その角はやわらかな

鹿ノ杜

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 翌日、ナガトは教室に姿を現した。朝のホームルームが始まる直前、教室の後ろの扉から静かに入ってきて、立ち話をしている女子の間を通り、ふざけ合う男子を面倒そうに避け、私の隣の自席に向かった。珍しく、私と目が合った。
 おはよう、と自席に着いたナガトに声をかけた。当然、無視された。千秋が前の席から驚いた表情で私を見た。教室の至るところからこちらに、というよりナガトに視線が向けられ、小さな声で話が交わされていたが、私にはそれらがすべて聞こえていた。気分が悪くなった。
 葉月先生が入ってくると声はぴたりとやんだ。先生はナガトや教室の様子を気にすることもなく、たんたんと連絡事項を読み上げた。
 その後は特に変わったこともなく、何事もないまま一日が終わるように思えた。しかし、そう思ったのが悪かったのか、午後の授業もすべて終わった後でそれが起きた。
 帰り支度を始めるクラスメイトをかき分けて、伊野たちがナガトの席までやってきた。
「久しぶりだな、吉澤永斗。元気だったか?」と伊野が言った。友好的な響きはまるでなかった。
 千秋が私の手を取った。
「関わらないでおこう。無視だよ」
 私の手をぐいぐい引いて、痛いくらいだった(そうか、こういうとき、人は関わりを絶とうとするんだな)。
「お前、両親がいないんだって? いいよな、学校さぼっても怒られなくて」と伊野が続けた。お前っていつも何やってんの? と周りの男子たちも口々にはやし立てた。ナガトは表情を変えなかった。いつもの無表情だった。顔こそ伊野の方に向けていたが、伊野を見ているようでもなかった。何も見ていないのかもしれなかった。
「聞いてんのかよ」
 伊野がひと際大きな声をあげた。ナガトがあまりにも無反応だから、一人でヒートアップしているようだった。
 いつの間にか教室には人が少なくなっていた。理沙とかすみも私のそばまでやってきて、心配そうな表情で私を見つめた。
「ほら、もう行こうよ」
 理沙がささやいた。そうだね、と言って私は鞄を手に取った。そのまま教室の出入り口に向かおうとして、もう一度だけナガトを見た。ナガトはあいかわらず、どこも見ていなかった。
「なあ、お前のこと、教えてくれよ」
 そう言って、伊野は一人で大きく笑った。周りの男子たちは戸惑っているようにも見えたが、それでもまだ賛同するように笑い声をあげた。
「あなた、両親はいる?」
 私の声がした。私が伊野に向けて発した声だった。
「は?」
 外野からの急な問いに伊野は困惑して言葉をなくしたようだった。いつまでも答えないからもう一度言った。
「両親はいるかって聞いてんの」
「……いるけど」
「じゃあ私たちのことは一生わからないよ」
 私が言い捨てると、三人がかりで廊下まで引っ張られ、私たちはそのまま教室を離れた。
「もう、なんであんなこと言うの?」と千秋が泣きそうな顔をした。
「ごめん、なんでだろうね」
「ああいうときは巻き込まれないように、さっさと逃げるのが正解だって」
 理沙が私の肩に手を置いた。
「私、今日はもう部活行く気分じゃないな。ねえ、どっか遊びに行こうよ」
「いいね、かすみも行く?」
「そうだね、行こっかな」
 じゃあ、どこ行こうか、と言い合う三人の声が廊下に響いた。
「ねえ、モリカはどこか行きたいところ、ある?」
 千秋に言われて、そうか、私は逃げたんだな、と実感した。
 予想はしていたがナガトは翌日の学校に来なかった。私たちの教室では生徒一人、増えても増えなくても変わりなく時間が進んでいった。
「せっかく来たのにね」
 昼休み、かすみがぽつりと言った。彼女はナガトの席を見ていた。教室内は静かだった。伊野たちが騒ぐこともなかった。クラスメイトたちの密やかな会話の中で私たちは静かに昼食を終えた。窓の外は梅雨空で今にも雨が降り出しそうだった。まちは暗く、教室は電灯の明かりだけでその明るさを保っていた。
 午後の授業が始まる前になって、私は千秋に頼みごとをした。
「ちょっと体調が悪くなったから帰るって先生に言っておいて。次の授業って現代文の葉月先生だったよね」
 千秋は目を丸くして、でも何か言う前に私は教室を飛び出した。昇降口から外に出ると冷たく湿った風が吹きつけてきた。
 私はまた、ナガトの家がある駅に降り立った。まずは東口の市立図書館に足を向けた。建物に入ると空調の温かさを感じた。一階は保育園、二階と三階が図書館、四階が公民館になっていた。隅々まで明るかった。
 エントランスを抜け、階段を上がると大きく設けられている閲覧コーナーが特徴的な、広々とした図書館があった。平日にも関わらず、多くの人がいた。よっこいしょ、と言いながら階段をのぼっていく高齢女性のグループ。絵本を抱きかかえて、貸出カウンターに進む子どもとその母親。「これはのみのぴこ」「スイミー」「カーニヴァル」「ふたりはともだち」そんなに借りるの? と母親が言う。五歳くらいの女の子は表紙を見比べてから、全部借りる、と言い張る。新聞を広げたままうたた寝をする高齢の男性。しみが目立つ小さな手。風で揺れる枯れ木の枝のきしみのようなかすかないびき。
 ナガトはいなかった。
 図書館を出て、今度は西口に向かった。途中、駅のコンコースにある自販機で温かい飲み物を買った。小さなペットボトルの紅茶花伝と缶のコーンスープをスカートのポケットに突っ込んだ。小さな熱のかたまりが私の太ももの側面に触れた。
 スーパーに入り、外階段をのぼっていった。段ボールが二日前と同じように転がっていたから、それらを踏みつぶして進んだ。屋上と外階段を隔てる格子扉の前まで来て、扉のすき間から屋上をのぞき込んだ。室外機やダクト、配管といった無機質な装置がいくつも並んでいた。
 扉は私の背よりもだいぶ高く、二メートル以上はあった。私は少し後ろに下がってから勢いをつけて扉を駆け上がり一気に飛び越えた。
 屋上は静かな場所だった。たぶん、音が空に抜けていくから。室外機の中では巨大な羽根が回っていた。ダクトからは生ぬるい風が吹き出し、グレーのビニール配管は幾重にもからまりながら伸びていた。人が出入りするような場所ではないことは一目で明らかだった。
 ダクトの上に飛び上がって、屋上からの景色を見回した。JRの貨物列車が地平を滑るように走っていった。えんじ色の貨物列車。分厚い雲におおわれた空。褐色の小さな羽根が一枚、舞っていた。鳥の羽根のようだった。
「変電設備」と書かれたひと際大きな機械の向こうからナガトが姿を現した。
「お前何してんだ?」と彼は驚いたように言った。
「あなたこそ、こんな時間に、こんな場所で何してんの?」
 私が言い返すと彼は少しむっとしたように眉間にしわを寄せた。でも、何か言うこともなかった。奥に引き返そうとするナガトを追うと、これまでナガトがどんな場所で過ごしていたのか、ようやくわかった。
 地面に敷かれた何枚もの段ボール。鳥の羽根にまみれた薄汚いグリーンのタオルケット。段ボールを広げたものがダクトにくくりつけられ、屋根のようになっていた。物陰に集められたそれらは野生動物がつくった巣のようにも見えた。
 ナガトはタオルケットにくるまり、横になった。おとといも着ていたティーシャツ姿だったから寒そうだった。私も段ボールの上に座り込んだ。銀のメッキにおおわれたダクトに背中を預けた。ダクトは熱を放っていて、小刻みに振動していた。
「温かい飲み物、買ってきたからさ。飲みなよ。ちょっとぬるくなっちゃったけど」
 背を向けるナガトの前にさっき買ったペットボトルと缶を置いた。ナガトは顔だけをこちらに向けた。少し迷っているようだった。
「せっかく買ってきたんだから、飲んでよ」
 私が言うとナガトはいかにも大儀そうに起き上がり、ペットボトルを手に取った。ナガトが飲み始めたことを確かめてから私も缶を手に取り、口をつけた。ぬるくなったと思っていたが、案外、ちょうど飲みやすい温度だった。
「ファンタがよかった?」
「別に、あれは、あの人が勝手に買ってくるだけだから」
 ナガトはペットボトルを右頬に当てた。向かい合ってみるとナガトは年相応の男の子だった。幼さが残る顔立ちと伏し目がちな表情。私は左頬にコーンスープの缶を当てた。わずかに残ったぬくもりが私を温めた。
「なんで昨日、伊野に言い返さなかったの?」
「伊野?」
「帰り際にからんできたやつ」
 ああ、と言って小さなため息のようなものをした。
「あいつの言うとおりだから。俺には両親がいない。学校をさぼっても誰にも怒られない」
「おばあちゃんは? 怒らないかもしれないけど、心配してるでしょ? たった一人の家族なんだから」
「一人じゃない」とナガトは言って私を見すえた。「兄貴がいる……出て行ったけど」
 何か大切なことを確かめるような真剣なまなざしだった。
「じゃあ私があなたを怒るから」
「え?」
「次に学校をさぼったら、おばあちゃんやお兄さんに代わって私があなたを、学校に来いって怒るから」
「何言ってんだ」
 ナガトは怒っているようでもなかった。少し、あきれているのかもしれなかった。
「お前、何しに来たんだよ」
 今度は私が黙り込む番だった。
 私は、すねた子どものようなナガトに怒っていた。でも、それだけじゃなかった。私はナガトをあわれんでいるのか。同情しているのか。そんなものじゃなかった。
「こんなところにいても、そのうち通報されて、警察に補導されちゃうよ」
「なんでわかるんだよ」
「わかるよ。私がそうだったから。私は、捕まる前に逃げたけど」
「お前……」
 ナガトは私の顔をのぞき込んだ。私に初めて興味を持ったのかもしれなかった。
「私がよくやってたのは、たとえば電車にいつまでも乗って、あるところまで行って、反対方向の電車に乗る。それをずっと繰り返す。電車の中って温かいし、よく眠れるし。少なくともスーパーの屋上なんて素人だよ」
 一つ、二つと雨粒が段ボールの屋根をたたいた。雨が降り始めた。ナガトは空を見上げ、舌打ちをした。屋上のアスファルトがみるみる染まっていった。吹き込んだ雨が足元を濡らしていた。段ボールの屋根だけでは不十分なことは明らかだった。
「いい場所知ってるからついてきなよ。濡れ続けていたいならいいけど。でも、ここはちょっと寒すぎるよ」
 私は立ち上がり、扉に向かって駆け出した。駆け出した勢いをそのままに一気に飛び越えた。振り返るとナガトがゆっくりついてきた。
 彼は扉の前に立ち、両腕を横に広げて、そして下ろした。それから、地面を強く蹴ると同時に腕はもう一度、同じ動きをした。ティーシャツから伸びた腕は、腕というよりは、腕をひと回り大きくしたような茶褐色の翼だった。ナガトのからだは宙を舞い、扉を飛び越えた。風が起こり、細かな水滴が私に吹きつけた。ナガトが着地すると鉄骨の階段が大げさな音を立てた。
「何だよ」
「……いや、着地が下手だなって」
 ナガトの変幻した腕はすでに人間のものに戻っていた。
「そんなこと、初めて言われたよ」
 ナガトは腕に残った何枚かの羽根を払い、さっさと階段を下りていった。
 私たちはスーパーを出て、線路沿いの道を進んだ。ピンク色の看板のクリーニング店や薄暗い店内の理髪店を通り過ぎて、しばらく歩いたところにコインランドリーがあった。すりガラスの引き戸。くすんだ赤のトタン屋根。電車から見えた場所だった。
「ほら、やっぱり、トイレもあるし。けっこう快適じゃない?」
 中に入ると温かな空気と洗濯洗剤のにおいがした。
 八台の洗濯機と四台の乾燥機が奥にずらっと並んでいた。中央には白くて清潔な作業台。右手には両替機と洗剤の自販機、トイレの扉。左手には横につながった二台のベンチ、古いマンガと雑誌が並ぶ本棚。空調がきいていたし、機械から熱が出るから温かな空間だった。
 洗濯機の上に猫が寝ていた。かっぷくのいい白猫は私たちのことなんて気づかないふりだった。
「こんにちは。私は森楓です。ちょっとおじゃましますね」
 猫は何も答えなかった。
 外との温度の差で頭が奥からぼんやりとしてきた。肩が濡れたブレザーを強く払って水気を飛ばした。それから、ブレザーを畳んで枕にして、ベンチに横になった。背もたれのない茶色い革のベンチはかたかったが、段ボールよりはずっとよかった。ナガトはもう一台のベンチに座った。スニーカーを脱いでベンチの上で体育座りをした。ナガトも足を伸ばせば、きっと私に触れてしまうから、彼はひざをきつく抱えていた。
「ひざを抱えて丸くなると泣きそうにならない?」と聞いてみた。ナガトは何も言わなかった。
 雨は次第に勢いを増して、屋根に向かって乱暴に吹きつけた。ベンチのある壁には小さな出窓があって、そこから外をのぞくことができた。電車も車も人も誰も通らなかった。
「お前ってお人好しなんだな」
 ナガトはようやく口を開いた。からだが温まってきたのか、頬が紅潮していた。
「そんなことない。私、あなたが思ってるほどいい人じゃないよ」
 出窓には一冊の週刊誌が置いてあった。こういうのって誰かが置いていくんだよね、と私はつぶやいた。表紙では人の顔の切り抜きが仰々しい言葉で飾られていた。意外と気になるタイトルもあった。「人生100年時代、これから起きる100のコト」「老後に得する20の習慣」適当にページをめくると「今日、スゴイ人を見ました」という記事に興味を引かれ、ななめ読みをしていたら、ふいに思い出した。
「三年前の渋谷の事件、アスチルが起こしたんだって。知ってた? あの事件の記事って載らなくなっちゃったね。もう載らないのかな。昔、読んだ記事にね、事件を起こした人たちのことが書いてあったんだ」
 ページをめくりながら当時の記事を思い返した。
「インターネット上で知り合った彼らは共同生活を送っていた。彼らが暮らしてたアパートの写真も載っていた。近所に住む人がインタビューを受けていたんだけど、私はそれを読んで、何だかショックだった」
 記憶をたどった。何度も読み返した記事のモノクロのページにはアパートの外観が載っていた。どんなまちにもいくつだってあるような何の変哲もないアパートだった。口元に手を当て、アパートを見上げる女性を背後から撮ったような写真も載っていた。
「今どき珍しいくらいいい若者たちでしたよ。だから私は彼らがあんな事件を起こしたなんていまだに信じられないんです。飼っている犬を散歩してくれたり、家の周りを掃除してくれたりね。当たり前のことなんです、自然なことなんですって言ってね、いろいろやってくれて……そんなことが書いてあった」
「お前、そこに書いてあったこと、全部、信じるのかよ」
 ナガトがつぶやいた。何か言ってくれただけでもありがたかった。
「学校とか、部活とか、そういうところが私たちの居場所なんだって」
 こんな雨の日。こんなコインランドリーの中。
「あなたがいつかこのまちを出るのなら、私も連れて行ってよ。もしここじゃないどこかに行きたくなったら、私も連れて行ってよ」
 ナガトが隣にいてくれるだけでよかった。私の言っていることを隣で聞いてくれるだけでよかった。
 私はからだを起こした。ナガトと目が合う。目が合えば、ナガトはまっすぐ私の目の中をのぞき込んでくる。
「でもね、逃げるのは簡単なんだよ。逃げて、不登校になって、そのままドロップアウトしてしまうようなことは、やめなよ。学校に来ない理由なんてないんでしょ? だから部長に聞かれても答えられないんだ。理由なく学校に来なよ……理由なんかなく、学校に来ればいいじゃん」
「お前ってなんていうか、無茶苦茶だな」
 ナガトが本当に困ったような顔をしたから私は笑った。
「ともかく、明日は来なよ。じゃないと私、毎日だってあなたを探しに来るから」
「それは嫌だな」
 ナガトはそう言って、こらえきれなくなったように笑った。抱えていた足を伸ばして、私の足を軽く蹴った。私も蹴り返した。まだ雨はやまなかった。コインランドリーには誰も来なかったし、私たちも出ていこうとはしなかった。

 翌朝、一時間目が始まってもナガトは来なかった。空っぽのナガトの席を見つめながら、何度だって行ってやろうと本当に思った。すると二時間目の前になって登校してきた。彼は、起きれなかったんだ、と小さく言った。
「もう来なくていいよ。学校、来るからさ」
 それから、たまにさぼることもあったけど、本当に来るようになった。さぼったときにはまた押しかけてやろうかと思ったけど、もうやめた。ナガトのことを信じてもいい気がした。
 ある日の放課後、私が部室に行くとナガトがいた。部室ノートを読んでいた。パイプ椅子に深く腰をかけ、私に気づくとノートを閉じたが、またすぐに開いて続きを読み始めた。
「おもしろい?」と聞いてみた。
 別に、とつれない返事をした後に、こんなことやってたんだな、とつぶやいた。
「あなたもやるんだよ」
「まじで?」
 ナガトはページをめくり、笑った。
「まあ、いいけどさ」
 二人きりになるのはあのコインランドリー以来のことだった。だからといって、私たちの間で何が変わったというわけでもなかった。
「なんだ、この、花を見に行くって」
 ナガトはノートを私に向けながら、私のメモを指さした。
「それは……そうだ、一緒に見に行こうよ。そろそろ満開だって言ってたから」
 しぶるナガトを花壇まで引っ張っていった。私たちが植えた小さなピンク色の花は今やすっかり大きくなり、校庭の隅をにぎわせていた。ピンクや赤、紫の花びらを二人でながめた。校舎に沿って、運動部がランニングをしていた。彼らは疲れているのか、うつろな表情だった。その中の一人と目が合った。彼はすぐに目をそらした。私を見る代わりに花壇の方を見た。
「どう?」
 ナガトの顔を見た。彼は意外にも熱心に花々を観察していた。
「うん」
「この花はペチュニアっていうんだよ。代わる代わる花を咲かせるんだって」
 園芸部の彼女たちの受け売りだったが、何だか誇らしい気持ちになってきた。
「いろんな人に見られていた方がきれいに咲くんだって」
 ナガトは何度かうなずいて、そうなんだ、とつぶやいた。校庭の東側ではソフトボール部が、西側ではサッカー部が部活をしていた。どちらも試合形式の練習をしているのか、緊迫した雰囲気が伝わってきた。彼らのかけ声はよく響いた。
「そういえば、お前は変幻ってできるのか?」
 ナガトがふいに言った。彼はもう無表情じゃなかった。というよりも私が彼のことをわかるようになってきたのかもしれない。
「どうなんだ?」ともう一度、言った。真剣な表情だった。
「スーパーの屋上でやったでしょ。扉を飛び越えたじゃない」
「あれは違うだろ」
「え?」
「あれはからだの一部を変えていただけだろ?」
 言っている意味がわからなかった。からだの一部……からだの全部……私は狐や小鳥に姿を変えた先輩たちのことを思い返した。
「できないのか? できないなら、お前、このままだときっと人間でいられなくなるよ」
 ナガトは取り乱しているようにも見えた。
「おい、ナガト。部室で待つように言ってあっただろ?」
 校舎の中から声がした。葉月先生が一階の職員室の窓から身を乗り出してこちらを見ていた。ナガトは先生のもとに駆け出した。
「こいつ、変幻ができないって言ってるんだけど、大丈夫なのか?」
 急な問いかけにも関わらず、先生は至って冷静に答えた。
「大丈夫だ。検査の数値も安定してるし」
「だって、変幻ができないと暴走するんじゃないのか? それで、自然に還るって」
 今度は言葉に少しつまった。
「だから……お前たちは夏休みを利用してある場所に行く。そこで変幻もできるようになる。ナガト、お前の兄貴も行った場所だ」
「兄貴も……」
「お前はともかく、さっさと保健室に行け。検査の準備ができてる」
 ナガトは私の方を一度、振り向いた。でも、何も言わないまま去っていった。
 先生はナガトの背中を見送りながら言った。
「混乱させたな」
「なんでナガトはあんなに焦っているような感じで……なんですか、暴走とか、自然に還るって」
「力のコントロールができていないアスチルは暴走することがある。お前はこれからで大丈夫だ。これから力をコントロールすることを覚えるんだ」
 先生の声はわずかに震えていた。
「ナガトのやつは、しょうがないんだ。暴走した、自然に還ったっていうのは、あいつの母親のことなんだ」
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