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歌ってみた動画①

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次の日の朝。

朝ごはんを食べ、ごみ出しをし、夫を仕事に送り出した後、コーヒーでも飲もうかな、そんなことを思っていたその時。
そうだった。

私、アップしちゃったんだ。歌ってみた動画。

どうなっただろう。急に緊張感がおそってきた。

おそるおそる確認してみると、コメント1件。
コメント1件!?
少なくとも一人は見てるんだ、この動画。

「UG:男性の歌声じゃないので新鮮でした」

最初は意味が理解できなかった。私を男だと思ったのかな?いや、違う違う。そうだった。男性ボーカルの曲を歌ったんだった。慌て過ぎだ。落ち着かないと。コメントじゃなくて、視聴回数を確認すれば見てくれた数もわかるんだ。

視聴回数は7回。

UGさんか。剛田牛男さんかな?有名な剛田商店の跡取り息子にも匹敵するパワーネームじゃないか。そんな益荒男がコメントをくれるなんて心強いな、なんてくだらないことを考えながら初めてのコメントを何度も眺めた。

コメントをくれた人の名前も強そうだし、視聴回数もラッキーセブン。よかった。よかった。ホッした。

コメントをくれた人の名前は、そもそもイニシャルかどうかもわからないし、視聴回数も一桁。ホッとした本当の理由は、悪目立ちしたりせず、無難にその他大勢に埋もれられたのだという安堵感だ。

コーヒーでも飲むか。

落ち着きを取り戻しながら、少し冷静になった頭で考えてみた。コメント、なんでくれたんだろう。

剛田牛男さんはきっと律儀な人で、誰にでもコメントを残す人なのかな。悪いコメントではない気がするが、褒めているかといえば、どうなのだろう。男性ボーカルの曲だけど、女性が歌ってるんだ、ふーん、って思った感想を大人が文章にすると「男性の歌声じゃないので新鮮でした」かな。

ファン、ではないか。

このコメントで剛田牛男さんは、私マミ~のファンだわ!なんて勘違いしたら剛田牛男さんを軽く見過ぎだろう。剛田牛男だぞ、軽いわけない。絶対重い。


そうだ。アップしたこと紀典にメールで伝えてみようかな。

「ついに歌ってみた動画アップしちゃった。これがリンク先。暇なときに見てみて。感想お待ちしています!」

もしも叩くようなコメントが来ていたら、紀典にも伝えずに静かにフェイドアウトしてマミ~の歌ってみた動画はひっそりと終わっていたんだろうな。

さぁ家事でもするか。

洗濯機を回している間に掃除機をかけておこう。

洗濯機と掃除機の聞き慣れたうるさい音の中から、スマホの着信音が聞こえてきた。紀典から電話だ。なんだろう。歌ってみた動画だめだったのかな?怒られる?そう思いながら真美は電話に出た。

「もしもし」
「よかったよ、動画。やっぱり上手いよ歌。俺が何度も見て再生数二桁にしておいたから。コメントも来てたね。ゆうじって言うんじゃない?あの人の名前。まあいいや。仕事中だからまたね。」

紀典は早口で言って、一方的に電話を切った。

ゆうじ?誰?コメント?
UGか。

なるほど!UGさんをゆうじさんだと紀典は推測したのだ。確かにその可能性のほうが高そう。少なくとも剛田牛男よりは。真美もゆうじ説に乗っかることにした。

紀典は私の動画を褒めてくれた。でも紀典をファンと呼ぶのも、また違う気がする。
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