怪盗デュークとへっぽこ探偵

ひまたろう

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3章 砂漠の王子と砂のティアラ

56.俺と結婚してほしい

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「みんな、助けが来たから彼の指示通り甲板に上がろう!」

 黒い男性に僕らは助けられた。しかし、怯えてしまって誰も動かない。
 縮こまる面々に向けて、僕は呼びかける。この護衛が呼びかけても、彼の空気ではまるで順々に処刑していきそうな雰囲気を持っているため、無害そうな僕が代表したというわけだ。しかし、それでもなお誰も従わない。
 怯えた様子で、ただこちらを凝視する。

「うーん、何が何やら分からない状況で、どうすればいいのか迷ってるっぽいにぇ」
「そうだね、僕らは流れを知っているけれど、経緯を知らない彼らからすれば何を信じていいのか分からないと思う」

 護衛はとんでもない凄腕なのか、一切傷をつけずに見張り達をノックアウトさせていた。通常殺さず無力化というのは殺す以上に厄介なものなのに、それを気絶という形で達成させている。あの王子は最強と言っていたが、確かにこれは優秀だ。

「甲板に上がった子には、王子をめぐる僕とエスーの恋の話を聞かせるよ!!さあおいで!!」
「!!」

 その話は気になるようで、目を輝かせて僕の後ろに殺到した。そしてカルガモの親子のように、僕を先頭にしてみんなが一列についてくる。そして梯子を上がり、上には太陽があった。

 周辺に、船は無い。トゥルニテという護衛は小舟で来たのだろうか。

「ううん、俺は空気を一瞬だけ固められる。それを足場に、ここまで走ってきた」

 空気を一瞬だけ固める?随分地味な能力だな。けれど彼のように身軽なものが使えば非常に強力な武器になるのだろう。

「そうでもしないと、船が接近すると警戒されますもんね」
「うん、このエリアは小島が多い。殿下のいる船は隠れながらこっち進んでる」
「あ、そうか。エスー、鎮圧完了って王子様に伝えてくれると嬉しいな」

 エスーは、倒れている護衛達を見て腹いせなのかちょっと蹴りを入れていた。
 エスーが船の状況を伝えているその間、僕とエスーをめぐる恋の捏造話を適当に集まった面々に聞かせ、緊張を緩和していく。途中僕とエスーが王子をめぐって相撲をし始めるくだりを適当に捏造したら、流石にエスーから膝蹴りを食らった。

 やがて砂漠の国・ジュピティアの王家の紋が刻まれた、大きな船が一隻やってくる。その先頭には、灰色の髪をドレッドヘアーにした、褐色肌の青年が立っていた。一目でわかる。特段容姿が整っているというわけでないが、そのワイルドさからカリスマ性がにじみ出ているのだ。彼が第5王子だろう。20代後半だろうに、その貫禄は流石王族というべきところか。

「よお、お疲れトゥルニテ。今回も見事な仕事ぶりだったなぁ!さて、そこの金髪のイケメンが古風な訛りの語尾を使ってた念話使いか?」
「一体僕のどこに『にぇ』って言いそうな要素が・・・?」

 護衛のトゥルニテの隣にいたために勘違いされたのだろう。けれど、事情を把握しているものとして、僕とエスーが前に出た。

「ふむ、ゆっくり話をしたいところだが、まずは密輸人共の捕縛だなぁ。トゥルニテの奴、絶対縄持って行かねえから俺たちがやる必要あんだよな。よし、お前ら、かかれ」

 指示を聞き、大船からは人がわらわらとこちらへ乗り込んでくる。船と船の間に橋が二本かかり、それを渡って僕たち商品は移動した。彼らが助けに来た味方側であることを知ると、囚われの面々は喜びで静かに泣いていた。

「あの、僕たちはこの後どうすればいいんですか?」
「あー・・・。すぐに国に返してやりたいんだけどなぁ。こっちにも事情があってな。お前らはうちの国に留まることになるかな」

 それを聞いて、すぐに家族のもとへ帰りたい子たちは落ち込む。けれど、家に帰ること自体は出来ると分かり、それほど空気が落ちることは無かった。
 僕とエスーは囚われ勢の代表として、船の中の王子に別室に誘導されるものの、エスーは他の子たちを見ていたいとのことで、僕一人で行くことになった。

 船の中にしては豪奢な部屋だ。室内には第5王子と黒い護衛がいた。

「この度は救援誠にありがとうございました」
「お前ら災難だったな。俺たちが近くにいて本当に良かったぜ。まあ座ってくれ」

 王子は正面の椅子を僕に勧める。けれど、僕はためらった。

「ん?どした?」
「・・・殿下はαですよね?」
「そりゃな。王族は大抵αだな」

 さて、ここ数年の出来事を経て、僕の中には大変差別心が生まれていた。そう、男性のα全般が怖いのだ。首根っこを掴まれてベッドに押し付けられ、強引に性交され。散々犯されては子供を産まされ。女性が好きだからと丁重に断っているのに絶対あきらめない男性たち。
 最近は道行く一般の男性にすら思わずびっくりしてしまうレベルだ。

 目の前のα達に僕は大いに警戒する。

「まあ・・・、お前らは性奴隷の用途に運ばれてたからな。そりゃαが怖いのも当然だ。ただ安心しろ、俺の婚約者は女性だから男には興味ねえし、こっちの護衛はαじゃねえし」
「αじゃない?」
「ああ、第二性は無性なんだとよ。最初は俺も疑ってかかったが、どうやら本当らしい。Ωの発情フェロモンを直に受けても全く変わらないんだ。βですら至近距離なら多少は反応するのに」

 護衛のトゥルニテはこくんと頷く。驚いた、本当に嘘は言っていないらしい。

「だから悪いんだけど、女の体でしか興奮できねえから、俺は」
「ふ、ふふふ、面白い人ですね殿下は。いろんなαを見てきましたけれど、女性の裸に興奮するαを僕は初めてみました」
「普通だろうが!?え、なに、お前どういう人生歩んできたの!?」

 コホンと、王子は咳払いする。僕は着席し、王子の前に位置どった。

「実はだな、お前に頼みがあってこの場に呼んだ」
「頼み?」
「まず前提として、お前達囚われの者を俺たち国側が返す義理がない。俺個人としては返してやりたくとも、ケチなこの国がわざわざ身銭切って送り返す理由がないんだ。この付近にたむろう賊は『無国籍』っつー扱いになっちまってるからな。だから囚われた人間の母国側が引き取りに来るのが筋っつってな。けれど、お前が条件を呑んでくれたら、こちらから船を出すことを保証するよ」

 立場は圧倒的に王子が上だ。彼が簡単に脅せば、取引以前に僕は是というしかないだろうに。誠実な人間なのだろうと推測する。

「それで取引内容なんだがな。俺と結婚してほしい」
「船から僕を下ろしてください。あ、小舟は借りていいですか?」
「待て待て待て待て」

 離席して場を離れようとする僕を、王子は腕を掴んで止める。一方の護衛は正直興味が無いのか、ぼーっと空中を眺めていた。

「偽装結婚だ偽装結婚。夫婦のフリをしてほしいんだ!」
「偽装結婚!?殿下、偽装結婚ってなんだかご存じですか!?」
「え、なに?知ってるけど一応聞くわ」
「古今東西、偽装結婚というのは馴れ初めの最初手。他人の目を誤魔化すという名目はいつしか二人を本物の婚姻に導く!言ってくださいよ、偽装結婚から始まってそのまま本当に偽装で終わったカップルがいるのなら教えてくださいよこの僕に!!言えるものならば!!」
「たぶんそれフィクションの世界だろ!?」

 しまった、僕が囚われの面々のサポートに行って、エスーをこっちに持ってくるべきだった。一回エスーを呼ぼうとした僕を、王子は止める。

「どのみちあいつは幼いから適任があんたしかいないんだ」
「エスー君は20歳です。れっきとした成人済みの雄です」
「その情報の真偽はともかく、見た目が若すぎる。偽装には流石に向かない。同様に、他の囚われの面々も流石に若いんだ。美貌、Ω、年齢。適任者は俺も散々探したが、アンタを越える逸材がいなかった」

 まずは落ち着いて情報を聞こうということで、再び着席する。

「最初にこの写真を見てほしい」

 見せられたのは一枚の写真。女性が映っている。白黒のため実際の色合いは分からないけれど、ふちのない眼鏡を付けており、とても可憐な女性が砂漠の民族衣装を着ていた。

「とても綺麗な女性ですね」
「ふふ、そうだろうそうだろう。俺の恋人なんだ。実は平民の女性なんだが、俺の運命の番でな。お忍びで俺がこっそり会いに行っている状況なんだ」

 とてもロマンチックな話だ。王子と平民の運命。

「けれど、身分差というのはかなり厄介な障害では?」
「話が早い。そう、俺たちの交際は世間どころか他王族にも内密にしている。何故なら、王族の権威を落とそうと目論んでいる奴が王宮内にはいるからだ。実際に王位に近かったとされる第4王子は暗殺未遂を受け、人間不信で部屋から出られなくなった。俺も、この護衛のトゥルニテがいなければ今頃とうに殺されていただろう」

 運命の番を公表したが最後、王位争いに巻き込まれて人質に取られる可能性は十分に高い。ゆえに、恋人という関係よりも先に進めないまま、悶々としている日々が続いた。

「そんな折、王から俺に命令が下ってな。貴族との関係強化のため、侯爵家の男のΩと結婚しろと命令が下ったんだ」
「嫌ですよね。すでに相手がいるのに、それは」
「そう、そうなんだよ。だから、時間が欲しい。俺は身分にこだわっていない、だから平民になろうと愛した女と一緒になれるならそれでいい。そこで、後腐れなく一緒に時間を稼いでくれる人物を探していたんだ」

 なるほど、大体事情は分かった。けれど、貴族とのコネクションを求めて婚姻を進めようとしているのに、そこに僕が割って入ってどうなるというのだ。

「あんた、名探偵シアンだろ?あの大国・ユーロイス帝国を代表する探偵。曰く、権力者ともコネクションが強いと聞く」
「権力者ってミハエル君のことかな・・・?いえ、新聞が勝手に騒いでるだけで、僕自身は別に」
「けれどそんな細かい真実なんて、こんな離れた国には分からない。あんたが帝国を代表する有名人、それだけで貴族連中とは優に渡り合える。頼む、力を貸してくれ。あんたの身の安全は、ここにいる最強の護衛のトゥルニテが絶対に保証する」

 僕は護衛をちらっとみる。暇そうなのか呑気にあくびをしていた。しまらない護衛の様子に、王子は肘で彼を小突く。

「期間を伺っても?」
「一か月。どのみちあんたらはすぐには出航できないからそれくらいはかかる」
「一か月、分かりました。それくらいかかるのは仕方ないとはいえ、僕も国に残している子供たちが心配だな」
「え?あんた子供いるのかい?チョーカー着けてるけど」
「四児の父です」

 子供がいるのが驚きだったのだろう、王子だけでなく護衛も驚きの顔でこちらを見ていた。「父じゃなくて母だろうな」「うん、面倒なプライドから父って言ったねあれ」と余計な会話が聞こえた。

「するとつがいもいるということか。そりゃ申し訳ないな」
「いえ、子供はいますが番はいませんので気にしないでください」
「ああ、さっきのαの話で、なんかよくない流れの空気だったからな。あんまり深堀はしないでおくよ。すると、周辺の人間への連絡は不要でいいのか?よかったら事情説明だけ、こちらの情報網使って伝えられないことも無いぞ?」

 僕は立ち上がろうとする王子の腕をつかむ。そう、それは思いっきりだ。
 僕がいないと体調不良になるディアさん、僕がいないと心身をすり減らすミハエル、僕がいないと強硬手段を取り始めるアルトさんなど僕がいないことへの懸念点は多いものの、それより僕は夜間に強姦されない安全な空間を欲していた。

「やめてくださいやめてください!僕は子供のことは心配だけれど、あの場にいる男たちにはもう懲り懲りなんです!伝えたが最後、彼らはここまで追ってくる!!そして僕を苗床扱いするんだ!!」
「わかったわかった、連絡もしないから離してくれ!!なんかもう、こんな闇深い奴と結託して、本当に大丈夫か?これ」

 咳払いして、話題を切り替える。王子は指を組み、真剣な表情を向けてきた。

「俺から提示できるのは、囚われの面々の帰宅の保証、そしてお前の望みを一つだけ叶えよう」
「僕の望みを・・・」

 王子は護衛にも「それでいいよな?」と確認を取るが、立ったままうたた寝していた。
 そんなこんなで、砂漠の国での僕の偽装結婚生活が始まろうとしていた。

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