【R18】会社追い出されたから趣味みたいな仕事始めて住込みメイド雇ってみた

スイ

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10.二人の昔について(Side A)

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 如月さんはパンパンに膨れ上がった買い物袋を両手に下げて歩いてきた。僕は車を降り、駐車場の入り口に差し掛かった如月さんの元へ駆け寄って、半ば無理やり、その両手から買い物袋を受け取る。



「大丈夫? 重いでしょ」

「あ、いや、大丈夫ですので」



 荷物を取り返そうとする如月さんの手が空を掴む。「すみません」と小さくつぶやき、僕の後ろをついてきた。



「呼んでくれたら迎えに行くのに」

「それは、申し訳ないので。それにいつもはバスでこれくらい持って帰りますから」

「毎週? なら今度から僕が送るよ」

「いえそれは、」

「とにかく、帰ろう」



 僕は車に戻って後部座席に買い物袋を置く。「乗って乗って」と言ってようやく如月さんは助手席に回り、僕が運転席に座ってから車に乗った。

 エンジンをかけてゆっくりとアクセルを踏む。出口の支払機に千円札を飲み込ませ、上がったバーの下を通り過ぎる。土曜日だと言うのに国道は空いていた。駐車場から左折してゆるい車の列に混ざると、カーナビの地図がくるりと反転する。すぐ交差点の信号に引っかかって車を止める。日差しが眩しくバインダーを下げた。良い天気だった。

 横目で見る如月さんは背筋を伸ばして真っ直ぐに前を見ている。まるでこの車が無事に動くかどうかが自分の挙動にかかっているかのように、身じろぎ一つしない。その姿に、伊崎が言っていたアニメのメイドを重ねる。青髪のショートカット、肩周りと胸元が露出したメイド服、青い目と白いニーソックス。確かに、間違いなく似合うだろう。だけどそのコスプレを着て写真撮影に応じている姿や、笑顔で物販する姿は思い浮かばなった。そういえばあのメイドは双子のはずだが、今回は一人だけなのだろうか。



「社長、信号、青ですけど」

「え、あ、あぁ」



 少しアクセルをふかしすぎて急発進になってしまった。体がシートに押し付けられる感覚、道を走っているうちにそれもすぐ剥がれる。



「お昼、食べた?」

「いえ」

「よければ、どこか食べに行こうか?」

「あの、」



 と如月さんは言って黙り込む。そして、どこか意を決したかのような口調で、



「昨日はごちそうになりましたので、今日は私に作らせていただけないでしょうか?」

「いや、そんな気を使わなくても良いよ」

「もちろん無理にとは言わないのですが……良ければ、ぜひ」



 簡単な料理ばかりだったし本当に気にしなくて良いのだけれど、如月さんのお気持ちや決心を無下にするのも忍びなかった。膨れ上がった買い物袋も、もしかしたらそのせいかも知れない。



「それじゃ、お願いしようか」

「ありがとうございます」

「いやいや、こちらこそ」



 信号のない交差点を右に曲がる。少し道幅が狭くなったのは序の口で、これからどんどん田舎道へと突き進む。山でよく見るような何m先になんちゃらと書かれた案内看板を立てたら、案外宣伝になるかも知れない。



「今日は、どんなお話をされたんですか?」



 思わず「え?」と聞き返した。如月さんは間髪入れず「伊崎さんと、です」と返す。僕は「あぁ」と呟いて、



「仕事の話だよ、単に」

「そう、ですか」

「その仕事、なんだけどね」



 如月さんは「はい?」と口にする。僕は伊崎からもらった仕事の話をあちこち補足しながら如月さんに説明する。都内で開催される出版社の合同イベント、人気アニメの劇場版公開に合わせたブースとうちのリース契約、そしてレイヤーとしての如月さんの派遣依頼。途中までは表情を変えずに、小さくうなずきながら聞いていた如月さんも、流石に自分のことに話が差し掛かった時には首を振るのを止め、



「本気、でしょうか」

「本気らしい」

「その、私に務まるとは到底思えないのですが、」

「いや、務まる務まらないで言えば、如月さん以上の人はそうそういないと思う。きっと似合うし、立ち居振る舞いも綺麗だから純粋にその場にいたら映えるはず」



 如月さんの返事はなかった。長いこと、目の前のダッシュボードを見つめているようだった。T字路で軽トラが走っていくのを、一時停止して眺める。再びハンドルを切る頃、如月さんはポツリと「ありがとうございます」と言った。どんな表情でそう呟いたのかはわからないけれど、声の色は何かをこらえているみたいに震えていたように思える。



「でも無理にとは、僕もちょっと言えない。なにせ人前に立つ仕事になるし、多分、写真取られてネットにも流れると思う。来場者もそうだけど、公式の記事としても。もちろん、日当は十分に払うけど、イヤならイヤと言ってくれれば」



 僕は如月さんの返事を待つ。窓の外の風景は徐々に変わっていき、家に近づくにつれて木々が濃くなっていく。家の中で仕事をしている分にはあまり感じないが、あそこは本当に断絶されている場所であることを実感する。



「私は、そのアニメを見たことはないのですが」



 如月さんはそういった。助手席を見ると、如月さんの大きな瞳が真っ直ぐに僕を見据えている。両手をシートについて、気持ち背中を丸めている。怯えると言うほどではないけど、踏み出す一歩先に、残した足がつく地面と同じ硬さの地がちゃんと続いているのか、それを気にしているような表情だ。僕は久しぶりに、この女性は僕より年下であることを思い出した。



「社長はお好きなのですか?」

「あぁ。演出もストーリーも結構凝ってるし、面白いよ」

「その、私がコスプレするキャラは、どうでしょうか?」

「どう、というと?」

「社長はお好きですか?」



 僕は「好きだよ」とできるだけさらっと言う。実はアダルトサイトでそのキャラのコスプレ物をダウンロードしているのは、もちろん秘密だ。



「ーー私で良ければ、やらしてもらいます」

「いいの?」

「はい。ただ、キャラについては知っておかないといけないと思うので、一度そのアニメを見ておきたいのですが」

「なら、昼食の時に一緒に見ようか。ちょうどネトフリに落ちてるし、テレビにも映るから」



 如月さんは首をかしげて「ねとふり?」と言った。最初はなにかの冗談かなと思ったが続く言葉もなかったため「動画サイトだよ、定額制の」と言ったら「あぁ」と納得した。あまりそういうのには詳しくないらしい。



「ありがとう、伊崎にはちゃんとギャラ弾むように言っておくから」

「ギャラ、ですか」

 

 と答えた如月さんの声にはついさっきまでの高揚感がなかった。あまりお金に頓着しない人なのかなと思っていると、



「仲が良いんですね」

「伊崎と僕?」

「どういうご関係なのですか?」

「関係、と言っても」



 僕は後ろ頭をボリボリと掻く。



「大学の同級生、だよ本当に。どっちも同じ、小説のサークルに入ってて、まぁそれでなんとなく仲が良くなって。もっともあっちはあんな性格であの見てくれだから、誰彼構わず仲良くなっていたけど。ただ大学三年になってみんなが就職活動始める時期になるとお互い一緒にいることが多くなって。僕は親の会社を継ぐことが決まってたし、向こうは向こうでその時にはもう自分で会社立ち上げる気だったみたいで、まぁ時間に融通がきくのが近場でそれぞれだけだった、って感じ」

「今は、その、恋人関係とか、そういったものでは」



 その質問が来てちょっと安心する。今は、という言葉がついているのならはっきりと言い切れる。



「違うよ、全然。まったく、これっぽっちも」



 如月さんは「そう、ですか」と呟いてまた黙り込んだ。次にどんな質問が来るのかとヒヤヒヤしながらハンドルを握り続け、結局何もないまま、家へとたどり着く。



 :::



 なら昔は付き合っていたんですか?

 喉元まで出かかった言葉を吐き出すことはなかった。それが結局良いことなのかどうなのかは分からない。ただそれをそのまま口にしていたら彼を困らせるような気がした。



 昼食づくりももう終わりだった。フライパンの上には片栗粉をつけた鮭のムニエルが並んでいる。ボールには玉ねぎとマヨネーズと卵で作った特性のタルタルソース、鍋には鶏肉ときのこの茶碗蒸し、サラダは人参とベビーリーフ、それに茶碗蒸しで使い切れなかった鶏肉とキノコも入れてある。味付けはごま油と酢と醤油、みりんのごまドレッシング。汁物はわかめと卵のスープ。



 お昼というより夕方に近い時間になってしまった。彼も手伝おうとしてくれたが、なんとかそこは最後まで断れた。今頃は自分の部屋で仕事をしているはずだ。休日も仕事なんて、社長は忙しい。私には到底なれそうにない。

 それとも、自分がやりたいことが見つかれば、それくらいなんとも思わなくなるのだろうか。

 リビングに料理を運び入れる。お昼、というには少し豪勢かもしれない。一つ一つはそんな難しいものでもないが、作ると決めたときからちょっとは見栄の張れるもの作ろうという気持ちはあった。

 その決心をしたのは買い物に出ようとした時、たまたま彼と会ったときだ。彼が休日も車を走らせてどこかに行くのは知っていたが、今日はいつもと雰囲気が違った。どこが、と言われたら困るが、しいていうなら全てがーー服、髪、香り、表情ーー普段よりも一つだけ上のところにある気がした。特に香りは、いつもはつけることのない柑橘系の香水が、ほんの微かにだが漂ってきた。



 彼に女性の気配を感じたのは今日が初めてだった。その時胸に湧き上がったのは、言葉に出来ないモヤモヤとした感情と料理を作ろうという決心で、いま冷静に考えてみると負けたくなかったんだと思う。人は損することを嫌うと聞く。勝ちたい、というより、負けたくない、という思いが強いらしい。彼に選ばれたい、というよりも、彼を取られたくない、という思い、なのだろうか。

 そうだとしたら、私は随分、身勝手に、彼のことを好きになってしまったのだと思う。

 

 実際にあった『恋敵』はとても素敵な人だった。初対面の私を見るなり笑顔で話しかけ、同席まで勧めてくれた。この人には勝てない、と思った。同席を断ったのは遠慮ではなく、敗北感からだった。その気持ちが、おかずの増加につながった。

 だけどその勝てない相手から、私に仕事を振られるとは思ってもなかった。彼の言うとおり写真を取られてネットに、というのは少し抵抗があるが、ツイッターでよく流れてくるきらびやかな衣装を着たキャラとしての姿なら、悪くはないと思った。

 それに、彼が私なら似合うと感じたというその事実だけで、やって見る価値はありそうだった。

 その服装を着ることで、彼にとっての私の価値が、少しでも上がるのなら。



 だからこそ、車の中では『今は』という風にしか彼と彼女の関係を聞けなかった。彼を困らせたくないし、彼を困らせるような人にもなりたくない。それに、彼の普段の生活を見ていたら、女性がいないことはすぐに分かる。だけどそれは飽くまでも今の話で、もし『昔は』と聞いてしまったら、そこにあるのは私の知らないぽっかり空いた彼の闇だ。覗き込んだら、こちらの体がバラバラになるほどの強い力で飲み込まれてしまうかも知れない。

 伊崎さんのような笑顔を浮かべられるようになったら、そういう闇も照らすことができるのだろうか。



 我ながら馬鹿なことを考えているなと思う。テーブルの上に並べた料理を見て、私は小さくため息をついた。



 :::



 スマホが震えて如月さんから「終わりました」とメッセージが来る。一階に降りてリビングに入ると、テーブルに並べられたごちそうとその脇に両手を前にして佇む如月さんを見て「おー」と声を上げた。



「すごい、めっちゃ美味しそう」

「すみません、お待たせしてしまって」

「全然、でもお腹すいたから食べよう食べよう」



 そう言って席に座ろうとした時に飲み物が無いことに気がつく。



「ちょっと麦茶持ってくるね」

「あ、すみません、抜けてました。私が」

「いいからいいから。なら戻るまでに、これでテレビにネトフリ映しといて」



 と、僕はリモコンを渡す。まるでアフリカの民族楽器のようにそれを見つめる如月さんに「このボタンを押したらメニューが出てくるから、それでネトフリを選んどいて」と言う。如月さんは「わかりました」と呟き、両手でリモコン操作を行う。



 軽く鼻歌まじりに、キッチンで麦茶をついでいるときだった。

 ……ぁん、あ、だめ、あ、んぅ、あ、あん、あ、あ、いく、いく……

 不穏な声が聞こえた。

 僕はその時になって、ネトフリの隣にあるDMMのアイコンを思い出す。そしてバクつく心臓に急かされるように、麦茶も持たず、リビングへと駆け出す。



 真っ先に飛び込んだのは、リモコンを持ったまま焦った表情を浮かべる如月さん。目も口もぽっかり開けながら必死にリモコンを操作しているがその努力は無に帰している。たぶん、チャンネルボタンを押しているのだろうが、ネット接続時はそれらのボタンは全て無効になっている。



 そして画面には、50インチ一杯にコスプレセックスしている巨乳美女。

 しかもよりによって、これから見るアニメの、来月には如月さんがコスプレするキャラだった。僕が途中までーーつまり事を終えたところーーで止めていたから、がっつり、メインのセックスシーンが映し出されている。この家と似た雰囲気の建物で、テーブルの上に座り大きく足を開いた女優が、立ったままの男優の激しい腰振りに合わせて喘ぎ声を上げている。



 僕はひったくるようにリモコンを取って終了ボタンをおす。画面がメニューに戻り、僕はそのまま固まる。

 永遠にも思える数秒が過ぎた後、



「す、すみません」



 如月さんが本当に申し訳なさそうな声を出した。



「間違ったボタンを押してしまったみたいで、その、」

「いや、ごめん僕の方こそ」

「ーーあれも、定額制なのでしょうか?」

「え? えぇ、まぁ」



 再び沈黙。



「あ、ご飯、食べようか。麦茶持ってくるね」

「はい、すみません、お願いします」



 :::



 彼がそそくさとリビングから出ていく。私は今、料理が並べられている机に座る自分自身を思い浮かべる。目の前には彼がいて、欲望のままに腰を振っている。体重をかけられているせいでどこにも動けない。彼の息遣いが直接かかる。部屋には私の喘ぎ声と、彼が私に腰を打ち付ける音が響く。

「ーー私も、お給料、定額制なんだけど」

 と呟いた言葉はもちろん彼には届かない。

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