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五十嵐純と水木夏菜子 2
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クローバーに帰ると、やっさんがリビングのソファに寝そべってテレビを見ている。
「おかえり」
と、テレビの音量を下げながらやっさんが言う。
「ただいまです」
「また、かなこさん?」
「そうですよ」
また、って。そうは思うが確かに、また、って感じだ。
やっさんがソファから立ち上がり、台所に向かう。
「デザート、食べるかい?」
と、冷蔵庫からキウイをいくつか取り出して、包丁を手に取る。器用に、するすると音が聞こえるみたいに、あっという間にむき終わる。僕たちは台所に立ったままキウイを口に運ぶ。酸っぱくて、目が覚めるようだ。
「かなこさんは元気だった?」
やっさんが会ったことのない相手をまるで旧知の仲のように言う。かなこさんのことを僕がしょっちゅう話すからだ。相談とも報告ともつかないような話をやっさんはけらけらと笑いながら聞いてくれる。
「元気でしたよ。でも、どうせ、どうせって言うことが増えた気がします」
「どうせ?」
「どうせ旦那も遅くにしか帰ってこないんだし。どうせ旦那のお金だし。まるでテレビドラマのような口ぶりで」
「どうせ仕事も辞めるんだし、って?」
「それも言ってましたね」
「おれの職場にもいたよ。結婚してさっさと辞めちゃった子。いい悪いじゃなくてさ、そういうのって。いまどき専業主婦になれるなんて珍しいよ。おれもなりたいよ」
「やっさんは楽しそうに働いてるじゃないですか」
「おれは、お気楽会社員だからな。はははん」
「なんか古臭いですよ、それ」
「かなこさんの旦那さんは遅くまで働き詰めなのか、すぐに飲みに行っちゃうのか。きっとその両方なんだろうな。うちの家主がそうだからな」
「確かにケントさん、今日も遅いですね」
「働きすぎだよな、あの人。夜更かしは美容に悪いんだぞ? それに、知ってた? このキウイだって朝じゃなくて、夜に食べると肌にいいんだぜ」
「へえ」
「肌がきれいな男はモテる、って会社の後輩が言ってたんだよ」
「確かに、やっさんを見てるとお気楽な感じがしますね」
「だろ?」
声を弾ませて、やっさんは自慢げに笑う。
自室に戻ると朝からカーテンが開きっぱなしだったことに気づく。
「さむっ」
と、思わず独り言を言ってしまう。
三つある部屋のうち、日当たりが一番いいのだけれど、三月深夜の冷気が窓辺から感じられる。高台にあって五階建ての三階の部屋だから、新宿の夜景が家々の屋根の向こうに、うっすらと見える。ドコモタワーや都庁、新宿のランドマークがきれいな色でちらちらと輝いている。時おり我に返ったように、僕は東京にいるのだ、と思う。もう三年もいるのに、根が田舎者なんだな、と思う。
でも、かなこさんと飲みに行くようになったのなんて、ここ一年くらいのことなのだ。大学二年の冬に、成人式を終えたばかりの僕を誘ってくれた。初めて大学の外で会った。初めてチェーン店じゃない居酒屋に入った。ジュンくんのおかげで卒業できたよ、と帰り道にたいやきをおごってくれて、もう僕たちは会わないんだと思っていた。だから、初任給が入ったから飲みに行こう、と連絡が来たときは嬉しかった。それから月に一度、多いときは毎週のように会っている。
クローバーに住み始めた頃、かなこさんが結婚をした。婚約者がいるという話は知り合ったときから聞いていて、驚きもしなかったし、おめでとうございます、と笑顔で言うことができたけど、その夜はケントさんとやっさんを巻き込んで、つぶれるまで飲んだ。ジュンってわかりやすいよな、とケントさんが笑った。
「別に特別な用がなくたって、話しかけたいし、話しかけていい生き物だよ、人って」
かなこさんが教えてくれた。僕には友達なんか一人もいなかったから。
サークルにも入らず、アパートの家賃や生活費を稼ぐためにアルバイトをして、講義をこつこつと欠かさずに受けていて、毎回、同じ席で、それしかすることがなかったから、これが僕の東京にいる意味なのだろうか、と思っていた。かなこさんに出会うまで。かなこさんはたくさんのことを教えてくれた。嬉しくても笑ってはいけないこと。悲しくても笑わないといけないこと。口に出せない想いって、いつまでもなくならないこと。
なんて、気づけばかなこさんのことばかり考えている。
「おかえり」
と、テレビの音量を下げながらやっさんが言う。
「ただいまです」
「また、かなこさん?」
「そうですよ」
また、って。そうは思うが確かに、また、って感じだ。
やっさんがソファから立ち上がり、台所に向かう。
「デザート、食べるかい?」
と、冷蔵庫からキウイをいくつか取り出して、包丁を手に取る。器用に、するすると音が聞こえるみたいに、あっという間にむき終わる。僕たちは台所に立ったままキウイを口に運ぶ。酸っぱくて、目が覚めるようだ。
「かなこさんは元気だった?」
やっさんが会ったことのない相手をまるで旧知の仲のように言う。かなこさんのことを僕がしょっちゅう話すからだ。相談とも報告ともつかないような話をやっさんはけらけらと笑いながら聞いてくれる。
「元気でしたよ。でも、どうせ、どうせって言うことが増えた気がします」
「どうせ?」
「どうせ旦那も遅くにしか帰ってこないんだし。どうせ旦那のお金だし。まるでテレビドラマのような口ぶりで」
「どうせ仕事も辞めるんだし、って?」
「それも言ってましたね」
「おれの職場にもいたよ。結婚してさっさと辞めちゃった子。いい悪いじゃなくてさ、そういうのって。いまどき専業主婦になれるなんて珍しいよ。おれもなりたいよ」
「やっさんは楽しそうに働いてるじゃないですか」
「おれは、お気楽会社員だからな。はははん」
「なんか古臭いですよ、それ」
「かなこさんの旦那さんは遅くまで働き詰めなのか、すぐに飲みに行っちゃうのか。きっとその両方なんだろうな。うちの家主がそうだからな」
「確かにケントさん、今日も遅いですね」
「働きすぎだよな、あの人。夜更かしは美容に悪いんだぞ? それに、知ってた? このキウイだって朝じゃなくて、夜に食べると肌にいいんだぜ」
「へえ」
「肌がきれいな男はモテる、って会社の後輩が言ってたんだよ」
「確かに、やっさんを見てるとお気楽な感じがしますね」
「だろ?」
声を弾ませて、やっさんは自慢げに笑う。
自室に戻ると朝からカーテンが開きっぱなしだったことに気づく。
「さむっ」
と、思わず独り言を言ってしまう。
三つある部屋のうち、日当たりが一番いいのだけれど、三月深夜の冷気が窓辺から感じられる。高台にあって五階建ての三階の部屋だから、新宿の夜景が家々の屋根の向こうに、うっすらと見える。ドコモタワーや都庁、新宿のランドマークがきれいな色でちらちらと輝いている。時おり我に返ったように、僕は東京にいるのだ、と思う。もう三年もいるのに、根が田舎者なんだな、と思う。
でも、かなこさんと飲みに行くようになったのなんて、ここ一年くらいのことなのだ。大学二年の冬に、成人式を終えたばかりの僕を誘ってくれた。初めて大学の外で会った。初めてチェーン店じゃない居酒屋に入った。ジュンくんのおかげで卒業できたよ、と帰り道にたいやきをおごってくれて、もう僕たちは会わないんだと思っていた。だから、初任給が入ったから飲みに行こう、と連絡が来たときは嬉しかった。それから月に一度、多いときは毎週のように会っている。
クローバーに住み始めた頃、かなこさんが結婚をした。婚約者がいるという話は知り合ったときから聞いていて、驚きもしなかったし、おめでとうございます、と笑顔で言うことができたけど、その夜はケントさんとやっさんを巻き込んで、つぶれるまで飲んだ。ジュンってわかりやすいよな、とケントさんが笑った。
「別に特別な用がなくたって、話しかけたいし、話しかけていい生き物だよ、人って」
かなこさんが教えてくれた。僕には友達なんか一人もいなかったから。
サークルにも入らず、アパートの家賃や生活費を稼ぐためにアルバイトをして、講義をこつこつと欠かさずに受けていて、毎回、同じ席で、それしかすることがなかったから、これが僕の東京にいる意味なのだろうか、と思っていた。かなこさんに出会うまで。かなこさんはたくさんのことを教えてくれた。嬉しくても笑ってはいけないこと。悲しくても笑わないといけないこと。口に出せない想いって、いつまでもなくならないこと。
なんて、気づけばかなこさんのことばかり考えている。
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