龍帝皇女の護衛役

右島 芒

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第5話ー5

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学園長の実戦演習開催の告知から2週間。広大な学園の敷地内に4棟の演習施設が作られた。学園の建築系術者も動員されあっという間に完成していた。当初から有った学園の施設も併用して全部で7会場で演習が行われる。月子の演習用制服が出来上がった後俺は一度自室に準備に戻る事にして月子には先に会場に向かって貰った。三光院達と待ち合わせさせたので万が一の時も大丈夫だろう。主に迷子になる心配なんだ。
ひとりで部屋に戻る途中内心悶々としていた。女の子は凄いなと常々思う、服を着替えただけで可愛く見えたり大人っぽくも見えたり。俺も柄にも無く月子を見て可愛いと思ってしまった、これから演習が始まるのに弛んでいるなと思う。と言うか先輩も先輩だ、俺は機動性と防御性を重視してくれと頼んだのにどうしてああなる?いや、決して似合ってないとか言う訳ではないんだ、ちょっとな…なんか良くない。
何が良くないのか俺自身も判別出来ないままウダウダと考えを廻らせながら半分上の空でも自室に戻って自分の道具と装備をちゃんと持って会場に着いていた。会場の入り口で手を振る月子と三光院達の声で我に返った。

「これより2ヶ月間の実戦演習を始める。各々奮闘を期待する。」
7会場同時の開会式を終えてチーム毎の控え室に向かった。
予選に当たる7チームで行うリーグ戦でもっとも勝利数が多いチームが本戦に出場できる。既に組み分けは決まっていて俺達と三光院兄弟チームとは本戦でしか戦えないと分かった。去年アイツと戦った時のゴーレムはかなり強かった、初めて戦った時より何倍も腕を上げていた。あいつの部屋で組み上げられたゴーレムがどこまで洗練されているか怖い半面楽しみであった。三光院が今回出してくるであろう最高傑作に思いを馳せながら俺は控え室の外で月子が着替えが終わるのを待っていた。
いや、まあ、流石に一緒に着替える訳にはな、不味いからな。
俺は廊下で手早く着替えてしまう、すばやく着替えれば見られる事は無い。実際1分も掛からずに着替え自体は済んだので月子の合図があるまで符の準備をしたりストレッチをしたりして時間を潰していた。
「勇吾君、終わったよ。」
振り返ると扉からちょこんと顔を覗かせている月子。またあの格好していると思うと少し顔が強張る。月子は気に入っているようだけどやはりその服はいただけない。
「難しい顔しているけど緊張してるの?」
「いや、そうじゃなくて…」
どう言えば良いのか言葉が上手く見つからなかった。
「なんでもない、考え事が纏まらなくて少し顔に出てたかもな。」
「そうなんだ?って!勇吾君いつの間に着替えたの!」
「ここでだけど?なんだよ?そんなに驚く事じゃないだろ?」
「勇吾君そう言う所あんまり気にしないよね、廊下で着替えてるの女の子に見られたら変態さんだと思われちゃうよ。」
…確かに人気が無いのを確認して着替えたがパンイチの所を見られるのは流石にヤバイ。月子の言葉に苦笑いしつつ試合までの時間がまだあるので一端控え室に入る事にした。控え室には居ると月子が俺の事をまじまじと見てくる、どこか変な所でもあるのか?
「初めて見るね、勇吾君のその格好。うん、凄くカッコいいよ。」
今着ているこの黒の上下のスーツは俺が特技武官になった時に百地先輩が仕立ててくれたものでデザインは礼司兄が来ているスーツと同じにして貰った。俺専用の戦闘礼装で防御面だけではなくなんと俺の成長に合わせて寸法が変わる特別製、しかも切れたり破れたりしても簡単な補修術式で治ってしまう上に洗濯機で洗えば勝手に皺まで伸びると言った便利機能付きだ。予備でもう一着欲しい所だけど値段を聞いて腰が引けてしまう、一着で新車が買えると聞かされると気軽に買える物ではない。
「勇吾君、こっち向いて。」
「なに?」
パシャ!とシャッター音がする。月子に声を掛けられて彼女のほうに振り向くと携帯電話で俺を撮っている。
「スーツ姿の勇吾君、良く撮れてるでしょ!」
自慢げに俺自身が写っている画面を見せてくる、自分の写真を見せられるのは些か気恥ずかしい。学園に来た頃はこっちの機械に驚いていた彼女も今では俺以上に使いこなしている。
「そうやって撮った写真はどうしてるんだ?」
「ある程度撮り貯めたら現像してアルバムに入れてるよ。何枚かは手紙に添えたりして姉様に送ってるの。」
この時は何気なく聞いていたが月子が送った手紙に添えられていた写真の中に紛れていた俺の写真が後に面倒な事を引き起こす自体になるのを俺はこの時まだ知らなかった。
 
 控え室のモニターには演習場の様子が映し出されていた。滞りなく進行しているようで俺達の順番も次になっていた。出番に備えて控え室を出ようとしたその時にドアがノックされると三光院達が顔を見せる。
「次だけど準備はどうだい?マイフレンド。君はやはりそのスーツで来たか月子クンはOH!エクセレンッ!何て可憐で愛くるしいんだ!」
「うわー!月ちゃん可愛い!まーくんツーショットするから撮って!」
「はいはい、撮りますよ。」
ハア…一気に喧しくなった。三人の演習は先程終わったようで既に制服に着替えていた。モニターで確認していたが流石兄弟ならではの隙の無いコンビネーションで危なげ無く勝利した。特に三光院は手の内を全く晒す事無く量産式のゴーレムで圧倒している。開始直後に三光院が大量のゴーレムを一気に生成し敵陣に突入させる。対戦相手はゴーレムの処理に手一杯になり突撃してきた五六八に各個撃破されて終了。正直相手が悪かった、対戦していたのは同じ家系で組んだ魔術師のチームで使う術式や属性もバランスが取れていたが如何せん戦い慣れていない様だった。遠・中距離主体の術式でゴーレムを処理出来てもゴーレム達を盾に接近してくる五六八を相手に出来る人員が居なかった。まあ、この学園で五六八の相手を出来る生徒がどれ程居るかと言われれば多くない。
仮に彼らに勝ち筋が有ったと言うならば初手の段階で魔力の枯渇も厭わない最大火力での面制圧…いや、正兼君のゴーレムがそれをさせない。
防御用ゴーレムを生成して耐えるだろう。本当にこのチームは隙が無いもし本戦で当たるとしたら何からの対策が必要になるな。
などと一人考察している脇で撮影会が始まっていた。
「お前ら、いい加減にしろよ。俺達もう行くからな。」
「もう一枚!もう一枚!ほら君も月子クンと並んで!」
「いいって!」
そんな写真を撮られたら恥ずかしすぎる、俺は三光院の声を無視して控え室を出ようとしたが俺の袖を引っ張るその手に動けなくなった。
「うちは撮って貰いたいな。」
袖を引っ張りながら上目使いで俺を見上げる月子、そんな目でじっと見詰られた断れるはずも無い。どこでそう言う仕草とか覚えてくるんだ?
「分かった。一枚だけだぞ、それで終了!」
渋々了承すると三光院が月子に向かって親指を立てている、それに答えるように月子も同じ仕草をしていた。ああ、なるほどお前か!
普段ならそんなに写真を撮られる事に対して緊張とかしない方だけど今日は妙に緊張してしまう。
「はい撮れたよ、マイフレンズ。勇吾クン、君面白い顔してるよ。」
そこには顔を強張らせている俺と笑顔の月子、これはあんまりな出来なのでリテイクしたい所だが時計を見ると開始時間が迫っている。悠長にしていられなくなり俺は月子の手を取って会場まで走り出す。
「遅刻して不戦敗になったらお前らの所為だからな!」
「応援してるよマイフレンド!」
俺の抗議に笑顔で手を振る三光院は後でシメめるとして急がないと本気で不味い。身体強化して全力で走れば間に合うがあまり広くない通路で手を繋ぎながら走るのは危険なので俺は月子を抱き上げる。
「ちょっと、勇吾君!」
「時間無いから我慢しろ!」
身体、感覚強化を同時に行い通路に居る生徒たちを交わしながら会場に向かうと演習場からアナウンスが聞こえている。選手の呼び出しをしている、先に俺達の対戦チームが紹介されていた、どうやら間に合いそうだ。俺は月子を抱えたまま会場に滑り込むと丁度俺達の紹介が始まったが俺は自分達がどういう状況なのか会場のどよめきで気が付く。
『おおっと、今颯爽と現れたのは今回の実戦演習の注目生徒の一人。昨年中等部実技演習主席、及び現役特技武官の兵頭勇吾!!なんとパートナーの飛び級入学を果し今学園で密かな人気を博している美少女、白銀月子をお姫様抱っこして登場だ!!試合前から魅せてくれます!!会場のどよめきが納まらない!!』

…やってしまいました。俺の頬を思いっきりつねり中の月子が涙目で無言の抗議を俺に向けている。何も言わず月子を降ろす、恐る恐る月子さんの顔を窺うと以外にも怒っていない。
「月子、本当にごめん。恥ずかしい想いさせちゃって…」
「恥ずかしかったけど…別に嫌じゃなかったから…」
…少々気まずい、逆に怒ってくれた方が俺として助かるのにそんな風に言われるとどう答えればいいか分からない。お互い無言のまま立ち尽くして居ると向こうのチームの一人が会場の中央に歩いてくる。開始前の挨拶をしないといけない俺も急いで走り寄るとそこに居たのは高等部2年生で陰陽術をベースにした術を使う田宮先輩が戦闘礼装を纏って立っている。少しイラついている様子だ。
「随分余裕なんだな、俺達程度ならいちゃつきながらでも倒せるってか?相変わらずムカツク奴だ。」
「まさか、余裕が無いからこんな事態なんですよ。でもまあ、負けるつもりは無いですよ、後いちゃついてないですから!」
田宮先輩は俺が中等部2年生の時に対戦した以来になる。割りと堅実な戦い方をする人で式神を召喚して合間合間に遠距離攻撃で削りに来る。
今回も同様の作戦で来るだろう、彼の脇に居る生徒達も同じ流派の人達で固めている。さてと、どうしたものかな?相手が出してくる式神の質が高ければ少し厄介だけど大量召喚による物量作戦であれば俺と月子の突破力で割りと簡単に片が着きそうだ。

月子の元に戻ると彼女の顔が少し優れないのが気になった。
「何だ今更緊張してきたのか?」
俺の言葉に少しむっとした顔をしながら俺を見る。
「なんか大勢の人に見られてると思うとちょっとだけ緊張しただけ。」
「ほら見ろ、そんな格好してるから目立つんだ。…じゃなくって普段も可愛いから別に気にすんな、俺が言うのだから間違いない。」
俯いてしまった彼女にどう声を掛ければいいか悩んだ末に訳の分からない事を言う始末の俺を見て思わず噴出す月子。
「変な勇吾君、そっか可愛いと思ってくれてるのね。」
「いや、その、あくまで一般論で俺がどうとかではないくてな…」
しどろもどろに言葉を返すが月子は笑っている、彼女の強張った気配が和らいで行きいつもどうりになっていく。
「大丈夫、俺と月子なら負ける相手じゃない。」
俺は月子に向かって拳を向ける。
「うん、勇吾君とならうちは負けない。」
「ああ、月子は俺が守る。」
お互いの拳を軽くぶつけ合い対戦チームに向かい合う。
後は開始の合図を待つだけだ。すると月子が俺の袖口をそっと掴み俺だけに聞こえる小さな声で呟く。
「ねえ勇吾君、うちは守られてるだけのお姫様じゃないよ。君の背中を守って一緒に戦える。だから、この試合の後ちゃんとお話しよ。」
月子のその言葉に俺は護衛官として彼女の傍に居る事が知られていると直感した。
「いつから?」
俺はなるべく平静を装って聞き返した。すると月子は笑いながら俺にこう言った。
「勇吾君は寝言のほうが素直だもん。」
俺は顔に手をやり天を仰ぐ、己の未熟さに落ち込む。
寝言でバレるってどうしょうもない。
「分かった、ちゃんと話すよ。…月子。」
「うん。」
「お前を守りたいって気持ちは護衛抜きでも変わらないからな。」
これだけは言っておきたかった。
さあ、ここからは対戦相手に集中しよう。
たとえこの後月子の護衛役を解任されたとしても俺は彼女を守ると決めている。どんな事があっても。
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