怪盗デュークとへっぽこ探偵

ひまたろう

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3章 砂漠の王子と砂のティアラ

57.嫁としての責務を果たします

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 王子の住まいは王宮から離れた別邸。
 船から砂漠の国に上陸した僕たちは、滞在するエスーたちとは別行動で、宿での泊りを挟みながら別邸に向かう。空気がとても乾燥しており、ユーロイスとは環境が全然違うことを肌で感じていた。

 さて、別邸とはいえ、さすがは王族。玄関のアーチには幾何学模様アラベスクが刻まれており、案内された中庭パティオには、噴水のようなものまである。エリアによって建築スタイルがやや異なるようで、住居エリアには日干し煉瓦が使用され、異国情緒漂う空間が広がっていた。

 この建物に足を踏み入れた途端、僕の扱いは王子の隠し婚約者となった。

 乗ってきた船の中には、この国の民たちが着るひらひらの民族衣装があり、僕はなじむためにスーツを脱いでこちらを着用している。王子の髪色に合わせ、僕の服はグレーだ。一枚の布で上下を覆う形になるが、上半身部分は詰襟で、胴周りに装飾紐を何本も巻いている。そしてその下は女性でいうフレアスカートのように下に行くにつれて広がっていて、その下にズボンを履く。靴はサンダル。

「おーおー似合うじゃねえか。とても初めて着たとは思えねえぜ。一応ユーロイス帝国出身で、俺とは遠距離恋愛していたっていう設定だから、その通りに動いてくれや」
「うん、似合ってる。自信を持って良いよ金髪」

 二人からのお墨付きももらい、僕は王子の三歩後ろをついていく。ところで護衛のトゥルニテは僕のことを金髪って呼ぶのはなぜなのだ。ひょっとして名前を覚えられないタイプなのだろうか。

「嫁の振る舞い以外で、基本的にお前にやってもらいたいことはねえよ。ここでゆっくりくつろいでいてくれればいい。ただ、公式の場には一緒に出てもらうがな。あんたはこの国の言葉、わかるかい?」
「はい、大丈夫です。僕は探偵ですから色んな言語を習得していますから」
「さすが。じゃあ、最初の出番まで、ちょっと情報のすり合わせと行こうか。婚約者っていう設定なのに互いのことまだまだ知らねえからな」

 王子の部屋に誘導され、置いてあった椅子に僕らは座った。護衛はまたドアの前でうとうとしていた。

「ああ、あいつは元暗殺者らしくて夜型だそうだ。代わりに夜間はきっちり意識を覚醒しているから、気にしないでくれ。あれで一日の睡眠をとってるらしい」

 立ったままのうとうとで一日の睡眠を取るってどういうスペックだ。世界は広いなあ。

「お互いの情報の交換ですけれど、僕よりも殿下中心のほうがいいですよね。僕は故郷が遠いので咄嗟に嘘をついても矛盾がばれませんから」
「そうだな。まずはプロフィールからいこう。俺は・・・」

 そこから王子による簡単な自己紹介、好きな食べ物、兄弟構成と各兄弟たちへの感情といった、婚約者として必須情報を頭に叩き込んでいく。

「さて、俺とお前の出会いは5年前からということにしよう。あんたはこの国は初めてか?」
「初めてです。ただ、この国の言語は習得しているので『僕が前にこの国に訪れた時に恋に落ちて、そこから僕は恋心で言語を習得し、今は国を越えて文通している』みたいな設定はいかがでしょうか」

 僕がこの国に来てない証拠など、この砂漠の人たちには分かるまい。殿下もそれがいいとうなずいた。言語を知っていたおかげで自然なストーリーが出来上がったのは大きい。

「さて、次は俺の能力だ。俺の能力は自分や対象の周囲の振動に少しだけ干渉することができる能力だ。・・・まあ、有体に言えば遠くの音が感知出来たり、すごく声が大きくなる能力だな」

 王子は恥ずかしそうに言う。

「振動感知?念話では探索って言ってませんでした?」
「例えば喋った人間がいたら、空気の震えの有無が分かるんだ。つまり、1kmなら呼吸の音が分かるっつーわけよ」
「え?つまり盗聴もし放題では?」
「あー・・・距離が遠いとそこまで繊細なことは出来ねえ。言語の相性次第かな。周辺の温度や湿度、建物の状況によっても変わるから、まあ拾える言語と拾えない言語があると思ってくれればいい」

 汎用性がありそうな・・・なさそうな・・・難しい能力だと思う。彼は王子ということもあって、念のために自分の能力を底があるように見せている可能性も高いだろう。けれども嘘は拾えなかった。今度は僕の能力を話すと、驚いた顔をした。

「真偽眼?すげえな、政治でも裁判でも腹の探り合いで最強の能力じゃねえか」

 褒め上手の王子だと思う。それを知らないにも関わらず僕に嘘をついていなかったこと。この王子は信用していいと思う。

「さて、次に打ち合わせることだけどな・・・」

 王子が次の話題にしようとしたと同時に、護衛のトゥルニテが片手を上げた。視線は廊下に向けている。やがてコンコンとノックの音が部屋に響いた。

「入れ」

 使用人の格好をした青年が室内に入り、片膝をついて書簡を王子に手渡す。王子はすぐに紐を解き、小さく舌打ちした。

「なにかあったんですか?」
「王である父から登城命令が下った。俺が見合いを毎度毎度躱すせいで、逃げられねぇよう突発的に開きやがったな。着いてそうそう悪いな、シアン。早速戦いだ」




 目の前に異国の建築。
 僕は探偵故に他国から呼ばれることがたまにあるものの、基本的にユーロイスから出ることは無い。事件の多いあの町では、探さずとも事件は警察経由で降ってくるのだ。
 故に、異国の、それも遠く離れた文化の建築に僕は目を丸くしていた。僕の国のユーロイスではよく白を基調とした石に天使や女神の彫りがなされた建物があるが、この国の王城は小麦色で、とてもシンプルだった。
 けれど中はこれでもかというほど装飾がされており、絨毯が敷かれている。

 僕は王子のエスコートを受け、緊張した面持ちで歩みを進めていた。この国では男性の装飾はあまりこだわらないようで、僕の衣服自体は先程とは変わらなかった。けれど装飾はこだわりがあり、頭や腕、首回り、あちらこちらに金の細かな装飾を付けていて、まるで一国の姫君のような気分になる。

「緊張すんなよ。ほら、すれ違う貴族や使用人たちが、アンタを見て固まってる。容姿は抜群なんだ、それこそ一国の姫君よりもずっとな。自信を持て」

 なんとも口がうまい男だ。僕は緊張を気取られないように背筋を伸ばして歩く。
 やがて、王の座す広間に辿り着く。

「・・・よく来たナースィル。さて、驚きの登場であるが、話を聞こうか?」

 正面には白髪にひげを蓄えた男性が座っていた。隣にはチョーカーを付けた可憐なΩの男性。おそらく彼が、本当なら今日は王子の婚約者として紹介されるはずだった男性だろう。僕を見て、驚きの余り口をあけて体を震わせていた。そして両脇には彼の兄弟を思われる面々が並んでいる。

 全員が、僕を見ていた。

「こちら、私が長年恋焦がれ、婚約を考えている青年でございます」

 僕はナースィルの、こちらを紹介する手の動きに合わせて半歩前に出て、お辞儀をする。金属の装飾が僕の動きにつられてシャラ・・・と音を鳴らせた。国王の発言の許可なしに僕は喋ることが出来ず、それだけするとすぐにまた半歩後ろに下がった。

「ほお・・・。いや、あまりの美貌に思わず呆けてしまったよ。なるほど、色恋の話の無いお前にはすでに意中の相手がいたと」
「左様でございます」

『やったな、あんたの容姿があまりにとびぬけてるおかげで、この場の全員言葉を失ってるぜ』
 ナースィルは僕に耳打ちする。

 さて、以前マーケナス島に向かう最中にて、僕とミハエルが偽装夫婦をしたことがあった。あの時は「偽装夫婦なんて、普通は疑わない」と僕は発言した。しかし、今回はタイミングがタイミングのせいでやや疑いの眼が集まっているように思う。

「シアン。そんな名をこの国で聞いたことがありません。陛下、そのような馬の骨を認めるのですか」
「そうだな、それを今から我々で測るとしよう。シアンよ、発言を認める」

 兄弟らしきうちの一人が苦言を呈する。おそらく、この王も内心では同じ意見だろう。有力貴族と婚姻させて国の基盤を固める予定が、ポッと出の人間に取られるのは都合が悪い。
 故に、僕の発言を認めるが、けれど僕は相手が何を言っているか分からずに何も喋られない算段だ。言語の壁という形で僕らの婚姻を反対するつもりだろう。

「ありがとうございます。僕はシアン。遠いユーロイスから来ました。かつてこの国に来た時に殿下と出会い、そこから文通を通して親睦を深めておりました」

 言語は流暢であると、すでに殿下からお墨付きをもらっている。故に、王もまさか通じるとは思わずに、逆に「ほぉ・・・」と感嘆の声を漏らす。よし、まずは第一関門突破だ。

「綺麗な発音だ。さぞ苦労したのではないかね?」
「ええ、けれど愛のなせる業です。もとよりこのジュピティアには以前から深い興味を抱いていました。特に文化が大変好ましく思っております」

 興味を抱いていたのは本当であるが、大事なのは国への好感を表したことである。自分の国を好きと言われて悪い気になるものはいない。現に王の空気は軟化していっている。

 けれど、兄弟たちからの視線は険しいままだ。おかしいな、王候補が馬の骨を連れてきたのなら、これ幸いとするはずだ。それだけ玉座から遠ざかるのだから。

 これまであらゆる犯罪者と相対してきた探偵の僕だからわかる。目つきはこちらを探る類の視線。つまり、僕が他国の貴賓であると疑っている。もし僕がユーロイスの大貴族だった場合、この砂漠の国との大きなつながりが生まれる。けれど、他国の情報を積極的に取り入れたがらないこの国では、第5王子がどういう意図で僕を持ってきたのか意図を図りかねているのだ。

 つまり、国益は確かにあるけれど、玉座に近づけるほどではないと思わせること。それが僕の仕事だ。

「僕はユーロイスでは身分はございませんが、探偵を生業としております。警察と契約を結んでおり、友人には貴族が多々おりますが、僕個人はただの一般市民にございます」
「そう、彼は帝国どころか大陸にその名をとどろかせる名探偵です。このように大陸の複数の言語も習得している。私はあまり頭を使うことが得意ではない、けれど彼なら私を支えることが出来る。この度はそんな優秀な彼との婚姻を認めていただきたく、この場にはせ参じた次第です」

 身分は無い。けれど、国外の国とは、交渉するうえで非常に優秀なカードとなり得る。他国を嫌うこの国も、最近は外国の文化を取り入れるべきだという風潮が流れ始めている。現に、他国の情勢に詳しい貴族は、ちらほら僕のことを知っているというリアクションをしていた。

「・・・すぐに答えはだせん。しばし待つと良い」
「ありがとうございます」

 王の隣にいるΩの男性は、着飾っているにもかかわらず紹介の場を破棄され、羞恥で顔が赤くなっていた。そして憎悪の表情でこちらを睨む。
 悪いが、この王子は女性が好きといった。女性が好きな男性に、僕は味方をすることに決めたのだ。恨むなら、僕を男性α恐怖症にさせた狂人たちを恨んでほしい。

 僕のキッとした顔に、Ωの男性はたじろぐのだった。
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