒られちゃったわ」
その日はサバの味噌煮にほうれん草の白和え、ご飯と味噌汁というメニューでした。けどテーブルの端にはいつも通り、藤の籠に入ったお菓子が積まれていました。
「でもねぇ、澪ちゃんの病気についてちょっと本を読んだりしたけど、赤ちゃんの頃はともかく、それ以降はそこまで食べる物に注意しなさいとは書いてなかったし。それに、やっぱり食べ盛りだしねぇ。美味しいものを沢山食べた方が良いと思うの」
そしてため息をつき、
「お母さん、とても立派だけど、ちょっと細かすぎるところがあるのよねぇ」
続けて、
「あの子も、随分と気をつかっていたんじゃないかしら」
あの子、というのがお父さんの事だと、少し時間がかかって気がつきました。
入院してしばらくは多くの人がお見舞いに来ていました。会社の上司さんや同僚さん、地元のお友達に長く会っていなかったという同級生まで。だけど父さんの体から肉という肉がそげ落ち、骨が浮き出て顔つきすら変わってくる頃にはお見舞いも途絶え、父さんの病室には私と母くらいしか立ち入らなくなりました。変わっていく父さんを見るのが辛かったのかもしれないですし、もしくは、単純に皆それぞれの日常に戻っただけなのかもしれません。それでも、病室で会う父さんは、私の前では笑顔を浮かべていました。
最後に父さんの笑顔を見たのは、集中治療室に入ってからです。ある日を境に父さんの容体は急変し、鼻から口を覆う酸素マスクをずっとつけていました。だけど次第にそれだけじゃ足りなくなって、喉を裂いてチューブを突っ込み、直接気管へ酸素を送り込むようになりました。
その頃の父さんは身動き一つ取れず、喋ることも出来ず、一日中天井を見つめていました。体中に張り付いたセンサーが映す折れ線と、機械が送り出す周期的な空気の音だけが、父さんがまだ死んでいないという事を教えてくれました。
その日、母さんとお見舞いに行った私を、父さんは据わった目で見つめました。そんな状況になった父さんを見たのは、その時が初めてだったので、私はとっさに恐いと感じたのを覚えています。
父さんは、母さんに視線と指先の動きで何かを指示しました。母さんが取りだしたのは五十音が書かれた文字盤でした。目の前に掲げられたその文字盤を、父さんはゆっくり、ゆっくり、とても長い時間をかけて一文字ずつ指さしました。
『ご』『め』『ん』『な』
そして父さんは、ありったけの力を振り絞ったように、目尻を下げて唇を尖らせました。笑ったのです。その途端、怖いと感じた自分自身にどうしようもない罪悪感を感じて、だけど父さんのように謝ることは出来ませんでした。
父さんはそれから少しの間生きて、死んでしまいました。
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お葬式が終わって、母さんはしばらく抜け殻のようになっていました。何をしても上の空で、会話も以前に比べてずっと減ってしまいました。居間のテーブルには父さんが使っていたノートパソコンやiPhone、テレビの下には任天堂のゲーム機がそのまま置かれていて、母さんは時折、それらをぼーっと見つめていました。
だけど、何がきっかけだったかは分かりませんが、一月くらい経った頃に急にいつもの母さんに戻りました。いや、戻ったというのは語弊がありますね。母さんは変わりました。
その頃、母さんは父さんが使っていたiPhoneを自分で使うようになっていました。あまり伝わらないかもしれないですが、私にとっては亀が甲羅を脱いで走り出したくらいの衝撃でした。母さんが、テレビのリモコン以外の電子機器を持っているというのは、それまでの私にとって想像も出来ないことだったのです。
他にも変化はあります。母さんは仕事を増やしました。昼のパートに加えて、夜も働きに出るようになりました。仕事以外の時間は私の宿題を見たり、父さんが残したゲームを一緒にしてくれました。勿論、あまり上手ではありませんでしたが、何をしても大げさに声を上げて、楽しそうにしてくれました。
休みの日には父さんの車に乗って、色んな所に連れて行ってくれました。映画館や図書館、水族館や動物園。そして帰りに買い物をして、真夜中まで掛かって一週間分の夕食とおやつを作り置きするのです。土曜日と日曜日の夜はお布団の仲で台所の音に耳を澄ましていました。まな板に叩き付けられる包丁、鳥のようにちちちと鳴いて着火するガスコンロ、ぶーんと唸りながら何かを温める電子レンジ。料理が作られる音を聞きながら眠りにつくのは、とても心地よかったのを覚えています。
母さんが、父さんの役割を担おうとしていたのは子供心ながらによく分かりました。
そして、それが母さんは無理をしている、というのもなんとなく分かっていました。
その生活が半年ほど経った頃、母さんが熱を出して寝込んでしまいました。幸い丸三日ほど何もせずに寝ていたら良くなりましたが、その時の私は恐ろしくて仕方がありませんでした。勝手に学校を休んで、ずっと側にいました。もし学校に行ったら、帰ってきた時に母さんもいなくなってしまうような気がしたからです。
元気になった母さんは、私に「ごめんね」と言いました。
きっと色々考えてくれたのでしょう。母さんはそれまでの生活を少しだけ見直しました。私と一緒に宿題やゲームをするのは週に一、二回になりました。空いた時間に母さんはお昼寝をするようになりました。土日には相変わらず一緒に出掛けてくれましたが、昔ほど遠出はなくなりました。作り置きの量を減らし、平日の夜はおばあちゃんちに預けられるようになりました。
おばあちゃんち、とはつまり父さんの実家です。車で十五分ほどの場所でした。学校から帰ると私は母さんと車でおばあちゃんちに行き、そして夜になると仕事が終わった母さんが迎えに来る、そういう生活になりました。
おばあちゃんは、父さんに似ていました。おおらかで、いつもニコニコしていました。顔の皺が笑顔の形で刻まれていて、本当に何をしていても、寝ているときですら笑っているように見えたのです。おじいちゃんは私が生まれる前に亡くなったらしく、お仏壇のぶっきらぼうな写真でしか知りません。
「よろしくお願いいたします」
初めて預けられる時、母さんはそう言って深々と頭を下げていました。おばあちゃんは笑いながら「いいのよそんな、ウチの子のせいで苦労かけてるんだから」と言っていました。私は地面にだけ向けられた、きっと誰にも見られるはずの無かった母さんの顔を見てしまって、少しドキッとしました。唇を引き締め、ぎゅっと目を細めた母さんは、次の瞬間には泣き出してしまいそうに見えたからです。
おばあちゃんは、私の事をとてもかわいがってくれました。
おばあちゃんちでの楽しみは、なんと言ってもご飯でした。おばあちゃんが作るご飯は焼き魚とか、煮付けとか、そういう物が多かったけど、食後には必ず沢山のお菓子を食べさせてくれました。母さんの手作りおやつばかり食べていた私にとって、スーパーやコンビニの棚に並ぶお菓子は憧れの存在だったのです。
それだけではありません。おばあちゃんは時に、ハンバーガーやピザ、チキンにドーナッツを晩ご飯として食べさせてくれました。どれもそれまで口にしたことの無かった物ばかりです。パンで挟まれたお肉の油、どこまでものびるチーズや揚げたポテトのウマしょっぱさ。私はすぐに高カロリーで油たっぷりな食べ物の虜になりました。一心不乱に頬張る私を、おばあちゃんはいつもニコニコしながら見つめていました。
「お母さんには内緒だよ」
とおばあちゃんはいつも言っていました。
だけど母さんは、私がそういういけない物を食べているのに気付いているようでした。特にハンバーガーをたらふくに食べた日は決まって、いつもよりも厳しい口調で「今日は何を食べたの?」と、帰りの車の中で聞かれるのが常でした。私は、いつも朧気な記憶から、おばあちゃんの前に並んでいたおかずを答えるのですが、母さんはいつもその返事に納得していないような感じでした。
ある夜、迎えに来た母さんは、私に先に車に乗っているように言いました。私が車に乗ると、母さんは険しい顔でおばあちゃんに何かを話し始めました。私は少しだけ窓を下げて聞き耳を立てました。
「預かってくれる事は本当に感謝しています。食事を出して頂けることも。でも、あの子は普通の子とは違うんです。健康には人一倍、気をつかわないといけないんです」
母さんはそう言っていました。そして次の日、おばあちゃんは少し困ったような顔で、
「昨日、お母さんに怒られちゃったわ」
その日はサバの味噌煮にほうれん草の白和え、ご飯と味噌汁というメニューでした。けどテーブルの端にはいつも通り、藤の籠に入ったお菓子が積まれていました。
「でもねぇ、澪ちゃんの病気についてちょっと本を読んだりしたけど、赤ちゃんの頃はともかく、それ以降はそこまで食べる物に注意しなさいとは書いてなかったし。それに、やっぱり食べ盛りだしねぇ。美味しいものを沢山食べた方が良いと思うの」
そしてため息をつき、
「お母さん、とても立派だけど、ちょっと細かすぎるところがあるのよねぇ」
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