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2.二人の関係について
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「以前はどんな仕事を?」
「貸衣装屋の裏方です。結婚式やイベントでドレスを貸す会社で、業務全般をやっていました。事務、接客、衣装のメンテナンスなどです」
つややかな黒髪は後ろでまとめて肩に垂れている。大きな黒目をほぼ動かすことなく僕に向けていて、話している内にどっちが面接を受けているのかわからなくなる。耐えきれず視線をそらすとワイシャツを盛り上げる大きな胸に、その下に細くくびれた腰や真っ直ぐに伸びる脚に目がいって、結局はまだ片付いていない部屋のダンボールに目を向ける。
「なんで辞めたの? きっと主力だったろうに」
経営者としての質問、と言うより単に興味だった。如月さんは淡々と、
「あまりに業務が多くなりすぎたことと、昔からの従業員との間に軋轢が生まれたためです。私なりに効率化を図ったことが面白くなかったみたいで」
目の前にその光景が浮かぶようだった。神がかった手際の良さで業務を片付ける如月さんと、その仕事を一日がかりでやっていた従業員のやるせない顔が。
僕はにやけた顔を隠すために履歴書に視線を落とす。如月結衣、22歳。短大を出た後にその会社に勤め、つい一週間前に辞めたようだ。証明写真ですら美人というのは反則だと思う。
「ここでの業務はどんなものですか?」
「え?」
と間抜けな声を上げてしまう。まっすぐな視線とかちあい、
「あ、あぁ、仕事ね仕事。最初は片付けばっかりになると思う。ここに商品を飾ってお客さんに見せられる状態にすることから始めて、後の実務的なところはおいおい、かな」
「商品、とは?」
「見てみる?」
と僕は立ち上がり、付いてくるように促す。一階の奥の部屋、元は居間として使っていたであろう広い部屋にはダンボールがあちこちに置かれている。僕はその中の一つを開け、金細工が施された置き時計を取り出す。
「こういうアンティーク品。ここには小物ばかりだけど、そのうちソファとかも運び入れるつもりだから。もちろん重いものは業者にやってもらうけど、その時の指示出しは任せるよ」
彼女は時計を手に取り、じっと見つめた後、ふと視線を僕の後ろに向ける。つられて僕も振り返る。アルミ製の組み立てラックに釣り下がるのはイギリスから取り寄せたドレスだった。
「あぁ、そっか。元衣装屋さんだし、気になるよね」
ダンボールの合間を歩いてラックに近づく。ハンガーを滑らせ一つ一つを見せながら、
「コイツらはアンティークって言うわけじゃないけどね。作られたのは割と最近。デザインは19世紀のヴィクトリア朝あたりで、今で言うところのロリータ服とかそのあたりの原型、とも言えるのかな。本物はコルセットでギチギチに絞るみたいだけど、今の人たちでも着れるよう、ある程度ゆとりあるデザインだよ。ほらこのドレスとか」
僕が手にとった青を基調とするドレスをよそに、如月さんは一番端に掛けられていた黒と白のエプロンドレスを手に取る。フリル付きのカチューシャも付いたその服は、典型的なメイド服だ。意外なものに興味を持つんだなと、僕は少し面食らう。だけど何より、さっきまで感情のなかったその目の中に、ほんのかすかなきらめきがあるような気がして、少し嬉しくなった。
「そいつがこの中では一番新しいものだよ。産業革命の頃に流行ったハウスメイドのデザインなんだけど、たぶん日本のアニメとかゲームの影響も受けているっぽくて。悪くいったら少しチープなんだけど、機能性は良くて生地も悪くない。多分、普段着使いしようと思ったらできるくらいの軽さだとおもう」
「普段着」
と如月さんはポツリとつぶやき、エプロンドレスに手を触れてはその感触を味わっている。僕は冗談で、
「なんだったらこれを制服にしてもいいよ」
笑いながらいったのに僕を見る如月さんの目はこの上なく真剣だった。
「本当ですか?」
淡々とした短い問いかけだというのに、僕は気圧されて「も、もちろん」と答える。再びメイド服に目を向けた如月さんの横顔が、その薄いピンク色をした唇が、すっと笑ったような気がした。
「私、ここで働きたいです」
「あ、え、それはもちろん、ありがたいけれど」
「住み込み」
「え?」
「求人に住み込み可と書いてありましたけれど」
如月さんはハンガー毎、メイド服を取り上げて胸に抱く。そして再び僕を見て、
「私はどこで暮せばよいのでしょうか?」
やっぱり面接されているのはこっちだったのかも、と僕は苦笑した。
「貸衣装屋の裏方です。結婚式やイベントでドレスを貸す会社で、業務全般をやっていました。事務、接客、衣装のメンテナンスなどです」
つややかな黒髪は後ろでまとめて肩に垂れている。大きな黒目をほぼ動かすことなく僕に向けていて、話している内にどっちが面接を受けているのかわからなくなる。耐えきれず視線をそらすとワイシャツを盛り上げる大きな胸に、その下に細くくびれた腰や真っ直ぐに伸びる脚に目がいって、結局はまだ片付いていない部屋のダンボールに目を向ける。
「なんで辞めたの? きっと主力だったろうに」
経営者としての質問、と言うより単に興味だった。如月さんは淡々と、
「あまりに業務が多くなりすぎたことと、昔からの従業員との間に軋轢が生まれたためです。私なりに効率化を図ったことが面白くなかったみたいで」
目の前にその光景が浮かぶようだった。神がかった手際の良さで業務を片付ける如月さんと、その仕事を一日がかりでやっていた従業員のやるせない顔が。
僕はにやけた顔を隠すために履歴書に視線を落とす。如月結衣、22歳。短大を出た後にその会社に勤め、つい一週間前に辞めたようだ。証明写真ですら美人というのは反則だと思う。
「ここでの業務はどんなものですか?」
「え?」
と間抜けな声を上げてしまう。まっすぐな視線とかちあい、
「あ、あぁ、仕事ね仕事。最初は片付けばっかりになると思う。ここに商品を飾ってお客さんに見せられる状態にすることから始めて、後の実務的なところはおいおい、かな」
「商品、とは?」
「見てみる?」
と僕は立ち上がり、付いてくるように促す。一階の奥の部屋、元は居間として使っていたであろう広い部屋にはダンボールがあちこちに置かれている。僕はその中の一つを開け、金細工が施された置き時計を取り出す。
「こういうアンティーク品。ここには小物ばかりだけど、そのうちソファとかも運び入れるつもりだから。もちろん重いものは業者にやってもらうけど、その時の指示出しは任せるよ」
彼女は時計を手に取り、じっと見つめた後、ふと視線を僕の後ろに向ける。つられて僕も振り返る。アルミ製の組み立てラックに釣り下がるのはイギリスから取り寄せたドレスだった。
「あぁ、そっか。元衣装屋さんだし、気になるよね」
ダンボールの合間を歩いてラックに近づく。ハンガーを滑らせ一つ一つを見せながら、
「コイツらはアンティークって言うわけじゃないけどね。作られたのは割と最近。デザインは19世紀のヴィクトリア朝あたりで、今で言うところのロリータ服とかそのあたりの原型、とも言えるのかな。本物はコルセットでギチギチに絞るみたいだけど、今の人たちでも着れるよう、ある程度ゆとりあるデザインだよ。ほらこのドレスとか」
僕が手にとった青を基調とするドレスをよそに、如月さんは一番端に掛けられていた黒と白のエプロンドレスを手に取る。フリル付きのカチューシャも付いたその服は、典型的なメイド服だ。意外なものに興味を持つんだなと、僕は少し面食らう。だけど何より、さっきまで感情のなかったその目の中に、ほんのかすかなきらめきがあるような気がして、少し嬉しくなった。
「そいつがこの中では一番新しいものだよ。産業革命の頃に流行ったハウスメイドのデザインなんだけど、たぶん日本のアニメとかゲームの影響も受けているっぽくて。悪くいったら少しチープなんだけど、機能性は良くて生地も悪くない。多分、普段着使いしようと思ったらできるくらいの軽さだとおもう」
「普段着」
と如月さんはポツリとつぶやき、エプロンドレスに手を触れてはその感触を味わっている。僕は冗談で、
「なんだったらこれを制服にしてもいいよ」
笑いながらいったのに僕を見る如月さんの目はこの上なく真剣だった。
「本当ですか?」
淡々とした短い問いかけだというのに、僕は気圧されて「も、もちろん」と答える。再びメイド服に目を向けた如月さんの横顔が、その薄いピンク色をした唇が、すっと笑ったような気がした。
「私、ここで働きたいです」
「あ、え、それはもちろん、ありがたいけれど」
「住み込み」
「え?」
「求人に住み込み可と書いてありましたけれど」
如月さんはハンガー毎、メイド服を取り上げて胸に抱く。そして再び僕を見て、
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やっぱり面接されているのはこっちだったのかも、と僕は苦笑した。
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