勇者と魔王は人生を謳歌する

みけねこ

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13.時には諦めも肝心だ

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「あ。こんにちは」
 タイミングが悪すぎた。まさか勇者がやってきたところに出くわしてしまうとは。外の見回りから戻ってきてみれば丁度勇者が門から入ってきているところだった。目が合い、向こう然も当たり前のようにこっちに挨拶をしてきた。
 俺が思わず嫌な顔をしたところで向こうは気にすることなく、まるで実家に帰省してきたかのように何事もなく魔王城へ入っていく。お前はこの城で生まれたのか、とつい口に出してしまいたくなったがなんとかグッと堪える。魔王様も魔王様だが、勇者も勇者でどこか頭のネジ一本どころか数本飛んでいる。俺が理解できる範囲を軽々越えている。規格外だ。
 当然のように城の中に入った勇者がやることはまず魔王様に挨拶すること、ではなく、マナが枯渇しやすい畑に向かうことだった。この魔王城では人間の街に比べてマナが少ない。それなのに魔王様は人間の真似をして畑を耕し始めた。この魔王城と同じように俺たち魔族も内にあるマナは少ないというのに。結局魔王様ができる範囲で作ったところ小規模で終わった。
 が、この勇者はそれはアホのようにマナを抱えていてそれを分け与えても疲労することもなかった。なんだこの化け物は、とドン引きしたところで勇者は気にはしない。そういうことで魔王城にやってくると魔王様に頼まれるよりも先に畑へ行き、十分なマナを分け与える。
 勇者が畑にマナを分け与えるってなんなんだ、という感じなんだがほぼ毎日こうあってしまえばこっちの感覚がおかしくなってくる。
 そうして勇者らしくマナを使ったかと思ったら場所を移す。魔法陣で転移し魔王様が勇者のためにと作った部屋でのんびりと過ごす――いやなんだこの怠けっぷりはこいつは本当に勇者か。と、その姿が目の端に入る度に思ってしまう。魔王城で寛ぐ勇者ってなんなんだ。そのときに魔王様の手が空いていれば勇者の元へ一直線だし、手が空いていないときは大概勇者のための菓子作り。魔王様に菓子を作らせるなど一体勇者は何様のつもりだ。
「あ、そうだそうだ」
 今日もまた魔王様が準備したあのクッションでだらしなく横になるのだろうと思っていると唐突に声をかけられ、一瞬だけ息を止めた。今まで話しかけられたことがあっただろうか。小物の魔物とはよく喋っているようだが俺が話しかけられたのはこれが初めてではないだろうか。
 一体何なんだと訝しんだ表情を隠すことなく勇者に向ければ、向こうは構うことなくズンズンとこちらに歩いてくる。勇者が向かってきていて身構えない魔族などいないだろう。すぐにでも攻撃できるように構えれば、俺の目の前にピタリと止まる。
「いつもお世話になっているからこれそのお礼。よければみんなで分けて」
「……は?」
 そう言って手渡してきたのは謎の風呂敷。そういえばこの勇者が魔王城に初めてやってきたときに同じように風呂敷を持っていたが。目の前にあるこれはあのときよりもサイズが大きい。
 罠か。俺たちを油断させるためにあれほど怠けた姿を見せていたが、その実いつでも殺す準備はしていたということか。俺はそう簡単にやられはしないが魔王城に住んでいる力の弱い魔物たちは簡単にやられてしまうだろう。仲間意識などそうはないが、勇者に踏みにじられるとなるといい気はしない。
 手を伸ばさない俺を不審に思ったのか、勇者は首を傾げつつ「はい」と更に風呂敷を俺に寄せてきた。
「わぁ! いい匂いがします!」
 ところがだ、俺が警戒していたというのになんとも間抜けな声が響き渡った。視線だけを動かしてみればそこにはいつの間にか現れたジャック・オー・ランタン。最初に勇者の案内役を請け負った奴だ。なぜ突然この場に、と思ったが少し歩いた先がジャック・オー・ランタンの居住地だった。
「街のお店で買ってきたんだ。ものすごく美味しいパンだったからみんなにもと思って。よかったら食べて」
 勇者が作ったものでなくてよかった、と思ったのと同時に「私が作ったんじゃないから」という言葉が被ってなんとなく嫌な気分になる。
「わざわざありがとうございます! みんなと分けますね!」
「うん。あ、えーっと……バ、バ……」
「……バルレだ」
「バルレさん。こっちはお酒。魔王と一緒に飲んじゃって」
 そう言って取り出されたのはもう一つの風呂敷だ。こっちは勇者が魔王様にへと最初に持ってきた風呂敷と同じサイズ。ということは入っているのも勇者の言うとおり酒かもしれない。ジャック・オー・ランタンがなんの警戒もなくもう一つの風呂敷を受け取ってしまったため、これだけ受け取らないとなると俺があとで魔王様になんと言われるかわからない。差し出された風呂敷を、渋々と受け取った。
「そっちのお酒はこの間魔王に手伝ってもらったお礼も兼ねてあるから。なんかよく知らないけどすっごくいいお酒なんだって。王様が隠し持ってたから間違いないよ」
「……いやお前、まさか人間の王から強奪……」
「え?」
「いやなんでも」
 とても譲り受けた、というようには聞き取れなかったが。だが改めて詳細を聞く気にもならない。魔王様は人間が作る酒を好んでいるため、こっちは素直に渡しておこうと手に持っている風呂敷に視線を向けつつ、ひっそりと息を吐き出した。
 そしてジャック・オー・ランタンはでかい風呂敷を持って意気揚々と自分たちの居住地へと戻っていき、勇者もいつものように例の部屋へ向かおうとしている。魔族に対して簡単に背中を向けるなど、それほど腕に覚えがあるのかそれとも……頭が弱いだけなのか。
 今の人間たちは、知らないわけではないだろう。自分たちの祖先が魔族にどのような仕打ちを受けてきたのかを。勇者という存在がずっと続いているように、なぜ勇者という存在がいるのかそれを語り継ぐためには過去の状況も欠かせない。今は魔王様があの状態のため俺たちが人間に攻め入るなんてことはないが、過去には語り継がれてきた話を聞いた勇者が魔族に対し憎しみを抱く者も中にはいた。その勇者は一度魔王様に挨拶し、唇を噛み締め魔王城から去りそれから一度もこの城に来ることはなかった。
 勇者が全員清廉潔白というわけでもなさそうだ。相手は人間だ、当然感情を持っている。だからこそ厄介だ。今背中を向けている勇者もそうだろう。魔族の騙し合いは日常茶飯事だが人間はそうでないとは限らない。腹の黒い奴や強かな奴だっているはずだ。
 その首を撥ねるつもりで、殺意を剥き出しにした。向けられたそれにどう反応をするか。
「……!」
 勇者は反応をした。が、その手は剣の柄を握らない。ただ振り返り俺にジッと視線を向けるだけ。動く気配はないが、だからといって大人しく首を撥ねられるというわけでもない。
 ただ視線を向けられているだけだというのに、なぜかこちらがじりじりと汗を掻き始める。まるで初めて魔王様と対面したときのようだ。あのときも魔王様の発する気に圧倒されて――
「この城で流血沙汰なんて嫌だよ。魔王が悲しむでしょ?」
 勇者が剣を抜かない理由は、それだけなのか。勇者が魔王様の心配をする? あれだけ魔王様を殺そうとしてきたくせに。そのために何度も何度も人間は勇者を誕生させるくせに。
 魔王様を殺すためだけに、レベルを最高値まで上げてくるくせに。
「んー……今までの勇者がどうだったかなんて私は知らないけど。でも私はこの魔王城を結構気に入ってるし、魔王のために頑張って畑にマナを注ぎたいと思うし。それに何より……魔王の作るお菓子は、美味しい!」
「……は?」
「美味しいものは大好き!」
「は?」
 喋り始めたかと思えば急に食い物の話になりそして勇者はジャバッと大量のよだれを出した。なんだこいつ、気持ち悪い。
「ゆっくりしながら美味しいものを食べるなんて最高だよ! ということで、お邪魔します!」
「もう勝手に邪魔してんだろうが!」
 ついそう口にしてしまっても仕方がない。勇者の頭の中にはもう魔王様が作る菓子しか入っていないようだ。床にぼたぼたよだれをこぼしながら颯爽と魔法陣の上に乗り、姿を消した。
 床に落ちたよだれを拭いていけ。
「……はぁ。なんだか馬鹿らしくなってきた」
 勇者のためにせっせと菓子作りに勤しむ魔王様も、そんな魔王様の作る菓子を楽しみにしている勇者も。あの二人が争うとなると、菓子がどうにかなったときだけだろう。
 もう勝手にしてくれ、と投げやりな気分にもなってきた。結局人間を襲わなくなって数千年経ってしまったのだ。きっとこれからもそんな時間が続くに違いない。
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