龍帝皇女の護衛役

右島 芒

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第6話ー6

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「月子殿、この度の事は誠に申し訳なかった。授業の為とは言え君を傷つけてしまった事は何度謝罪しても足りぬほどだ。
我輩の事を煮るなり焼くなり好きにしてくれ給え、足りぬ場合は勇吾を好きにしてくれ。」
「待って待って!最後オカシイ!俺が自発的に言うなら分かるけど師匠が言うな!月子良いぜ、うちに師匠好きなだけぶん殴っても、ああでも半霊体だからちゃんと気を込めないとダメージ無いからな。」
「殴りません、それより何故あの様な事を為さったのか教えてください先生。先生の事ですから理由があると思ってます。」

 月子の言葉に神妙な面持ちで腕を組む羌先生の姿はいつもの道士風の格好に戻っていた。先刻までの殺気を纏わせた声ではなくいつもの穏やかな声で説明を始めた。

「まず事の根幹だが我輩の真の名と勇吾、お前との関係だ。この事を知っているのはこの世界でも本当に一握りだけだ。それだけ我輩と勇吾の存在は秘匿されていなければならない。それを踏まえて我輩が今話せる事だけを話すのでよく聞いて欲しい。」

 羌は少し息を吐くと緊張しているのか、顔が少し強張っている。勇吾と月子もその様子に息を吞みながら彼の言葉を待っていた。
「我輩の真の名は姜臨魁、またの名を蚩尤。二人とも名前だけなら知っているだろ?」
「知らない訳無いだろ、神代中国における最強最悪の軍神であり反逆の悪神。そして…」
「黄龍帝、お爺様と戦い敗れ殺された。」
『蚩尤』中華圏の神話において最も有名な存在、戦神、軍神、全ての武具の創造者、悪神、反逆者の始祖、黄龍帝に敗れた者と様々な逸話を残し黄龍帝軍と壮絶な戦い起した張本人であった。
「父、炎帝神農が倒れその後を継ぐのは我輩だと思っていた。しかし叔父上は次の帝を名乗り黄帝黄龍として国の頂点に立ち我輩は厄介者として都を追われた。」
 
 跡目争いに負けた彼は各地を放浪する事になるが彼を慕う多くの者が彼の下に集まる。黄龍帝の政に弾かれた者、まつろわぬ民、侠者、陽の光からあぶれた者達にとって彼はもう一つの太陽だった。確かに政を行う才は彼には無かった、彼は生粋の武人であり実直すぎた。

「我輩は人の上に立つ器ではなかった。だがそんな我輩の下に集まってくれた者達はそれで良いと言ってくれた。
遥か遠い過去の思い出はおぼろげではあるが今でも瞼を閉じれば思い出せる。幸せな日々だった。」
しかしその幸福は長くは続かない。そんな彼らを黄龍帝は叛乱分子として兵を送り恭順するように迫った。彼らは頑なに拒み続ける、強大な力を持って従わない者達を次々と打ちのめし服従させようとする黄龍帝は広大な中華の台地を武力で平定していく。従う事を拒み潰され蹂躙された追われる人達が辿り着いたのは唯一黄龍帝が恐れる男がいる町だった。

「叔父上も若かった、どこか焦っておられたのだろう。我輩の存在もその一因であったやも知れない、力尽くで広げる版図は窮屈で軋轢を多く生んだ。今の世の様に明確な法が敷かれていた訳ではない古い時代に法を敷き統治しようとしたのだから。
父皇を中心とした政治は大らかで自由だった、まあ裏を返せば各地の部族長にまかせっきりで国として成立していたかは怪しいものだったがね。」
「先生、先ほどからお爺様を叔父上とおしゃってますが。」
「そう言えば…師匠と月子ってもしかして親戚になるのか?」
「ああそうだ、月子殿の大叔父あたりになるのかな?ふむ、月子殿のご祖母殿が我輩の従姉妹に当たる事になるからそうなるな、まあ遠い親戚ぐらいに考えておけば良い。少々長くなってきたな夜食になるような物を用意しよう。」

 しばらくすると学園長の使いが軽い食事を持って来てくれたのを食べながら羌あらため姜臨魁は再び話し始める。
「叔父上とは争う気は無かった。皇に成れなかった事も恨んでなかった。だが、叔父上のやり方を認める事は出来なかった。
厳格な法で人々を統治するのも正しいのだろう。しかしそこからあぶれた者その法に従えない者を悪と見做す事を我輩は出来なかった。叔父上は空を征く龍、我輩は地を征く龍、見え方が違っていたのだろうな。丁度のその少し前からかな、悪戯が過ぎる狐の小娘が我輩たちの町をうろうろし出したのは?」
 
姜が後ろを振り向くと音も無く立って居る学園長、少しバツの悪そうな顔をしていた。
「悪戯などしておりませぬ、少しだけ好奇心の旺盛な子供でありましたけど。」
姜の隣に静かに腰を下ろした学園長の姿は普段のスーツでもなくたまに着ているジャージ姿でも無く、漢服に身を包み穏やかで慎ましくも見える。
「国が二つに割れてはいたが戦が起きる程ではなかった。叔父上達と我輩達の戦力差は雲泥の差が有った。だがそれも長くは続かなかった。我輩の方に集まる人々の数は日に日に増し叔父上も見過ごせなくなってしまった。睨みあい、小競り合いがいつしか戦に変わっていった。叔父上の率いる軍と我輩達の寄せ集めの集団がまともな勝負になるはずも無く多くの仲間を失った。九生、邦山、難訓、鴻鈞、彼らと共に撤退を繰り返しながら敗戦を重ねていった。軍神など言われているが殆どが負け戦しか出来ない愚か者だ。」
「今の師匠とイメージと全然違うな。師匠はどちらかと言うと理詰めでもろ術者って感じだけど、その頃の師匠はなんって言うか…」
「ああ、ただの考え無しの猪武者だ。だから私はこれ以上犠牲を増やさぬ為に負ける度に戦術を教わり術を教わり出来うる限りの技術と知識を身に付けて行った。だが、それでも負けは無くなったが勝てもしなかった。その時手にしてしまったのが父が残した禁忌の練丹術だった。本来は薬学術であるがその深淵は氣の操作と肉体変化、我輩は自らの体を実験体として更なる力を求めた。覆る事のない戦力差を特化した個人戦力をもって対抗すると言う選択をしてしまった。ここから我輩は『蚩尤』と言う名の化け物に堕ちて行く。」
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