勇者と魔王は人生を謳歌する

みけねこ

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9.巡り廻る

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 鼻歌を歌いながらパチン、と伸びた枝を剪定する。寝ても覚めても昨日勇者と一緒に街へ行ったことを思い出す。
「楽しかったなぁ」
 人間の街に行くなんて本当いつぶりだろうか。そもそも俺は魔王という立場であまり人間の場所に足を踏み入れなかった。擬態しようと思えばいくらでもできるけれど、でも勘のいい人間は少しの違和感でも気付いてしまう。きっとそこまで気付けば俺が魔王だってこともわかってしまうだろう。
 だから行かないようにしていた。人間の王とは連絡を取り合っているし付かず離れずの距離が一番いい。それで今まで争うことなくやってきたんだから。そう思っていたんだけど。
 流石は勇者と言うべきか、誰よりも真っ直ぐなそのその性格は簡単に俺の腕を引っ張ってしまう。簡単に相手の背中を押してしまう。
「魔王様」
 また一つパチン、と音を鳴らす。しっかりと栄養を行き渡らせるために剪定は必要なことなのだと教えてくれたのもまた人間だった。そのためならその枝を躊躇いなく切り落とすのかと少しいじわるな質問をしたけれど、それでもその人間は「そうです」とはっきり返してきた。万が一病気になってしまったら、この枝が栄養を奪っていったら、本来活かすべきものを活かすことができないのだと。
 そうやってきっと人間の王も取捨選択をしてきたのだろう。魔王討伐のために勇者にのみすべてを与え、周りとどんどん弱らせてきた随分昔の王も。
「魔王様、一ついいでしょうか」
「ん~、なんだい?」
「随分とあの勇者に肩入れをしていませんか」
 パチン、とまた一つ音が鳴る。
「いいえ、肩入れどころではありません――独占欲が滲み出ているように感じてなりません」
「ん~……」
「あの勇者に一体何があるというのです。俺にとっては今までの勇者とさして変わりはありませんが」
「それを知ってどうするんだい?」
 このくらいでいいだろうと屈めていた身を起こし視線を手入れしていた植物に落とす。うん、これならきっと綺麗に咲いてくれるはず。植物は立派に育てようと思えば思うほど本当に手間ひまがかかる。
 グッと背筋を伸ばし、作業していて凝り固まった肩をクルクルと回す。とはいえ、何千年生きてきたにも関わらず未だに身体が老いる傾向はない。昔のまま、動こうと思えばいくらでも動けるし強大な魔法も使おうと思えば使える。
「仕方がないんだよねぇ」
「……仕方がない、とは」
「知ってる? 何千年も生きている俺たちや精霊にはわからないけれど、寿命の短い人間は生を繰り返すらしいよ」
 どの頻度までかは知らないけどね、と続け手に持っていた裁ちばさみに戻す。
「まぁ、魂が一緒っていうだけで記憶とかは失われるらしいんだけどね」
「……魔王様」
「ははっ、面白いよね」
 しかもその魂の色とでもいうのか、それはマナの量でわかるらしい。見た目も性別も変わってしまうのにその魂の色は変わらないようで、見つけようと思えば簡単に見つけられる。
 それが目の前に現れれば探す手間だって省ける。
「今日も勇者遊びに来るんだったよね?」
「……すでに来てますよ。畑にマナを分け与えて例のクッションで実家の如く寛いでます」
「え?! もう来てたの?! 早く行ってよ~! まだお菓子の準備もしてないんだよ?!」
「前回作っていたクッキーの残りを渡しておきましたが」
「あぁ~っ、急がないと! 悪いけど勇者にもう少し待っててって言ってくれる?!」
「……承知いたしまいた」
 のんびりとお花の手入れをしている場合じゃない! えぇっとお菓子を作る材料が何が残っていたかな。この間小麦を無事に収穫できたからまずそれを小麦粉にして、あとは調味料……砂糖とかは保存用にって大量に人間から買い取っていたから、それを使って……と。
「あぁ! 汚れてる! まずは汚れを落とさないと!」
「魔王様~、そう焦らずとも~」
「あっ、悪いけど生地作りしといてくれる?!」
「今日は何にします?」
「今日はアップルパイだよ!」
 今日の料理番をしているフーリーにそれだけ告げてバタバタと急いで走りながら、まずは水魔法を使って汚れを一気に落とす。汚れが落ちたのを確認して今度は風魔法を使って一気に乾燥。うん、服も身体もどこも汚れていない。
「さぁ! 作ろう!」
「生地は出来上がってます!」
「よくやった! 急ぐよ!」
「はい!」
 いつもなら美味しそうに食べる勇者を想像しながらにこにこのんびり一人で作るんだけど、勇者がすでに来ていてしかも待っているのならのんびり作るわけにもいかない。人間に見習ってそれなりの調理器具を作るんだけど、今回はもうパパッと魔法で作ってしまおう。火力さえ間違えなければ焦がすなんてことはないんだから。
 そうして一気に修羅場になった台所で俺と料理番は「うぉお!」と声を上げながらひたすら手を動かし続けた。

「美味しい~!」
「そう? よかったぁ」
 急いで勇者のところに駆けつけてみれば、残り物だと渡されたクッキーがあと僅か一枚のところまで差し迫っていた。その勇者はというとクッションの上に寝転がってポリポリとクッキーを食べてのんびりと過ごしている。急いで故に若干汗を掻いて現れた俺の姿を見て、「どうしたの?」と首を傾げたけれど笑って誤魔化す。
 勇者のために急いでアップルパイを作ってました、改めて文章にすると恥ずかしいような気がしたから。
 場所を移動して、勇者は今俺が作ってきたアップルパイを美味しそうに口の中に頬張っている。昨日街に行って改めて思ったけれど、勇者の食事量は凄まじい。いつもここで食べていた量は足りなかったんだなぁ、と今日は多めに作らせていただきました。
「たくさん作ったから、たくさん食べてね!」
「……いいの?」
「もちろん!」
「そしたら、お言葉に甘えて」
 勇者は意外にも、表情があまり表に出ない。でもそれは表情ってだけで纏う雰囲気はしっかりと感情を出してくれている。今も、一心不乱に食べてるけれどパアァッというオーラを出していた。
 そんな嬉しそうに食べてくれるのなら俺も作った甲斐があった、つくづくそう思ってしまう。そう、俺は勇者が喜ぶ顔が好きだった。
 だって本来勇者は、こうしてのんびりする時間を与えられることはなかっただろうから。
 俺が人を襲わなくなってようやく、勇者たちはこうした時間を与えられるようになった。美味しいものを食べて、ちゃんと人間らしく生きることができる。俺が大人しくしているだけで、だよ。
「ほら、こっちにもまだあるよ」
「こんなにたくさん……! 作るの大変だったでしょ?」
「なぁに、今回は魔法でパパッと……」
「魔法で、作れると……?!」
「……あ」
 いや、とついつい言葉が詰まってしまう。いや、うん、魔法で作れる。作ることは可能だけど、でもそれはある程度料理することに慣れてからというか火加減をちゃんと覚えてからというか。
 未だに火加減に悪戦苦闘の勇者には、まだおすすめできないというか。うん、危ない。
「あ、あのね勇者。魔法使うから楽っていう意味でも、ないからね?」
「……そうなの?!」
「そ、そうだよ。料理作り慣れてる人だからできるっていうか……」
「……そうなんだ」
「うん、そうなんだよ」
 しゅん、と肩を落とす勇者を少し気の毒に思うけれど、でも普段から火加減が苦手な勇者が魔法で料理しようとするならば……まず、勇者はその辺りの人と違ってそもそもマナの量が多い。そして勇者としてレベル上げもしてきただろうから魔法の威力が一般とはかけ離れている。初級の魔法でも一般の上級並みの威力になるんじゃないかな。その威力を料理に使うとなると。
 俺の城、無事で済むかな。
 今は他の魔物も一緒に住んでるから下手したらその魔物たちの住処も失われる可能性があるわけで。俺は魔物たちの身の安全を守る義務があるから。今のところ勇者が魔法で料理をするっていうところは止めてあげなければ。
「焦らずちょっとずつ頑張ろう?」
「……ゔん」
 ものすごく悔しそうな顔をして頷く勇者は、それでもアップルパイを頬張ることをやめない。なんだか小動物のようで可愛らしくて頬が緩む。

 君も、料理が苦手っていう一面があったりしたのかなぁ。
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