龍帝皇女の護衛役

右島 芒

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第8話ー11

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 時間は少し戻り試合開始直後月子と千草の戦いが始まる。
両者一歩も引かないゼロ距離での乱打戦をお互い紙一重で回避し捌き続ける。常に手数を維持するそうする事で千草に距離を取らせない事と両の手を使わせ続ける事。つまり腰に佩いている木刀を握らせない事が勇吾からのアドバイスだった。

千草の抜き手が月子の首筋を掠める。明確に急所を狙ってきてる千草の攻撃に顎を打ち抜く掌打で応戦するが難無く避けられた。月子に対して敵意を剥き出しにした攻撃を仕掛ける千草に対し月子も感情で応えてしまう。観客からは高度な攻防戦に見えるが実際は感情剥き出しの殴り合いに近い状態になっていた。

「そろそろ本気見せたらどうなの?それともこれが限界なのかしら。それならユウ君の隣に居るのはやはり私が相応しいわ。」
緩急織り交ぜた巧みな打撃を月子に浴びせながら不適に笑う千草。
「本気?まだ半分も出していませんのでご安心下さい。それと勇吾君にはうちがずーっと隣に居ますので貴方はどっか余所に居てください!息が上がって来ているようですけど大丈夫ですか?」
千草の攻撃を避けつつも確実に反撃する月子。
白熱する打撃戦に口撃も混じり始め一歩も引けない意地と意地の張り合いが交差する拳を更に熱くする。
「そもそもユウ君は年上が好みなの!日本の諺で『年上の女房は金の草鞋を履いてでも探せ』って言葉があるのよ!だから必然的にユウ君は私のものです!!」
「その前提が間違ってますから!勇吾君は朴念仁で超が付くほど鈍感なんです!それをその無駄に大きい胸を押し付けて誘惑するからでしょ!」
「誘惑?愛情表現よ!でもその胸じゃ出来ないわよね!」
「なっ!胸の優劣で勇吾君への想いは決まらないと思いますけど!それとも胸以外じゃ勝てないと思ってるからですか、ですよね、『ちぃ姉ちゃん』姉は所詮姉のままです!うちは最初から呼び捨てですから。もうこの差は歴然です!!」
「ふっ、その呼び名にどれほどの想いが詰まっているか分からない小娘に姉力の偉大さを教えてあげるわ!!」
「くっ、なんて気迫!これが姉力!?だけどうちは負けない!負けたくない!!」

 渦中の当人(勇吾)が知らぬ所で加熱し加速していく少女達の戦いは足を止めての乱打戦に様相を変えていく。少女の意地を賭けた殴り合いは地力が拮抗している為に二人とも決定打を打ち込めぬまま互いの体力を削りあっている。
勇吾と立てた作戦の事をすっかり忘れ千草との戦いに夢中になってしまっていたその時、獣のような咆哮が聞こえた、一瞬我に帰る。千草との戦いの中でも柾陰が発した怒りが篭った雄叫びは月子の肌をひり付かせる程だった。

 そのお陰か冷静になった月子は現状を把握する事が出来るような為った。手数を減らし防御に専念しながら作戦に向けての動きを考え始めていた。
(うちの馬鹿、あの人の勢いに流されてどうするの。勇吾君達との距離を縮めないと、上手く誘導しなきゃ勇吾君からの合図に間に合わない。どうすれば良い?あから様には距離は取れない、ううん、距離を取るのは凄く危ない気がする。なら一か八かで押し込む!)

「いやぁぁぁ!!」
月子は裂迫の気合と共に攻撃の回転数を上げる一撃一撃を倒すつもりの気迫で打ち込む事で千草を防御に徹しさせ勇吾と柾陰の戦闘域近くまでじわじわと交代させていく。しかしその勢いも直ぐに月子の速度の慣れてきた千草に対応され停滞してしまう。
「重い攻撃、でも慣れたわ。勢いだけじゃ私は倒せないわ、ほら、脇ががら空き!」
攻撃への集中と焦りが月子の防御を手薄にしてしまった、一瞬の隙を衝かれ脇腹に鈍い痛みが走る。月子の纏う礼装の防御術式を一撃で切り裂きその衝撃は骨まで達した。
 
 千草は月子の攻撃を数手先まで読みきり腰に佩いている少し短めの木刀を逆手で抜き打ちし月子の脇腹を強打する。しかしいくら強力な抜き打ちでもそう簡単には防御術式は破れない様に出来ている。だが千草の一振りはそれを容易く打ち抜き月子に直接ダメージを与えることが出来たのは香澄千草が持つ『神性』に付与されたもう一つの力。切り裂く事に特化した経津主神の『権能』を受け継いでいるからである。

 経津主神について少し話そう。建御雷之男神と共に高天原から降臨し出雲を支配していた大国主を押さえ込み国譲りを主導した神である。建御雷之男神、経津主神共に軍事、剣術の神として祭られているがこの2柱にはもう一つの側面がある。それは2柱とも神剣そのものが神格を持ち神となった事である。神剣そのものを内包した神の権能を受け継ぐ香澄千草の剣は木刀であろうとも何かを斬ると言った事を容易く行う事が出来るのだ。

薄く笑いながら月子を見下ろす千草。先程までの千草とはガラリと雰囲気を変えて今の彼女は酷く気だるげで冷たく鋭利な刃物の様だ。
「浅かったかしら?骨まで抉るつもりだったのに勘の良い子ね・・・次は無いけど。」
冷たい笑顔の瞳の奥に暗い炎を宿したいる千草の視線に恐怖を感じた月子だがそれに怯む彼女ではなかった。
「その顔が貴女の本性ですか?陰火を宿した性根の方には尚更、勇吾君は渡さない!」
「そう?ならあなたを切り刻んでユウ君の前に引きづって行ってあげる。ユウ君どんな顔をするかしら?」

 冷淡に笑いながら月子を切り付ける千草の性格の変容は 『権能』を使った副作用に他ならない。普段の彼女は誰にでも人当たりの良い優しい少女だがその内側には一人の少年に恋焦がれその少年を独占したいと願う、それは誰しもが抱えうる浅ましくも切実な願望。そんな彼女の想いや願いを肥大化させ反転させて冷たい炎を宿す剣の様な少女に変貌させるのが彼女の血に宿る『神剣』の副作用である。

 千草の木刀を受けた月子の礼装の一部は一文字に斬られ底から見える白い肌には青紫色に変色し内出血を起していた。じくじくとした痛みが月子の顔を歪ませる。月子のミスと言うよりは千草の読みと見切りが月子の攻撃を上回った、攻撃を避けられた月子は咄嗟の判断で腹部に氣を集中し肉体を強化する事で被害を最小限度に抑えられた。それでも月子の数本の肋骨は罅が入いり鈍く思い痛みを残している。

 月子の後方では勇吾と柾陰も戦闘がピークに達している。彼女がこの位置に居れば勇吾は気が付きそれに対応してくれるだろう判断した彼女は自身がするべき事を考える。
(まずは痛みを和らげて万全の状態に戻さないと、次にあの剣、勇吾君の言った通り危険すぎる。もう礼装の防御も当てに出来ない全部避けきらないと…)
月子は唾を飲み込むと頬を伝う汗がやたらに冷たく感じた。
目の前にいる千草から放たれている殺意は以前勇吾の師である姜師が見せた圧倒的上位者による根源的恐怖とは違い、人だけが放つ生々しく利己的な情念でありながら酷く機械的にも感じた。

「避けるのが上手ね。斬られるのは厭かしら?平気よ殺しはしないから…その代わり泣き叫んで。」
殺しはしないと言いながらも的確に月子の急所を狙い斬り付ける千草の動きは無駄が無く付け入る隙が月子には無く防戦を強いられていたが先日習得した知覚強化の成果がココで発揮していた。可能な限りギリギリで避け続け自身の動きも最小限にと止め体力の回復と勇吾との距離を維持し続ける事が出来ていた。しかし習得したての回避方法は少しづつ綻びを見せ次第に礼装は小さな切り傷を増やしていく。
「あら?可愛らしい礼装が穴だらけになったわ。次は赤く染めて上げるわね。」
千草の猛攻に月子の集中力が限界が近づいていた、千草の連檄をギリギリで避け続ける事で疲弊する心は余裕を無くしつつあるのを感じていた矢先、後方で爆発音が聞こえる。振り向く余裕は無いが微かに勇吾の声が聞こえる柾陰と対峙している勇吾との距離が詰まってきた証拠であった。再び集中力を高め全ての感覚を強化し直し勇吾の合図を聞き逃さぬようにする。

 月子が勇吾のいる後方から空気が震えるほどの魔力の放出を感じたその時心待ちにしていた声が聞こえた。自分の名を呼ぶ勇吾の声が月子の闘志に三度目の火が灯る。千草の攻撃が怖くなくなった、月子の顔に余裕が戻る。
「勇吾君が呼んでいるのであなたの相手はここまでです。」
千草の攻撃を避けその身を翻し勇吾のもとに向かう月子の顔には笑みが浮かんでいる、それが千草にはどうしようもないほど癇に障った。月子から勇吾の名が出た事、勇吾が必要としているのが自分では無く目の前の少女である事がどうしょうも無く苛立った。
「逃がす訳無いっ!?」
背を向ける月子に追い討ちをかけ様とした瞬間、千草の頬を何かが掠めた。勇吾が月子を離脱させる為に千草に向かって槍を投げつけていた。勇吾が自身に向けて攻撃してくる、それは当たり前だ、試合をしているのだから…しかしこの攻撃はあの少女を逃がす為の攻撃だと思い至った時に千草の心は何も考えられなくなってしまった。目の前に勇吾がいるにも拘らず。
「ちぃ姉ちゃん、今から俺が相手だ…ちぃ姉ちゃん?」
空ろな目には光は無くしかしその奥には理性とは違った何かが燃え出していた。
「ユウ君はお姉ちゃんの事大好きなのに何でお姉ちゃんにそんな酷い事をするの?」
「酷い事?さっきの攻撃ならちぃ姉ちゃんになら威嚇にもならないだろ?」
 千草の唯為らない様子を感じた勇吾はいつでも臨戦態勢に移行出来るように集中していた。なぜなら目の前の姉貴分から異様な圧が漏れ出していたからだ。
「お姉ちゃんに心配ばかりかけるユウ君は意地悪な弟ね。だからあんな子と一緒にいてお姉ちゃんを試しているのかな?そっか…ならそんな弟はちゃんと躾けないと駄目よね?」
「ちっ、やっぱり『権能』使って精神汚染が進んでるのかよこうなると話し通じねぇか…予想は出来てたけど思った以上に酷いな。」
千草の様子に覚悟を決めた勇吾は拳を握り締め構えると先程まで弛緩しだらりと降ろされていた千草の木刀を握る指に力が戻る。
「そんな目でお姉ちゃんを見ても許してあげないわ。ユウ君にお仕置きしたら次はあの子を切り刻んであげる。そしたらユウ君も反省してくれるわよね。」
空ろな千草の目に再び仄暗い炎が燃え上がる。愛情は反転しその力の矛先は愛しい弟分と憎い少女へ向けられようとしている。構えられた木刀には愛憎が宿る。
「俺がここに居るのにこれ以上先に進めると思うな。こんな状態のちぃ姉ちゃんを月子の所に行かせるかよ!」
神代流の姉弟弟子対決が始まろうとしていた。
 
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