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3.これからの住まいについて
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実際に如月さんが離れに越してきたのはその二週間後だった。
荷物はひどく簡素なものだった。手荷物はキャリーケースと小さなリュックサック、送られてきたダンボールはえらく重いのが一つだけ。
「なにか手伝おうか?」
「物だけ運んで頂けたら、それで」
離れは納屋みたいな建物で、一階はお手洗いと風呂場、それに石畳の倉庫があるけど今は何も置いてなかった。二階への階段は梯子とほとんど変わらないほど急で、登るときは自然と両手が前の段についた。
僕は運んだダンボールを床に置き、腰に手を当てながら振り返る。
「前見てもらったときよりかは、ましになってると思うんだけど」
如月さんは何も言わずに部屋の中を見渡す。組み立て式の簡単なベッドに、エアコン、僕が前の家で使っていた小さな冷蔵庫。目につく家具といったらそれだけ。ついこの間急ピッチで業者をいれたおかげで、なんとか人が住める環境には出来たが、最初はかなりひどいもんだった。ホコリや壁の隙間、それに虫。まっくろくろすけが出なかったのは、純粋じゃない僕や業者の目には映らなかっただけなんだろうと思っている。
「他になにか荷物とかは?」
僕は硝子がはめ込まれた格子窓を開く。眼下には幼稚園のグラウンド程の前庭と本館が見える。如月さんは、備え付けのクローゼットを開けて、
「いえ、これで全部です」
「パソコンとか、テレビとか、あとテーブルとかもいるとは思うんだけど」
「スマホはありますし、それに私は本さえあれば特に退屈はしません。必要なものはまた増やしていきます」
大きさの割にずいぶん重いダンボールだと思ったら、 本が入っていたのか。
「良かったらこの本出すの手伝おうか?」
「いえそれは」
早口に言って振り返る。僕とダンボールを交互に見たあと、気まずそうに足元を見て、
「自分でやりますので、どうかお気遣いなく」
無神経だったか。女性の荷物だし、男には見られたくないものを『本』と誤魔化す事だってあるだろう。
「そっか。また手伝いがあるようだったら、声かけてくれれば」
如月さんは「はい」と言いキャリーを開け、中の服をしまいこんでいく。出てくるのはカジュアルと呼ぶにもあまりに飾り気のないシンプルな服ばかりだった。
手持ち無沙汰で声もかけづらく、自然とその簡素な服ばかりに目が行く。そのうち、取り出す服一着一着に今よりもまだ幼い如月さんが見えるような気がした。飾り気がないのはきっと昔からの服を着ているからで、辿れば高校時代の物や、もしかしたら中学時代の物もあるのかもしれない。
その服を選ぶ時、きっとメイド服を手にとったときの目の輝きは無かったのだろうと思う。
「あの……もし必要な家具とかがあったら揃えるよ」
少ない洋服をあっという間に仕舞った如月さんが、こちらを振り向いた。僕は言い訳するみたいに、
「いや、仕事の関係上、同業の人から売れ残りを安く仕入れられるし、それにこんな辺鄙なところに来てもらったわけだし。それに服とかも! 衣服専門の人との付き合いは正直無いけど、ちょっとしたビンテージの服ならたまに流れてくるから」
はいた言葉は嘘ではないが、本当でもなかった。ベッドと小さな冷蔵庫だけの部屋で、ただひたすら本を読み続ける如月さんを美しいと思う半面、恐ろしく、そして悲しいものであるように思えた。こんな場所で雇っておいてなんだけど、できることならこの人には華やかな場所にいてほしかった。
「それは、給料から天引きという事でしょうか」
「いやいやそんな悪どい事は。もちろん、なんでもかんでもって訳にはいかないけど、必要なものは必要だし」
「すぐに辞めてしまうかもしれませんよ?」
「辞めるの?」
如月さんはクスリと笑った。頬にすっと唇を引き、大きな瞳を柔らかく曲げたその顔を『笑顔』と認識するまで、すこし時間がかかった。一言で言うと、見惚れていた。
「冗談です」
あ、そうか冗談なのか。と理解する前に、
「もし、わがまま言ってもいいのでしたら、姿見を」
続けて、
「以前、面接を受けた時に、だいぶ古そうなのが部屋の端に見えたのですが、もし高いものでなかったらそれを頂けたら。もちろん、私のものというわけではなく、この部屋の備品として」
心当たりがあった。リビングに置いてある黄ばんだクロスを被せた姿見。あれは僕が調達したものでなく、この家に初めから置いてあったものだ。調度品も自由に使って良いと、大家から了解は貰っている。
「あぁ、あれで良ければすぐにでも持ってくるよ」
「私も一緒に行きます。明日からの仕事なので、制服を合わせたかったんです。それも取りに行きたいので」
「制服?」
また如月さんが笑った。「お忘れですか?」と言って、視線を窓の外に向ける。日の光を真上から受ける本館が目に入った。
「面接の時に許可は頂きましたけど」
まだラックに下がったままのメイド服が頭に浮かぶ。部屋の準備に気を取られて、運び入れるのを忘れていた。と、同時に本気でそれを着て仕事をするつもりなのだと、嬉しいような、恥ずかしいような気持ちになる。
「あ、あぁ、じゃあ取りに行こうか」
如月さんは窓の風景をみたまま頷いた。いつの間にか笑顔はなくなり、いつもの無表情になっていた。きっと日の光に溶けたのだと、そう思った。
荷物はひどく簡素なものだった。手荷物はキャリーケースと小さなリュックサック、送られてきたダンボールはえらく重いのが一つだけ。
「なにか手伝おうか?」
「物だけ運んで頂けたら、それで」
離れは納屋みたいな建物で、一階はお手洗いと風呂場、それに石畳の倉庫があるけど今は何も置いてなかった。二階への階段は梯子とほとんど変わらないほど急で、登るときは自然と両手が前の段についた。
僕は運んだダンボールを床に置き、腰に手を当てながら振り返る。
「前見てもらったときよりかは、ましになってると思うんだけど」
如月さんは何も言わずに部屋の中を見渡す。組み立て式の簡単なベッドに、エアコン、僕が前の家で使っていた小さな冷蔵庫。目につく家具といったらそれだけ。ついこの間急ピッチで業者をいれたおかげで、なんとか人が住める環境には出来たが、最初はかなりひどいもんだった。ホコリや壁の隙間、それに虫。まっくろくろすけが出なかったのは、純粋じゃない僕や業者の目には映らなかっただけなんだろうと思っている。
「他になにか荷物とかは?」
僕は硝子がはめ込まれた格子窓を開く。眼下には幼稚園のグラウンド程の前庭と本館が見える。如月さんは、備え付けのクローゼットを開けて、
「いえ、これで全部です」
「パソコンとか、テレビとか、あとテーブルとかもいるとは思うんだけど」
「スマホはありますし、それに私は本さえあれば特に退屈はしません。必要なものはまた増やしていきます」
大きさの割にずいぶん重いダンボールだと思ったら、 本が入っていたのか。
「良かったらこの本出すの手伝おうか?」
「いえそれは」
早口に言って振り返る。僕とダンボールを交互に見たあと、気まずそうに足元を見て、
「自分でやりますので、どうかお気遣いなく」
無神経だったか。女性の荷物だし、男には見られたくないものを『本』と誤魔化す事だってあるだろう。
「そっか。また手伝いがあるようだったら、声かけてくれれば」
如月さんは「はい」と言いキャリーを開け、中の服をしまいこんでいく。出てくるのはカジュアルと呼ぶにもあまりに飾り気のないシンプルな服ばかりだった。
手持ち無沙汰で声もかけづらく、自然とその簡素な服ばかりに目が行く。そのうち、取り出す服一着一着に今よりもまだ幼い如月さんが見えるような気がした。飾り気がないのはきっと昔からの服を着ているからで、辿れば高校時代の物や、もしかしたら中学時代の物もあるのかもしれない。
その服を選ぶ時、きっとメイド服を手にとったときの目の輝きは無かったのだろうと思う。
「あの……もし必要な家具とかがあったら揃えるよ」
少ない洋服をあっという間に仕舞った如月さんが、こちらを振り向いた。僕は言い訳するみたいに、
「いや、仕事の関係上、同業の人から売れ残りを安く仕入れられるし、それにこんな辺鄙なところに来てもらったわけだし。それに服とかも! 衣服専門の人との付き合いは正直無いけど、ちょっとしたビンテージの服ならたまに流れてくるから」
はいた言葉は嘘ではないが、本当でもなかった。ベッドと小さな冷蔵庫だけの部屋で、ただひたすら本を読み続ける如月さんを美しいと思う半面、恐ろしく、そして悲しいものであるように思えた。こんな場所で雇っておいてなんだけど、できることならこの人には華やかな場所にいてほしかった。
「それは、給料から天引きという事でしょうか」
「いやいやそんな悪どい事は。もちろん、なんでもかんでもって訳にはいかないけど、必要なものは必要だし」
「すぐに辞めてしまうかもしれませんよ?」
「辞めるの?」
如月さんはクスリと笑った。頬にすっと唇を引き、大きな瞳を柔らかく曲げたその顔を『笑顔』と認識するまで、すこし時間がかかった。一言で言うと、見惚れていた。
「冗談です」
あ、そうか冗談なのか。と理解する前に、
「もし、わがまま言ってもいいのでしたら、姿見を」
続けて、
「以前、面接を受けた時に、だいぶ古そうなのが部屋の端に見えたのですが、もし高いものでなかったらそれを頂けたら。もちろん、私のものというわけではなく、この部屋の備品として」
心当たりがあった。リビングに置いてある黄ばんだクロスを被せた姿見。あれは僕が調達したものでなく、この家に初めから置いてあったものだ。調度品も自由に使って良いと、大家から了解は貰っている。
「あぁ、あれで良ければすぐにでも持ってくるよ」
「私も一緒に行きます。明日からの仕事なので、制服を合わせたかったんです。それも取りに行きたいので」
「制服?」
また如月さんが笑った。「お忘れですか?」と言って、視線を窓の外に向ける。日の光を真上から受ける本館が目に入った。
「面接の時に許可は頂きましたけど」
まだラックに下がったままのメイド服が頭に浮かぶ。部屋の準備に気を取られて、運び入れるのを忘れていた。と、同時に本気でそれを着て仕事をするつもりなのだと、嬉しいような、恥ずかしいような気持ちになる。
「あ、あぁ、じゃあ取りに行こうか」
如月さんは窓の風景をみたまま頷いた。いつの間にか笑顔はなくなり、いつもの無表情になっていた。きっと日の光に溶けたのだと、そう思った。
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