目撃者、モブ

みけねこ

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これからの四人

出会ってからずっと

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 報告を受けながら歩いていると鍛錬場からいつもより賑やかに聞こえた声に視線を向け、無意識に表情が綻ぶ。一心不乱に剣を振っているその位置から俺の姿は見えないのだろう。

 慌ただしさは突然訪れた。公務中だった俺の元に舞い込んできた情報に思わず立ち上がり、そして父と母も一瞬瞠目したものの俺にそちらを優先させ自分たちがその公務を引き継いでくれた。
 部屋に近付くにつれ人が多くなり騒ぎも大きくなる。頬に伝った汗を拭うことなくドアの目の前で控えていたジョナサンに視線を向けたときだった。
「いってぇー! マジでイテェイテェイテェッ!! 裂けるぅッ!」
「大丈夫あんたちょっとアホなとこあるけど体力と根性だけはあるんだから!」
「もうちょっと優しく応援してぇ⁈」
 中は更に騒然としており、そこからずっと悲鳴に似た叫び声が上がっていた。
 つい先日「そろそろかも~」だなんてのんびりとしていた声とは思えない。ひたすら叫んでいる声の傍から聞こえたもう一つの声は、恐らく母君だ。本当は母上も傍にいたかったそうだが母上も母上で公務がある。だからこそ彼の、アシエの母君が「それならあたしが」とやってきてくれた。実母がいるほうがアシエも安心できるだろうから、その申し出は本当にありがたかった。
「なんかう○こ出そうっ」
「奥様出ているのは赤子の頭です!」
 たまにアシエらしいなという言葉を聞きつつ、一先ずジョナサンにもう一度視線を向け軽く深呼吸する。正直俺も緊張している。だからといって部屋の前でウロウロすることもできず、ただドアの前でジッと前を見据えていた。
 そうして長い間アシエの叫びを聞いていると、中がシン……と静まり返った。心配で駆けつけてきたメイドや執事、使用人たちが互いに顔を見合わせて息を呑んでいる。
 一際、大きな産声が上がった。
 ドアの外でワッと歓声が上がり、身体の力が抜けそうになった俺の肩をジョナサンが労るように支えてくれた。よかったと、安堵だけがあふれた。
 少し待っているとドアが開かれ、中に通される。真っ先にベッドの上で横たわっているアシエに駆け寄った。あれだけ体力に自信のあるアシエが汗だくでぐったりとしている。それほど、命を産み出すというものが如何に壮絶なものなのかありありと表していた。
「ありがとう、アシエ」
 俺を見て、微笑んだアシエに思わず涙ぐみそうになる。身体を変えてまで子を成し、何もかも受け止めてくれたアシエに感謝と共に労りの言葉を送る。アシエは笑顔を浮かべ、そして胸に抱いている我が子に視線を向けた。
「よかったー! ウェルス似で! 俺に似て庶民顔だったらどうしようかと思った!!」
 子を産んでもアシエらしいその言葉に、苦笑をもらせばいいのか元気そうでよかったと安堵の息を吐けばいいのか。恐らく俺はゴチャゴチャな笑みを浮かべていたに違いない。
 王族らしい金の髪に触れ、そんなこと気にしなくていいのにと思ってしまう。アシエに似た子だったとしても可愛いことには違いないのだから。

 それが五年前の出来事だ。恐らく普通なら乳母に任せるところを、アシエは積極的に自分で子を育てた。時折母上と母君の力を借りながら、アシエの腕の中で成長していく我が子を愛らしく思わないわけがない。
 初めて「パパ」と「ママ」の言葉を発したとき、アシエは少しだけ動きを止めて思案した。確かに「ママ」ではあるものの、アシエは男だ。
「まぁ……産んだの俺だし。俺がママだ! うん!」
 一瞬で解決した。その辺りは相変わらずおおらかだなと笑みを浮かべ、一緒に我が子の成長を見守っていた。
 そして先日五歳になった誕生日のとき、アシエは我が子にプレゼントを贈った――それはアシエ特製の剣だった。
 俺とアシエの子なのだから、あの子も立派な王族の一員だ。俺の幼い頃と同じタイミングで教育が施され始めた。まだまだ序盤だが量は一般の子よりも恐らく多い。だが根を詰めすぎるのもよくないと休憩がてらにアシエと共に散歩に行き、そのときに鍛錬場にも足を運び遠くから鍛錬を見学したらしい。
 すると、剣を振る騎士たちの姿が格好良く見えたそうだ。確かに剣術も学ぶのだからそう思うことは悪くないし、基礎を学び始める時期でもある。
 アシエはそんな息子のために鋼を打った。子どもが持ちやすいよう、尚且つ怪我をしないように。けれどちゃんと実践でも使えるように。二年前に産んだ子を少しだけ侍女に預け、鍛冶師としての作品を作り上げた。
 あのときの我が子の喜びようといったら凄まじいものだった。俺も先に欲しがっていた本をプレゼントしたのだが、それ以上だったものだから。あまりの感情の爆発っぷりに娘がびっくりして泣き始めたぐらいだ。
 アシエによく似た妹が泣き始めて流石の息子も一度剣を置き、泣き止むまでなだめた。どうやら我が息子は妹が大切で仕方がないようだ。その気持ちはよくわかる。可愛らしいのだから仕方がない。
「やぁ!」
「今日も励んでいるな」
「ええ。どうやら『母上と妹はぼくがまもる!』って頑張っているようですよ。いや~微笑ましいですねぇあっふぁ! あの頃の貴方よりもずっと子どもらしくて愛らしいですよ」
「今日も口がよく回るな」
「口が回らない私は気持ち悪いでしょ~」
「それもそうだ」
 傍らで書類の内容をツラツラと流していたケニスは今日も飄々としている。お前だってあの頃剣を持ち上げることすらできなかったのにな、と内心こぼしながら足を鍛錬場へと向けた。今はまだ時間があるから、少しでも鍛錬を見てあげようという思いだった。
「父上!」
 近付いてくる俺に気付いたのか、騎士と向き合っていた目がこちらに向いた。軽く手を振ると目を輝かせて少しだけ飛び跳ねる。俺があのくらいのときはあそこまでの素直さはなかった。きっと母親に似たのだろう。
 俺が来たことによっていいところを見せたくなったのか、もう一度鍛錬に付き合ってくれた騎士と向き合い剣を構える。まだ身体が小さいため、多少の怪我はいいがあまり無理はさせないでくれと伝えてある。
「たぁ!」
 声を上げながら剣を打ち込み、騎士がそれを受け止める。あの騎士も同じ年齢ぐらいの子どもがいるらしく、手加減などをよくわかっていた。
 そう、騎士のほうに問題はなかった。彼はいつも通り絶妙な力加減で受け止めていたのだから。問題は、我が子のほうだった。
 俺が見に来たせいもあったのだろう。いつも以上に力んでいた手は強く剣を弾いた。手から離れた剣は飛んでいき、一度壁に激突する。しかし勢いはそこで殺されず、跳ね返るように飛んでいく――飛んでいった先が、我が子のところだった。
 俺と騎士が駆け出したのは同時。だが俺からだと距離がある。それは騎士もわかっていて息子に手を伸ばしているところだった。しかし、なぜこうも、こういう状況になると妙に動きがゆっくりになるような錯覚に陥るのか。
 騎士の手よりも、剣が先に息子のほうに届いてしまう――間に合わない。
 悲鳴に似たような声が聞こえたのはどこからなのかわからない。ハッと一度息を呑み目の前の状況を理解しようと頭の中を駆け巡らせる。
 剣は、我が子を傷付けることはなかった。
「危ねぇだろうがッ!!」
 直後聞こえてきた怒声に、引き攣った音のあとに嗚咽がこぼれたのが聞こえた。
 あの子が、アシエに叱られたのはこれが初めてだった。
 いやあの子だけじゃない、俺も、あのとき傍にいた者はみなそうだったに違いない。アシエは誰かに怒鳴ることなど一度もなかったのだから。飛んできた剣があの子に当たる直前にどこからともなく駆けつけてきたアシエが、まさにその身を呈してあの子を守った。
 自分の腕の中で泣き始めた息子にアシエもハッとし、抱え込むように強く腕に力を入れたのが見えた。
「いきなり怒鳴ってごめんな。怖かったな」
 グズグズと鼻を鳴らす息子をなだめるようにゆっくり背中を撫で、小さく左右に揺れている。傍で顔を青くしていた騎士には一先ず片手を上げ、そしてすぐにアシエの傍で膝をつく。息子は怪我をしなかったものの、アシエの右肩から背中にかけて切り傷ができていた。
 息子が泣き止むのを待って、そして目の高さを合わせてアシエは説明した。実はアシエも近くでこっそり様子を眺めていたらしい。俺が来たことにも気付き、そしていつも以上に力んでいる息子に嫌な予感がしたそうだ。
 アシエは鍛冶師だ、剣を振るうときにどこにどう力を入れていいのか、どういう扱いをしたら危険なのか、それもよく理解していた。
「剣はおもちゃじゃねぇんだ。扱いには気を付けなきゃいけないだろ?」
「……はい、ごめんなさい……」
「あのお兄さんにも謝らなきゃな? いつもちゃんと教えてくれてるのに、さっきそれを守らなかっただろ?」
「アシエ様、私は……」
「ごめんなさい……」
「い、いえ……」
 自分の責任でもあると思っている騎士に、アシエは息子にしっかりと謝罪をさせた。確かにあの状況だと彼に責任があるのだと糾弾するのは違う。頭を下げてきた息子に騎士も戸惑い、俺のほうに視線で助けを求めてきた。が、ここは素直に受け止めてあげてくれと小さく首を横に振ると、ようやく観念したのか居心地が悪そうにその謝罪を受け止めた。
「安心しろ。俺も見ていた。ここでお前を解雇することはない。これからも息子に剣の指南をよろしく頼む」
「は、は! これからも誠心誠意お仕えいたします!」
 息子は一度手を診てもらったほうがいいだろうとのことで、あとは騎士の彼に任せることにした。
「さて」
 そして去ろうとしているそのたくましい背中を逃さまいと、ガッツリと左肩に手を置く。
「君も手当てをしないとな? アシエ」
「あ~、大丈夫だって! こんくらいツバ付けときゃ治るから!」
 よくよく見てみると、確かに薄っすらと切り傷が付いているだけではあった。流石は鍛冶師としての屈強な身体を持っている。が、その言葉に俺は薄っすらと笑みを浮かべる。
「――そうか、唾か」
「昼間から何やらしい顔してんだよえっちー」
「最近二人きりの時間を過ごせていなかったからな」
 娘が傍にいないようだがとサッと辺りを見渡してみると、俺の視線に気付き「今はお昼寝中だよ」との言葉が返ってきた。それにまた笑みを深くする。
 先程まで俺の傍にいたケニスの姿もなくなっている。こういうときの察しのよさには助けられる。あとで執務室に戻るとその机には仕事が大量に乗っているだろうが、それも難なくこなせばいいだけの話だ。
「アシエ」
 腰を抱き寄せ耳元に息を吹きかける。くすぐったかったのか肩を揺らしながら笑っているのが見えた。
「もうなにぃ~? 手当てだけでいいって」
「唾を付ければいいんだろう?」
「いやもうムッツリスケベだな誰も見てないからって」
 侍女もいない護衛もいない、息子と娘も今は傍にいない。
 誰もいないことを俺と同じようによく知っているアシエは楽しそうに笑ったかと思うと、向きを変え、俺の首に手を添えて引き寄せた。
「俺も年頃の男の子だから」
「ずっと年頃だな」
「あっはは! いいじゃん」
 ――ウェルスと出会ってからずっと年頃だよ。
 だなんて、そんな殺し文句のようなことを言われてどうにもならないわけがない。横に抱きかかえて運んでしまおうかと思ったが、「俺の質量なめんなよ」と笑う声に断念した。これから激しい運動をする予定なのだから、腰が痛くなるようなことは避けたい。
 アシエの発した言葉だが、それを言うなら俺もきっとあのときアシエと出会ってからずっと浮かれているのだろう。
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