krystallos

みけねこ

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118.ある男の執着

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 親父は人間のクズだった。酒に溺れ平気で暴力を振るう。相手が妻であろうと、自分の血の繋がった息子であろうと。
 母親はそんな男から逃げた。息子のオレを置いて、自分だけ逃げた。残された俺は母親の分まで更に殴られ暴言を吐かれ、部屋の片隅でただ丸まっていることしかできなかった。
 そんな親父が嫌いだった。けど、何よりも嫌だったのがそんな親父に何もできない自分だ。ガキだったから殴り返そうとしてもたかが知れる。歯向かえばその分殴られる。飯は貰えず、貧しくなってもあのクソ野郎は酒だけはやめない。食い物もねぇくせに、酒だけは呑む。そして殴る蹴るを繰り返す。そこから逃げ出せない自分に腹が立った。
 そんな時だった。
 そんなクソ野郎が呆気なく死んだ。どこからか飛んできた岩に貫かれて呆気なく死んだ。周りは悲鳴だらけで村のヤツらはほとんど逃げるのに必死で、死んだクソ野郎のことなんざ見向きもしなかった。
 だけど逃げているヤツらもどんどんクソ野郎と同じような姿になっていく。オレが殴られていても見なかったフリをして、全然助けようとはしなかったヤツらだ。そんなヤツらがどうなろうと知ったこっちゃない。そんで、そのへんにくたばってるクソ野郎も今となってはどうでもいい。
 オレの目にはただ、血みたいに真っ赤な色だけが映っていた。何かに対してキラキラしてると思ったのはこれが初めてだ。
 そいつはオレにとっての神様になった。クソ野郎を殺してくれた。あんなクソみてぇな世界からオレを救い出してくれた。オレは、自分と対して歳の変わらねぇそいつに人生で初めての憧れを抱いた。

「今となっては貴重な『赤』をどうでもよいことに消費するな」
 腹に深々と刺さった剣先には血なんざ付いちゃいねぇ。だが腹を貫かれた女の顔がどんどん真っ青になっていく。自分の腹にある剣を見て、後ろをゆっくりと振り返った女は確かに笑っていた。
「私も……ただの、駒に、過ぎなかった……と、いう……わ、け……か……」
 女の身体から力が抜けていくのが見える。力が抜ける、というよりもあれは生気を吸い取られる、みてぇなもんなんだろう。そこそこに肉付きのいい身体が徐々に痩せ細っていく。剣が引き抜かれた時には、女の身体がすっかりと干からびてそのまま地面に打ち捨てられた。
「アイツ……!」
 オレだけを見ていた目があのジジィのほうに向かう。それを見て頭に血が上った。
「いいとこ邪魔してんじゃねぇよ! 老いぼれジジィ‼」
 こっちは頭にキてるっつーのに、向こうはただチラッと見た程度だった。あのジジィは昔から気に食わなかった。国の王だからっていつも偉そうにしやがって。まるで国にあるもんは全部自分のもんだと言わんばかりの言動に、いつもイライラさせらえた。
 そうなったらオレの神様だって、あのクソジジィのもんになっちまう。ンなことあってたまるか。コイツは唯一無二で誰ももんでもねぇ。オレだけの神様だ。
「老いぼれジジィはさっさとくたばってろよッ‼」
 精霊の力が弱まっていようが知ったこっちゃねぇ。こっちはあの女に好き勝手に身体をいじられたが、それであらゆることが可能になった。自分の中にある魔力とはまた違うもんが渦巻いているのを感じつつ、それを使った魔術は他のヤツらが使うもんよりも禍々しく威力が高い。
 ジジィの頭上に真っ黒な炎の玉が渦巻いて出現する。そのまま落とせばジジィは簡単にくたばる。
「死ねぇックソジジィッ!」
「弱い犬ほどよく吠える」
 腕を下に振れば真っ黒な火球もジジィの頭上に落ちる。そのまま燃えちまえ、灰になって消えろ。
 だが火球は老いぼれの身体を燃やす前に、バチンと霧散した。燃えるはずだった身体は平然と立っていやがる。マジで、心底腹が立つ。先が短いどころかもうねぇだろうっていう身体のくせして、魔力だけは馬鹿みてぇに備蓄してやがる。
 けどその魔力だって、元はジジィのもんじゃねぇ。色んなヤツらから奪っただけのもんだ。それをさも自分のもんとばかりに偉そうにしているだけ。
 そんなジジィの視線がオレから俺の後ろにいたカイムに向かう。
「あの『赤』もそこそこの魔力だったが、やはりハルシオンの者は質が違うな」
「……!」
「は?」
 このジジィ、まさか一度カイムの魔力を奪ってんのか。あれか、オレの魔力を勝手に奪って湖に沈めたあとか。気に食わねぇ、コイツの魔力は他の誰のもんでもねぇ。ジッと品定めしている目も気に食わねぇ。
 あーあームカつく。どいつもこいつも邪魔しやがって。コイツらがいる限りオレの思い通りに動くことがねぇ。そして今その中で何よりも邪魔なのはこのジジィだ。
「やっぱテメェから殺す。ジジィ」
「紛い物が。よく大口を叩けるわ」
「人のこと言えねぇだろうがよぉテメェはッ! テメェこそただのザコだったくせにただ力を掻き集めたニセモンだろうがッ‼」
「……貴様と一緒にするでない」
 こっちに手をかざしたのが見えた瞬間、身体を横にずらした。さっきまでオレの頭があった位置には黒い塊が派手な音を立てて弾けて消えた。もし避けていなかったら弾けていたのはオレの頭だった。
 掻き集めた魔力はジジィの中で渦巻いているのが嫌でもわかる。どんだけ他人から力を奪ったのか。身体をいじられたオレ以上にゴチャゴチャ色んなもんな入り混じってオレも大概だが、ジジィはもっと気持ち悪ぃ。
 ジジィに向かって術を放とうとしているオレの後ろで気配が動いたのがわかった。身体が色々変形したのはわかるが、そのおかげかあらゆる気配に敏感になっている。だからさっきまでただオレを見ていた目がオレから離れ、向こうのほうにいるゴミ共に向かっているのがわかった。
「行かせるかよぉ!」
「……! 気持ち悪ぃヤツだな……!」
 背中から生えた腕らしきもんで、動こうとしていた身体を掴んだ。すぐに風の魔術で腕をズタズタにされたが、この腕は簡単に生えてくる。背中の腕でカイムの身体を掴みつつ、オレのマジの腕はジジィに向かってかざした。
 そうだ、アイツさえ殺しちまえば。
「お前は昔から変わらん。短絡的で愚か者。そんなお前は一体何を望む」
「はぁ? 今更説教かよジジィ。今までオレのことなんザコ扱いで眼中に入れてなかったくせによぉ。何を望むだって? ンなもん決まってんだろ」
 両腕を広げ、腹の底から笑ってやった。そんなもん昔から決まっている。
「誰よりも強い力だ! 力さえあればなぁんでもオレの思い通りだ! そう、誰よりも強い力を手に入れたら、カイムだって思い通りに動かせる‼」
 ガキの頃教えてくれたのはカイムだ。力さえあれば自分の好きなことができる。一方的に殴られることもねぇ、怒鳴られることもねぇ。ただ何もできずにうずくまる必要もねぇ。力さえあれば好きにできる。
 神様だと思ったヤツだって、オレの力で思い通りに動かしてやる。腑抜けたヤツなんていらねぇ。昔みてぇに人形みてぇな顔をして気に食わねぇヤツは殺しまくればいい。言うことを聞かねぇっていうんなら聞かせてやるまでだ。誰でもない、オレの力で。
「お前の執着心は底が知れんな。そこまで欲するか」
「だぁからぁ、テメェに渡すわけにはいかねぇんだよ。そんでジジィ、テメェは邪魔だ。とっととくたばれ時代遅れの老耄ジジィ。テメェの居場所はずっと昔になくなってんだよッ‼」
 両腕を広げたまま色んな術式を繰り広げる。複数に絡み合った魔術は馬鹿デカい渦になってジジィを前後左右から挟んだ。あまりの術の強さに空間が歪んでいるようにも見えるが、それが一体なんだってんだ。ジジィを殺せればそれでいい。世界なんてどうにでもなりやがれ。
「死ねェッ‼」
 そして生き残ったオレが最強だ。
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