せめて 抱きしめて

璃鵺〜RIYA〜

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せめて 抱きしめて〜結〜

せめて 抱きしめて〜結〜 3

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財産分与だのなんだのが片付いて、この家も売りに出されることになった。
ボクは両親が買ったマンションに住むように言われた。
もちろん、一人で。

学費は引き続き払ってくれて、生活費も口座へ振り込まれる。
何も変わらない。
家が一軒家からマンションに変わるだけ。
そして最後の問題が、ボクの親権をどっちが背負うのか。

わかっていたことだけど、二人とも嫌がった。
わかっていたけど、見たくはなかった。
両親がボクの親権を相手に押し付けようと、言い争っている姿は、見たくなかった。

どうして、ここまで残酷になれるんだろう?
愛し合って、結婚して、生まれた子供。
その子供を、粗大ごみのように扱って、捨てようと必死だ。

醜い争いの末、母が親権を持つことになった。
ボクの戸籍を母の戸籍に入れるってことだ。
別に母親らしく、ご飯作って欲しいとか、毎日家にいて欲しいとか、そういうことじゃないのに、母はとにかく不満そうだった。

「・・・生まなきゃよかった」

とぽつりと呟いたのが聞こえてしまった。

ああ・・・そうだね。
同感だよ。
ボクも、生まなきゃよかったのにって、思ってる。
もう何回も、何百回もそう思ったよ。
ボクも、そう思ってるよ。

何度も、訊こうとしてやめたんだよ。
何で生んだの?って何度も、何度も訊こうとして。

恐くてやめたんだよ。

そして手続きが双方の弁護士によって行われて、とうとう最後の日がきた。
最後だからと、売りに出されるこの広い家のリビングで、3人で顔を突き合わせていた。

こんな風に3人になるのは、本当に久しぶりだった。
最後がいつだったのか、思い出せないくらい、久しぶりだった。

猶(ゆう)に20畳以上の広さを持つリビングに、ほとんど誰も座ることのなかったソファに座り、誰も何も喋らずにいた。

何を話せばいいのかなんて、わからない。
時間を共有していないから、お互いの近況も趣味も嗜好も何も知らない。
ゆっくりと時間が流れて、不意に父が立ち上がった。

いつものように黒地にストライプの入った、隙のないスーツ姿の出で立ちは、周りを威圧する。
父はボクのことも母のことも見ることはなく、一言だけ言い放つ。

「時間だ」

外に車を待たせているのだろう。
父はそれだけ言ってリビングを出て行こうとした。

「待って」

思わず言っていた。
父が足を止めて、無感情な瞳でボクを見た。

「何だ?」

これで最後だと思うと、不思議といつも感じていた恐怖を感じなかった。
ボクは父を真っ直ぐ見ると、一生口にすることはないと、それでも訊きたいと思っていたことを、訊いていた。
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