龍帝皇女の護衛役

右島 芒

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第5話ー3

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 勇吾、月子両者の間は10m程離れている。これは実技演習をする際の学園でも受けた開始前の間合いである。通常の術者の場合は術の打ち合いによる遠距離戦が基本戦略になるので格闘技の試合に見られる近い間合いでの戦闘の開始は不必要な誤爆を生む為禁止になっている。
羌師が二人の間合いの距離を確認すると手を上に上げる。
「互いに礼、勝敗は我輩が判定する。構え…始め!」
振り下ろされた羌師の合図と共に試合が始まった。

 試合開始の掛け声が聞こえたと同時に勇吾の定まり切らなかった覚悟も決まったが数コンマ遅かった。見据えていた月子の姿が目の前には無く風を切る音だけが耳に届く。月子は既に勇吾の間合いの中に踏み込んで来ていた。近接戦闘での一瞬の油断は確実に命取りになる。10mの間合いを一瞬で詰た月子の拳は勇吾の腹部を貫く様に抉る。勇吾の体はバウンドしながら吹き飛ばされる。しかし決着が着いたかのように見えた鮮やかな一撃だったが月子は警戒を解かずに倒れている勇吾を見据えていた。
「手応えが無かった。完全に入ったと思ったのに。」
月子が感じた通り勇吾が何事もなかったかの様に立ち上がる。
「挨拶がてらの良い突きだったぞ。」
余裕の顔を見せる勇吾だが実は内心相当冷や汗をかいていた。辛うじて間に合った掌での防御に加え後ろに跳躍して威力を殺す事が出来たのは日頃の鍛錬のお陰でもあるが奇跡的に間に合ったに過ぎず気を抜いていた代償として両肩には酷い痛みが残っている。完全にはその威力を殺しきれていなかった。
「思ってた以上だ。こりゃこれ以上受けるのは危険だな。」
両肩の痛みに加えて手の痺れが治まらない状況ではまともに防御する事の方が遥かにリスキーな事態になると踏んだ勇吾は回避を主体にした構えに移行する。
「今の一撃で倒せなかったのは勇吾君で3人目だよ。」
「それは光栄だな、でもこんなもんじゃないんだろ?月子。」
勇吾から決して視線を外さない月子の隙の無い構えを捉えつつ勇吾は体の力みを捨てゆっくりとした動作で構える。体を左に半身にし左手は間合を図るように軽く前に突き出した。全ての感覚器官を強化し視覚聴覚のみならず肌に触れる空気の流れも感知する全身レーダーの状態で月子の攻撃を受けて立つ。
地面を蹴る足音が響くと同時に再び勇吾の間合いに飛び込む月子、先ほどは対応出来なかった高速の突きを難なく回避するが月子の攻撃はそれも織り込み済みでありその動きは次の攻撃に移行している。突きから流れるように腹部への回し蹴り、その勢いをのまま左の頭部へ狙いすました飛び後ろ回し。勇吾は全てギリギリで回避を続けるがカウンターを入れる隙は見つけられない、月子の技の回転が速い為避けるので手一杯になっている。しかし勇吾はこれ以上の圧を受けながらの修行をやらされている経験上我慢強く月子の隙を窺い続ける。5分以上の攻防の中、月子の連撃に一瞬の隙が生じたのを見逃さなかった。月子の軸足の踏み込みが少し浅くなり攻撃の速度と間合いが少しだけずれた、その一瞬に勇吾は月子に肉薄すると月子を押し倒す。勇吾の顔と月子の顔が正面で向き合う形になる。
その様子に九重環が大興奮している。
「出たー!壁ドンならぬ床ドン!どうなる?どうなる?」
「ただ倒れ込んだだけであろう?姑娘何故それ程興奮しているのかね?」
異様に興奮している環を呆れた様子で見ている羌師。
「女子はアレを男にされると9割がたキュンキュンしてしまうもの、哥哥…妾もあれやって欲しいな・・・」
「絶対やらぬ!」
断固拒否した羌師の声に何故か悶える環、「そんないけずな所も堪らない。」などと言っているが聞こえない振りをする羌師。
一方不本意ながら月子を押し倒し覆いかぶさる形となってしまった勇吾はと言うと、これからどう攻めたものかと思案しているが月子は勇吾の顔が真近に迫る状況に混乱している。男性との接点が今まで祖父と武術の師である叔父位だった彼女、異性にここまで接近される事など彼女の人生で一度も無くしかも先程の環の言葉で否応にも意識してしまっている勇吾が自分に覆いかぶさる状況を彼女は想定する筈も無く非常にテンパっている。
(近い!近いよ!どうしたら良いの?)
心の中が非常事態の月子に対して勇吾は冷静で顔を真っ赤にしている月子の事をじっと見つめて思案していた。
(ここから寝技もありだけど月子顔真っ赤じゃないか?もしかして風邪でも引いたのか!)
月子を心配し顔を更に近づける勇吾に対し月子の心拍数は急上昇し思考はまともに機能していない。
「月子。」
「はにゃにゃにゃ!」
月子の前髪をそっと手で掻き上げると勇吾は自身の額を月子の額に触れさせる。その瞬間月子の精神耐性は崩壊し反射的に勇吾を突き飛ばす。
そう文字通り『突き飛ばす!』綺麗に入った双掌打は勇吾を軽く10m以上吹き飛ばし勇吾はまるで人形の様に頭から落ちバウンドしながら地面に転がった。かなり危険な角度での落下したようでピクリとも動かない。
「はっ、うち何を?あれ?…勇吾君!勇吾君!」
無我夢中で打ち放った月子の双掌打には相手を倒す為の剄の打ち込みはなかったもの霊力で超強化された身体能力が放つその威力は176cmの勇吾の体を宙に舞わせた。勇吾自身も完全に気が抜けた状況で防御も身体強化も出来ぬままもろに喰らってしまい空を舞っている間、幼い頃に十子に悪戯したのがバレて地獄のような折檻をされた事を何故か思い出して意識を失う。
「締まらぬ終わり方だな。姑娘、治療用の護符を大量に持って来ておくれ、はーこれは説教だな。」
深い溜息を吐いて項垂れる羌師に対して愉快そうにしている環。
「妾は大変楽しませてもらいました。」
環が手を叩くと彼女の狐の仮面を被った眷属たちが現れ勇吾の元に向かう。痙攣を起こし始めた勇吾に傍で謝り揺すり続ける月子、余り揺らしてはいけない頭部を打っているから。
この後幾度も訓練としての試合を重ねる二人だが決して勇吾が月子に勝てる事は一度も無かった。
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