最弱の勇者候補、異世界で魔王(♀)になる

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 物心ついた時から、ヒーローや勇者に憧れていた。
 
主人公がふとしたきっかけで神や王様から力を与えられ、勇者として戦いの中に身を投じていく。
 彼はどれだけ強い力を手に入れても決して驕ることなく、苦悩しながらも誰かのために戦い続ける。そうして最後に敵のボス・魔王を倒して世界を救い、英雄として称えられる。
 特撮もの、RPG、冒険小説……あらゆる作品に登場する勇者たちは、決まってハッピーエンドが約束されていた。
 
 だからこそ惹かれた。
 弱い主人公に自分の姿を投影していたのは間違いない。
 
 弱い自分にもいつか力を与えられる日が来て、誰かのために戦える勇者になれるのではないだろうか。
 小学生の頃の俺は、そんなことを本気で考えては日常の変化を待ち望んでいた。



神代かみしろ、後はお前だけだぞ、クラスで進路希望調査出してないの」
 
 時は流れ、中学二年の冬。
 周りが次々に自分の道を決めていく中で、俺は焦っていた。
 特に勉強ができるわけでもないし、生まれつき体が弱いせいで運動は大の苦手だ。
 さすがに「勇者になりたい」だなんて進路表に書けるはずもなく、今の俺に合っているような高校の名前も思い浮かばない。
 昼休みに一人で白紙の進路表とにらめっこを繰り返していると、隣から声を掛けられた。

「勇太、まだ悩んでるのか?」
「恭介……まあな。見ての通りだよ」

 顔を上げると、クラスメイトである橘恭介たちばなきょうすけが立っていた。
 身長は低めながらも、整った中性的なルックスと学年トップの成績で、彼はクラスの人気者だ。幼馴染という奇妙な縁のおかげで、こんな俺に対していつも気を掛けてくれる貴重な存在だった。
 
「まだ一年あるんだし、今書いたところで決まるわけじゃないよ」
「まあな。ちなみにお前はどこにしたんだ」
「僕? 今のところだけど第一志望は一高かな。第二・第三はまだ決めかねてるけどね」
「げっ、一高受けんのかよ……難関校じゃん」
「医学部を目指す以上、目標は高くなるよ。それに先生も十分狙えるって言ってくれたしね」
 
 自慢かよ。
 とはいえ恭介は昔から医者を目指していたし、なりたい自分に近付けているのは素直にうれしく思った。

「まあまあ恭介クンは順調そうで何よりだ。そんじゃ俺も自分の夢を目指そうかな」
「夢って、まさか」
「そ、勇者」

 即答する俺に、恭介の丸い瞳が呆れの色を帯びる。

「勇太。日本、いや地球上の高校に勇者を育成する学科はないよ」 
「……ははは、冗談だ」

 恭介の真剣な眼差しに耐えきれず、俺は目を逸らした。
 現実的な夢がない俺は、結局は「勇者」という言葉で自分をごまかしているだけに過ぎない。進学でも就職でも具体的なものを書いてしまったら、昔の自分が霞んでしまうような気がして怖かったのだ。
 いわゆる中二病だというのは自分でもよく分かっていた。

「でもなあ恭介。最近は昔より夢を見る間隔が短くなってきてるんだよ」
「まーた例の夢?」
「いかにも例の夢だ」


 俺は頷く。
 文字通り眠ってから見る夢のことで、夢の中での俺は、魔法や剣のあるいわゆるお約束のファンタジー世界にいた。
 国王に本物の勇者として認められ、世界の平和を守るために魔王の軍勢と戦うという、まさに憧れていた英雄譚の最中だった。
 だけど夢の結末はいつも同じで、俺が魔王に追い詰められたところで決まって目が醒める。残念なことに俺は夢の中で世界を救うことができなかった。
 
 この夢を見始めたのは確か3歳ぐらいの頃で、一年に一回が一ヶ月に一回、一週間に一回のスパンで見るようになり、最近だとほぼ毎日見るようになっていた。


「たちの悪い夢だよ、本当に。おかげで最近は本当に何か起こりそうな気がしてしょうがないんだ」

 夢にしては妙にリアルな映像と、そこで感じた音や感触が焼け付くように全身に残っている。
 俺が勇者の憧れを捨てきれないのは、この夢の影響が特に大きかった。 


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 そこまで話したところで、やけに響く声が会話に入って来た。

「もう三年になるんだから、そろそろ中二病卒業したら?」
「げっ、畔上......」
 

 肩に流した髪を茶髪に染め、適度に着崩した制服。
 ギャルのような出で立ちで睨んでくるのは、クラスメイトの畔上加奈あぜがみかなだった。畔上も俺と恭介の幼馴染で、昔は黒髪を振り乱して俺たちの後をよちよちついて来た記憶があるが、どうしてそうなったと言わんばかりの風貌へと進化してしまった。

「でもおバカなままの方が神代らしいか。突然覚醒して『私は勇者を諦めて、代わりに総理大臣を目指します』なんて言いだしたら噴飯物だし」
「......うっせえな! そういうお前は何なんだよ、ギャルを極めたところで飯なんか食えねーぞ」
 
 てか噴飯物ってなんだ? いつも小馬鹿にしてくるのも何だが、あいつの影響で妙ちくりんな言葉ばっかり使うのも腹がたつ。

「なるか! つーかいつの時代の話をしてんだっ、バカ!」
「二人とも落ち着きなって」


 恭介が仲裁役を買って出たタイミングで、教室の戸が開く音がした。

 開ける→笑顔→不機嫌顔。
 お次は笑顔を一瞬で不機嫌顔に変える顔芸を持った、残念なイケメンが登場した。

「宗君……」
「ごめん加奈、すっかり遅くなった! ......って何だお前らか。オレの加奈に何やってんだ?」

 後ろには取り巻きの女子生徒が数名控えていて、俺の方を見て同じく嫌悪的な眼差しを向けてくる。
 服部総一郎はっとりそういちろう
 同じ中学生に見えないほど大人びた外見に、女子受けする二枚目の顔立ち。
 おまけに運動神経抜群・学業優秀と、どんな学校にも一人はいる、いわゆる天が二物以上のものを与えてしまったような奴だ。
 クラスのリーダー格で教師にも信頼されているらしいが、性格だけはスス並みに黒くて汚れている。

「加奈、神代なんかに関わらずにこっち来いよ。中二病が感染ったら大変だからな」
「......うわぁ」

 俺はドン引きのあまり顔を引きつらせる。
 こいつの顔を見た瞬間に畔上にぶつけていた怒りはあっという間に消え失せた。こいつ今、「オレの」加奈っつったよ。
 すると案の定俺の態度が怒りの引き金を引いたらしく、服部は一直線にこっちへ向かって来た。

「何だその顔は。神代ごときがオレにそんな態度を取る気か」
 
 教室の中でざわめきが生まれる。平穏な昼休みの時間を、不穏な空気が包んでいく。

――また神代かよ。あいつよく服部の相手できるよな。
――大人しくしとけばいいのに。

 一回り以上ある体躯に見下ろされ、俺は思わずたじろいでしまった。だけどこんな奴相手に怯むわけにはいかない。

「......悪りぃかよ。ってかお前こそ感染るのが嫌なくせによく俺の前に立てるよな」
「勇太、よせ」

 恭介の声がしたが、うまく聞きとれなかった。
 
「んだとこのイカれ勇者もどきが」
「誰と関わろうが畔上の勝手だろ? それともなんだ、お前は畔上が自分の犬だって言いたいのかよ」

 途端に伸びてきた長い腕が、俺の襟筋を掴んで引っ張り上げた。
 

「ぐっ......」
「やめろ服部! 勇太は身体が......」
「ああ、そうだった」

 嫌らしく笑って、服部が手を放す。

「橘君もこんな奴に関わらずにオレらのグループに入りなよ。馬鹿相手といつまでも付き合ってると、君も馬鹿になるぞ」
「大きなお世話だよ。誰と関わろうが僕の勝手だろ」
「そう......まあいいや。加奈、学食いこーぜ」

 畔上と橘の姿が消えてから、後に残ったのは俺に対する嘲笑の目。周りにいた傍観者たちは「弱いくせに」だの「服部を相手にするからだ」だのと、口々に俺を馬鹿にする声を飛ばした。

「勇太、気にするなよ」
「ああ、分かってる。悪いな恭介、巻き込んじまって」


 俺が服部と対立するようになったのは、些細なことがキッカケだった。
 たまたまあいつが校舎裏でカツアゲをしているのを目撃し、見逃せなかった俺は服部にその場で食って掛かった。プライドの塊のような奴にとって、自分に歯向かう存在は徹底的に排除しないと気が済まないらしい。
 

 気がつくと俺の周りのクラスメイトは恭介ともう一人を除き、全員が服部側に付いていた。
 
「ゆ、勇太君。災難だったね。……どこかでお昼食べない?」
「サンキュー雪弥。恭介もまだ弁当食ってないよな?」
「うん、一緒に食べようか」

 俺に声をかけてきたのはそのもう一人の人物こと、佐々木雪弥ささきゆきや
 いつも大人しくて、両目を隠している長髪のせいで表情があまり読み取れない。もともと服部に目をつけられていたのを俺が介入したことで、自然と仲良くなった間柄だ。
 アニメやラノベの知識がすさまじく、彼に勧められた異世界転生ものには、俺もどっぷりとはまってしまった。

 畔上が服部側に付いてしまってからは、恭介と雪弥、この三人でつるむのが俺の日常になっていた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 昼休みも終わり、いつものように午後の授業が始まる。
 つまらない授業を聞き流しながら、俺はもう一度進路表を取り出していた。
 
 憂鬱な感情と睡魔が交錯するなか、俺は内心で愚痴を吐く。

(あーあ、現実逃避できるような何かが起きねえかな。雪弥に借りたラノベみたいに寝て起きたら異世界に召喚、なんてな)
   
 ま、そんなん天と地がひっくり返るレベルであり得ないけどな。
 いい加減俺も現実を見るとするか……。

 適当な高校名を書き終えてから、俺はふと視線を窓の外に向け――。

 あれ?

 強烈な違和感に脳が覚醒した。
 今までまったく気が付かなかったが、外が真っ暗になっている。墨で塗ったかのような、どこまでも広がる闇がそこにあった。
 時計を見ると、まだ午後一時を回ったばかり。今日の天気は確か晴れだったし、さすがに曇りでもここまで外が暗くなるなんてことはないよな……?
 
 俺は周りを見回す。
 誰もなんも言わないし、気付いてるのは俺だけか?
 
「神代ー、授業中によそ見するな。窓の外には何もないだろ……」

 授業をしていた担任から注意の言葉が飛んでくる。
 そして視線を窓の外に向け、俺と同様に固まってしまった。

「なんか外、暗くね?」
 
 誰かがそう言ったタイミングで、教室の電気が落ちた。

「停電だ!」
 
 一瞬にして視界が真っ暗闇に覆われ、そこら中からクラスメイトの悲鳴が上がった。
 光ひとつ見えない異様な空間に、次々と混乱と不安の声が交錯する。
 
「お前ら落ち着け。ブレーカーを確認してくるからその場を動くなよ!」
 
 授業は中断され、携帯の明かりを頼りに担任は教室から出て行ってしまった。
 俺はというと、あまりの現実離れした空間のなかで固まるしかなかった。
    
 いや、確かに現実逃避できるようなイベントが起これとは言ったけどさ……。
 
「勇太! 大丈夫か?」
「ああ、なんとかな。でもこの停電おかしくねえか……」
 
 恭介の声に答えようとしたその時。
 教室が地震のように揺れ始め、息を吐く間もなく現れたのは、足元に赤々と輝く円環の巨大な幾何学模様だった。


「きたきた! 来たぞ―――――――――ッ!!!!!!」
 
 真横で響いたのは、狂ったように狂喜する雪弥の歓声。
 これって、まさか……。本物の魔法陣ってやつ……?

 驚く間もなく、俺の意識は闇の中に沈んでいった。
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