Bites 〜有名人が同じマンションに〜

shuga

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Two Bite

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掌を置いたまま、男は体を屈めて私に顔を近付ける。


男の顔をまじまじと見るのは初めてだった。
男の顔は綺麗に整っていて、サングラスの上から覗く綺麗なグレーの瞳に自然と視線が吸い込まれる。

日本人のくせに、金髪がとても似合っている。




それと同時に男がつけているであろう甘い香水に紛れて、微かに吐息からアルコールの匂いがした。





「もしかして、アイツと付き合ってると思われてる?」



男の言葉が指す人物は、この前マンションで見た女だと思う。


男はそうは言うものの、あの2人の関係性はどう見てもカップルに見えた。それに、普通は付き合ってもない異性を部屋に置いて何も言わずに外出するだろうか。



男の言葉に対して、こんな短時間で色んな考えに行き着く自分に驚いた。





「別にあなたが、誰と付き合っていようが私には関係ありません。」


「まぁ、それもそうだな!」




私の言葉に、近付けていた顔を離す。

男は意地悪な笑顔を見せるが、一瞬だけ寂しそうな顔を見せた気もした。




「では、これで失礼します。」



私は男から離れ、マンションの方へと歩き出す。



しかし、そのまま隣を同じ歩幅で進む。






「あの、付いて来ないで下さい。」


「だって、俺ん家もこっちだし。」



お隣さんだから進む方向が同じなのは当たり前だ。



しかし、スマホを弄りながらも男は私の早足に合わせて歩いている。

その行動が気に障って仕方なかった。




「だからって、別に同じスピードで帰る必要は...」

「女の子がこんな時間に、1人で帰るのは危ないからさ!遠慮しないで一緒に帰ろ!」



この前マンションのロビーで会った時は、無視されたのに。あの日と比べると、今の彼は人が変わったように話しかけて来る。



それはきっと、さっき感じたアルコールのせいだ。

アルコールがここまで、人を変えてしまったのかと思うと恐怖すら感じる。






「別に、1人でも平気です。」


「強がんなって!何があったら、ちゃんと俺が守るから任せて!」





印象はとても大事だと思った。

きっと普段なら、この人じゃなければドキドキしているかもしれない言葉。更に言えば、酔っ払いが相手なせいかイライラの要因にさえなる。


もし、これを言ったのが菜月先生だったらなんて考えも頭に浮かんでくる。


それにしても、テンションが高すぎて気持ち悪い。







本当にあの日見た、お隣さんなのだろうか。
そんな考えさえも頭に過ぎる。





「はぁ...」


私はワザと聞こえるようにため息をついた。




「そんな嫌がらないでよ、高木ちゃん!」

「私の名前...」




男に突然、名前を呼ばれたことに驚いた。
この人に名乗った記憶はない。






「この前、お前が紗英さえに挨拶してただろ?」

「あー、あの時。あなた、何も聞いてないと思ってました。」







話をしながら、マンションのロビーに入る。


結局、酔っ払いと一緒にここまで帰ってきてしまった。私も呑んだ後ではあるが、明日も仕事なのだからそこまで酔ってはいない。


けれど、この男は明日仕事と駅で見た女に言っていたのに人格が変わる程に呑んでいる。




そんな時、私は一つの答えを導き出した。


やっぱりこの人はホストだ。
さっきの女はお客さんの1人で、だから浮気と言ったことに対して勘違いだと言われたんだ。

髪色が緩い会社も今では珍しくないが、綺麗な金髪だってホストなら居て当然だ。




そして、次の日の仕事を気にせずに呑めるのは最早飲むことを仕事としているからだ。

看護師の中には、ホストに貢ぐ人が割と多い。実際に行ったことはないが、里香がたまに行っていて話なら聞いたことがある。



それなら全て辻褄が合う。


私の隣の鼻歌まじりの上機嫌な男を見ながら、1人で納得した。



今日はスムーズに到着したエレベーターに乗り込む。

前回のように男には何も聞かず、慣れた手付きで8階のボタンを押した。




エレベーターのドアがしまった途端、男は何故だか私の背中にある壁に手をつき顔を近づける。

その行動に一瞬だけ、心臓が跳ね上がる。








「高木ちゃんってさ、俺のこと知らないの?」



私の耳元で囁くような声で男はそう言う。



その行為に嫌悪感を抱いた、私はみるみると冷静になっていく。


客観的に状況を把握すれば、これは正に壁ドンというやつだ。噂には聞いたことがあるが、まさか自分が壁ドンされる日が来ると思わなかった。


ドラマや映画ではドキドキするようなシチュエーションも、自分の身に起こると別だ。どうせ、あの世界はフィクションなんだと実感する。





「あなたみたいな人、興味すらありません。」



男の胸辺りを両手で押せば簡単に離れ、丁度いいタイミングでエレベーターのドアが開く。



「えー、知られてないなんてショック!!」





男は大袈裟に肩を落とし、落ち込んだような素振りを見せる。その様子を一瞬だけ見るが、何事もなかったようにカバンからキーケースを取り出す。






「では、おやすみなさい。」


自宅の鍵をあげながら男に愛想笑いをして、扉を閉めた。








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