krystallos

みけねこ

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62.直面②

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 真面目な顔をしてるウィルに思わず表情を歪める。俺がそんな反応をすると踏んでいたのか俺が口を開く前にウィルが言葉を続けた。
「君の存在はべーチェル国はもちろん、バプティスタ国にも知れ渡った。このまま行動するよりも一度王との面会をするべきだと僕は思う」
「バプティスタ国はどこよりも破壊したがるんじゃねぇのか」
 バプティスタ国は他所の国に比べてイグニート国との戦いが激化していると共に、被害も大きい。まだ何もやってもいない、実験段階にも関わらず『人間兵器』の危険性があるために処分されそうになっていたのはアミィだ。アミィですらそういう扱いなのだからすでに事を起こしている俺に対し、バプティスタ国が何もしないわけがない。
 もちろんそれをわかっていないウィルでもない。ウィルの言うことも最もだが、俺としてはあまりにもリスキーだ。べーチェル国の王はミストラル国の王の報告でなんとか妥協したものの、規則や法令に厳しいバプティスタ国がべーチェル国と同様の動きをするとは思えない。
「まぁ、私としてはあまりいい手だとは思えませんがね。バプティスタ国に向かったら彼は即行処罰されてしまうのではありませんか?」
「あたしも乗り気じゃないねぇ……もちろん知られてしまったからにはどこにいても危険だろうけどさ」
 エルダは、まぁ研究対象がいなくなるのが嫌なだけだろうが。フレイは海賊としてあちこち行っているからバプティスタ国の国民性もよくわかっているんだろう。あそこは確かに義賊とはいえそう大っぴらに受け入れることはなかった。
 ただ俺たちが渋ってる中、それでもウィルはめずらしく引こうとはしない。運ばれてきたマグカップに口を付け一つ息を吐き出すと、再び俺に視線を向けてきた。
「難しい話だと僕もわかっている。だから僕も口添えをする。僕は逐一君のことを国に報告してきた。それなりの信頼もあると自負している。僕の言葉ならば多少聞き入れてくださるかもしれない」
 思わず目を丸め、ついクッと喉を鳴らしてしまった。突然笑い出した俺に真剣な顔をしていたウィルはマヌケな表情になっている。
「ど、どうした急に」
「いや、最初に俺たちを追いかけてきたヤツとは思えねぇなと思ってな」
「なっ……! あ、あの時は仕方がないだろ……」
 初めて会った時は『人間兵器』を庇う人間に対し処分するのどうのと言ってたっていうのに。今じゃ必死になって追いかけていた『人間兵器』を庇うような言動をする。そういう心境の変化がコイツの中にあったということだ。
 俺が『人間兵器』だってわかった時はかなり頭を抱えて悩んでいたように見えたけど。
 コホンと一つ咳払いをしたウィルは再び視線を上げた。
「僕は、自分の目で見たものを信じる」
 らしいというか、流石は騎士というべきか。そのセリフだけでコイツの中で吹っ切れたことがわかった。最初思ったイメージ通り愚直だが強かさが追加された。
 目の前にあるコップに口をつけ、水を流し込む。真っ直ぐに喉を通って身体の中に流れた水の冷たさを感じつつ、一つ息を吐く。ウィルにここまで言わせたのだから、今更どうこう言うわけにもいかない。
「いい加減、逃げ隠れするわけにはいかねぇな」
「……! いいのかい?」
「ああ」
 そもそもイグニート国も問題だがそれ以上に精霊の弱まり具合が問題だ。まだ各地にある穢れに地面の揺れ、荒れ狂う砂埃に濁ってきてきた水。俺たちが知らないだけで他にも異変があるかもしれない。それをまずどうにかしないと『人間兵器』のどうのと言ってられない。それよりも先に世界がどうにかなってしまうかもしれない。
 しかしウィルの言う通りバプティスタ国の王に謁見したとして、万が一何かが起これば逃げれないこともないがそれだとウィル自身の信頼問題に関わってくる。行くからにはこっちも色々と腹を括るしかない。
「アミィはどうする」
 問題はアミィだ。俺自身過去に色々とやっているため糾弾されるのは当然というか仕方がないにしろ、アミィは『人間兵器』にされそうになっていただけで未だに、多少問題は起こしたが人一人殺しちゃいない。俺たちはそれをわかっているが第三者がそれを納得するかと言われればそうでもないだろう。特にバプティスタ国の王はどこの王よりも厳威で疑り深い。ウィルがさっき言っていたように、自分の目で見たものしか信じないタイプの人間だ。
 だがそれに関してウィルは軽く首を左右に振り、「連れて行こう」と静かに告げた。
「僕がいるから『監視』という意味が成り立っている。ここでアミィだけ残してしまったらそれが外れるという意味で、そちらのほうが分が悪くなってしまう。もちろん、アミィに関しても逐一報告済みだ。それなりの理解は得られていると思っている」
 アミィに関しては、ウィルのその言葉を信じるしかなさそうだ。こうなったらここにいる全員でバプティスタ国に向かうことになるが、向こうにとってそれを良しとするかどうか。まぁ、多少人数がいたところで統率の取れている騎士がいるのだから、向こうからしたらどうとでもなるとでも思っているかもしれないが。
 あとは、起きたアミィを説得する必要があるということ。一度身を追われて命を狙われているわけで、何も思わないわけがない。当初に比べてだいぶ自我も目覚めて言動も年相応になってきた。が、一度魔術の暴走をしでかした相手はバプティスタ国の騎士だ。
「アミィへの説明ならアンタが一番適任なんじゃないのかい?」
「私がしてもいいですよ」
「アンタがしたら状況悪化するから却下だッ! この中でアミィが一番信頼しているのはカイムだから、カイムの言葉にはちゃんと耳を傾けるだろ?」
 言い出したフレイがしろよと思ったが、フレイはあの時何が起こったのかまったく知らないしそれはエルダも一緒だ。寧ろこの中で一番知っているのはウィルだが、ウィルが向こう側の人間だったため話しを聞くアミィには少し抵抗感があるかもしれない。
 それなら適材適所っていうことで、ティエラはどうだと視線を向ければ目が合った瞬間ただ微笑みを向けられただけだった。ここで立候補すると思っていたものだから意外だった。もしかしたら俺のいない間に何かあったのかもしれない。
「ということで、君しかいないな。カイム」
「……チッ」
「嫌そうな顔をしない」
 お前は俺の母親か、と言おうとしたがやめた。実際俺はそういうものがわからない。世間一般の例え話しても向こうには伝わるにしても、俺は意味がわからないまま終わってしまう。
 忌々しく息を吐き出せば、それを了承だと捉えてたヤツらは口々に「よろしく」と言って部屋に去っていく。言うだけ言って清々しく部屋に行ってんじゃねぇよとその背中を見ながら思いっきり毒ついてやった。

 翌日、多少早いが行動するには早いほうがいいとアミィの部屋のドアをノックする。お子様はまだ寝ている時間だから起きているわけがないとわかってはいたが、ここは起きてもらうぞと構うことなく部屋に入る。ちなみにこの宿にはちゃんと各部屋錠は設置されていたものの、昨日この部屋を最後に出た人間が俺だったため鍵を持っていたのも俺だった。
 ベッドに視線を向ければ昨日と比べて若干体勢を変えつつも、気持ちよさそうにすやすや寝ている。よく見れば枕の上には薄っすらとよだれの痕もあった。こんなに熟睡している下で話し込んでいただなんて思いもしないだろう。
 ベッドの縁に座って軽く肩を揺さぶってみるものの、なかなか起きない。どんだけ熟睡してんだと再度揺らせばようやく唸り声が聞こえた。しばらく待っていると眠たげにまぶたを持ち上げ、俺の姿を確認してようやく目を擦りながら身体をゆっくりと起こした。
「よく寝てたな」
「アミィ……寝坊した……?」
「いいや。けど先にお前に言っとかなきゃならねぇことがある」
「ぅん……?」
 起きたものの、まだ眠そうだ。コイツ今から喋ることをちゃんと理解して覚えているのか、と怪しいところだ。黙って待っててみれば、向こうも向こうで俺が喋るのを待っている。忘れていたらド突いてやろうと昨日の会話をそのままアミィに話した。
「そういうことで、バプティスタ国に行くことになった。アミィにもついてきてもらうぞ」
「……カイムが行くなら、アミィも行く」
 俺が言うのもおかしい話しになるかもしれないが、少しは疑えよと内心こぼす。これがウィルの罠だったら一体どうするつもりなのか。俺は一人で脱出できるものの、アミィにはそれができない。
「バプティスタ国の騎士の人たちは、今もちょっと……怖いよ。でも、アミィ逃げも隠れもしないよ。だって悪いことしてないもん」
 やけにはっきりした声色と口調に、思わず小さく瞠目する。俺の予想だと少し嫌だと乗り気じゃない感じで返してくると思っていたからだ。
「カイムが行くって言うんなら、アミィだって行く」
 もう一度同じ言葉を繰り返したアミィに、さっきの俺の考えが違っていたんじゃないかとそういう思いがふと頭を過る。俺はただ俺が行くと言ったからなんの疑問も持たずについていくと言っただけだと思っていた。
 ウィルにしろアミィにしろ、俺のいない間で一体何が起こったのやら。
 後頭部をガシガシ掻いたあと、そのままアミィの頭をガシガシと撫でてやる。寝癖がついていた髪がより一層元気にあちこち跳ねた。だというのに、アミィはそうされたことに嫌な顔をするどころか反対にどこか嬉しそうな顔をする。
 いざとなったら、コイツだけでも逃がすかと短く息を吐きベッドの縁から立ち上がった。
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