もう会えないの

うた子

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連れて来て欲しかった

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幼い頃から、いつも父の逆鱗に触れる度に外にほおり出されていた夜、寒くて悲しくて、泣きながら私が抱きしめたあのぬくもりは?

あの、私の大切な大切な、幼い私の心を支え続けて来てくれた、あのマメシバはどこ?

父は、マメシバは置いてきた、鎖と首輪は外して来た、と、それだけ告げた。

それは本当なのだろうか?
私たちが帰って来ない間に、あのマメシバはもしかしたら既に死んでしまっていたのではないだろうか?
既に白内障と大きな病を患っていた、老犬であった。
その、寿命も間近であっただろうマメシバのことを想うと、私は涙が出た。

どうして、どうして、どうしてなの。
全部、何もかも、どうしてなの。
なんでこんなに何もかも失うの。
なんでなの。
誰を、何を、責めたらいいの。
どうやって、涙を止めたらいいの。

「なんで、どうして、連れて来てくれなかったの!」

私は、放射能の値の高い、危険な町に数か月も戻り、命や健康に関わるような過酷な状況下で原発をなんとかする為に、日々を精一杯こなして来ていたであろう父に対して、つい、そのような言葉を投げつけてしまった。

父は何も答えず黙り込むと、部屋の中にスピッツを抱いたまま入り、すぐにコタツでお酒を飲みだした。

本当に父の言う通り、マメシバはまだ生きていて、鎖と首輪を外した状態で父が家を去ったのだとしたら。

あのマメシバはこれからどうやって生きていけば良いのだろう。

私たちのことを探すのではないだろうか。
長い時間共に暮らして来たのだ。
たくさんの思い出があるのだ。
いつも私たちの後を着いて来たのだ。
大事な大事な家族の一員だったのだ。

そんな気持ちをずっと胸に抱えて生きていた。
さすがにもう死んでしまっているとは思う。
別れてから、あまりにも長い年月が経った。
原発事故のあった時点で、15歳をとっくに超えていた。

でも看取ることが出来なかった、その後悔の念が、今でもとても強く残っている。



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