それではまた、どこかでお会いしましょう。

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 私は二〇〇〇年の三月二一日、宮崎の片田舎に生まれました。周りを山で囲まれた何もない街です。兄弟はいません。家は昔ながらの、ふすまを取り払ってしまったら全てが一つの部屋になる、古い間取りでした。

 私が健康な子であったのは最初の一ヶ月だけでした。正確に言えば生まれたその瞬間から、私は病気を持っていましたが、母さんも父さんも最初それに気付きませんでした。

 ただ目の白い所に若干黄色が混じっていたり、おしっこがウーロン茶のような茶色をしていたりと、振り返ればいくつも片鱗はあったそうです。ですが、私が初めての子だったため、そういうものかと深く考える事はありませんでした。

 一ヶ月検診の時、地元の小児科クリニックのお医者さんは、近くの国立病院への紹介状を書きました。その日のうちに診察を受けた私は、肝臓に重い障害が見つかりました。本来流れるべき胆汁が流れないという、珍しい病気です。母さんはその時の事を『天と地がひっくり返った』と言っていました。

 幸いだったのは比較的早く見つけることが出来たので、外科的な処置が間に合った事です。ビタミン不足で脳の血管が切れたり、肝臓移植しか道がない子も少なくない中、悪いところを切って繋げるという手術ができる私は、随分とマシな方でした。

 私はその手術を受けるため、国立病院から、小児外科のある鹿児島の大学病院に転院することになりました。家から車で二時間です。それから丸二年、時々一時帰宅を挟みながら、私はほとんどを病院で過ごす事になりました。勿論、私自身にその記憶はありませんが。

 幸い私の容体は落ち着き、自分の肝臓のまま退院する事が出来ました。

 そのまますくすくと育った私は、健康な子のように保育園に通い、普通の小学校に入学します。
 私自身、自分がとても重い病気を持っているという意識はあまりありませんでした。二ヶ月にいっぺん、車で片道二時間をかけて鹿児島に診察に行く以外、私は普通の子供として暮らしていました。

 小さい私にとって、通院は母さんと二人っきりの楽しいお出かけでした。NISSANのロゴが入った流線型の赤い車に、ゲームボーイアドバンスやちゃおやりぼんを持ち込んで、いつもはまだ寝ているような時間に、トラックくらいしか走っていない国道を駆ける心地よさは、今でもよく覚えています。

 私は結局母親にならなかったけど、私にとって理想の母親像は間違いなく母さんです。

 母さんは物心ついたときからファミレスでパートをしていたのですが、部屋はいつも片付いていたし、毎日欠かさず料理を作ってくれました。土日はお昼ご飯に加えて、おやつまで作り置きしてくれていましたし、そのどれもがしっかりと油抜きを施した低コレステロール食です。怒鳴られたことも一度だけですし、私が絵や作文を書いたら、それがどんなつたない物であっても必ず褒めてくれました。

 その反面、母さんは少し神経質なところもありました。色んな料理を作ってくれましたが、いわゆるスーパーで売っている出来合い物や、工場で作られたお菓子、ファーストフードは買ってくれませんでした。クリスマスだろうが大晦日だろうが、高校生になっても夜十時以降に起きている事は許してくれませんでした。それに、私が男の子と仲良くすることもあまり快くは思っていませんでした。

 当時は理不尽にも思えましたが、大人になって病気を知った今となっては、なんとなくそれらに理由を見いだせます。胆汁の分泌を抑える低脂質料理と加工食品の禁止、基本的な体作りのための規則正しい睡眠。そして、たぶん、万が一の妊娠を防ぐための男の子の敬遠。私の病気は、妊娠を機に悪化する人が少なくないですから。ーー最後は私の考えすぎかもしれませんが。

 つまり何が言いたいかというと、母さんは優しくて責任感が強く、繊細な人でもあったと言う事です。まっすぐ通った芯は、あまりにまっすぐな故にポッキリと折れてしまいそうでした。

 それを支えていたのは、父さんだったのだと思います。

 父さんは母さんと違っておおらかで細かい事を気にしない人でもありました。新しい電子機器が大好きで、特に任天堂のゲーム機ーーゲームボーイアドバンス、ゲームキューブ、ニンテンドーDS、Wiiなんかは発売されるとすぐに買っていたのを思い出します。iPhoneが話題になったときは有休を取って、勿論地元では売っていないのでわざわざ遠くの販売店に行ってまで買っていました。

 母さんは家にそういう機械が増える度に「また無駄な物を買って」と怒っていましたが、父さんが全然申し訳なさそうに「ごめん」と謝ると、諦めたようにため息をつくのが常でした。それに、私が父さんと一緒にゲームをしていると、母さんもテレビに見入って、敵の場所を指さしたりして案外楽しんでいたと思います。

 私のゲーム好きは父さんの影響です。小さい頃は父さんが買ったゲームを沢山していました。特にお気に入りだったのはゼルダの伝説です。私が物心ついたときから家にあった、ゲームボーイのふしぎの木の実。同じタイトルで時空の章と大地の章、二つのソフトがあって、ポケモンみたいにちょっと出てくる敵が違うとかでは無く、それぞれ全然違う世界を舞台にした全く違う冒険が出来るのです。でもそれぞれのソフトだけでは、全クリしても他に黒幕がいることを伺わせる終わり方になって、それで最後に合い言葉が表示されます。それをもう片方のソフトに入力して新しくゲームを始めると、真のエンディングが見れる冒険を始められる、そういうシステムでした。

 私が生まれて初めてやったゲームで、今でも一番のお気に入りです。今のゲームのようにリアルで広大なマップを際限なく冒険できる物も、アレはアレでとても楽しいですが、でも、ゲームボーイアドバンスの少し横長なあの薄暗い画面で、ドットで描かれたリンクを十字キーで操作していた時程のワクワクには、ついぞ出会えませんでした。幼い頃の刷り込みと言われてしまえばそうなのですが。私が地味に好きだったのは行った場所が勝手にマッピングされるシステムで、真っ黒だった地図が、新しい場所に足を踏み入れる度に色を得ていくあの快感は今でも忘れられません。

 ーーすみません、また話がそれてしまいました。

 それで、父さんと母さんですが、時折細かい諍いはあっても、繊細で色んな事を気にしすぎる母さんと、大抵のことは気にせず受け流してしまう父さんは、娘の私から見ても凸と凹がかみ合った良い夫婦だったと思います。

 母さんは時々、何故かは分からないですけどとても不機嫌になり、家事の一切を放り出してしまう時期がありました。それは夏の夕立のようにいきなり訪れて、気がつけば去って行く類いのものです。私が話しかけるのも躊躇う中、父さんはいつもの笑顔を浮かべ、文句一つ言わず、仕事終わりでも料理や洗濯をこなしていました。

 そう、父さんはいつだって笑っていました。

 朝でも夜でも、食事の時でもお風呂の時でも。真面目な顔をしていたのは休みの日に小説を書いている時か、あと、私に謝っている時くらいです。

 事ある毎に、というほど頻繁ではありませんが、父さんは私が物心ついたときから、私の病気について時折「ごめんなぁ」と言っていました。

「俺のダメなとこが遺伝しちまったからなぁ。母さんに似てくれたら良かったんだが、俺の血が半分だからなぁ」

 父さんもまた、あまり体が丈夫な方ではありませんでした。私が肝臓に病気を抱えているように、父さんは肺に持病を持っていました。父さんの病気と私の病気は原因も症状も全然違うし、そもそも私の病気は遺伝関係無しに一定確率で発生してしまう物です。けれど父さんはずっと、私の病気は自分の遺伝子のせいだと思っているようでした。

 当時の私は父さんの謝罪を深く考えることも無く、ただ右から左へと流していました。もし、今目の前に父さんがいたら、自分が思いつく言葉の限りを使って、父さんのせいじゃないと言うのですが、それも叶いません。父さんは、結局、文字盤でしか会話できなくなった時までその事を気にしていました。
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