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和尚に勝てねぇっ……!
強大な力を持つ僧、ワタナベに敗北した少女はそう呟いて地面にうなだれた。少女の名はマサミ。無謀な挑戦とは知りつつも和尚に戦いを挑み、見事なまでに敗北した。マサミは格闘能力に優れているわけではない。氣功の程もまだまだである。しかしながら、自身の現状を打開したいと動き出した。高位の僧であるワタナベが戦いに応じてくれるとは思ってもいなかったマサミだが、幸か不幸かワタナベはマサミとの戦いに応じてくれた。その上での敗北だ。マサミには最早悔いは無かった。しかし、時が経つにつれて涙が零れ落ち、歩くこともままならず、地面に倒れ、周囲の目を気にする心の余裕は消え、大声で泣きわめくのであった。
しかし、実を言えばマサミが泣いていたのは人通りの少ない裏路地の一角であった。これはマサミに残った自制心がどうにか主人を好奇の目から救おうと働いた結果である。おかげで彼女の鳴き声は遠くから響く獣の鳴き声のように思われたことであろう。マサミは泣き疲れ、息も絶え絶えになりつつも立ち上がった。空には月が出ている。マサミは最後に月に向かって一吼えした。そして、再び修行に向かう決意を固めた。最も、ワタナベが再び戦いに応じてくれるとは思っていないのだが。
「一体何がそんなに悔しいんだね?」
マサミの後ろから声がした。マサミは驚いて振り返った。そして今更ながらに恥ずかしく思った。自分の泣き声や泣いている姿を見られてしまったのだ。マサミは振り返ると同時に後ずさりして転び、後頭部を地面に打ち付けて悶えた。地面をゴロゴロと転がるマサミ。そこに「ふぉっふぉっふぉ」と笑いながら近づいてくる誰かが居た。
マサミが正気を取り戻したころには、涙と土で顔がドロドロになってしまっていた。そのことを自覚して再び涙目になる。目の前に居る誰かは「ふぉっふぉっふぉ」と笑いながらマサミを見ていた。
「わ、わたしは……」
「ふむ、おぬしは?」
マサミはごくりと喉を鳴らし、言葉を捻り出す。捻り出そうと必死に口と喉を動かす。
「が、がんばっても、強くなれない。そ、それが、く、悔しいっ!」
「そうかそうか。それが悔しいのか」
マサミは涙を全て枯らしたと思っていたが、再び目と鼻が大洪水となっていた。目の前に人が居るというのに溢れる何かは止まらない。口からも何か出てしまう。その時になって、目の前の誰かを見る事が出来た。どうやら老人のようだ。背丈はマサミよりも低い。そんなことを頭に浮かべながら「ブヘッ、グヘッ」と口と肺とお腹が勝手に動いてしまう。マサミの涙が止まるまで、長い時が必要であった。
「ふぉっふぉっふぉ。そんなお主に丁度いい修行があるが、やってみないかね?」
「しゅぎょう?」
「修行じゃ」
「ど、どんなの?」
「地面を掘るんじゃ」
「じめん?」
「地面じゃ」
「なんで、じめん、ほると、つよく、なんの?」
「地面にの、お宝が埋めてあるんじゃ。もう強さがどうとか、戦いがどうとか考えなくてすむような価値があるお宝じゃ。それを手にすれば誰の事も気にすることは無いぞ」
「やる。どこ、あんの? それ」
「それは……」
「それは?」
「思い出せんのぉ……」
「だせーっ!」
マサミは老人に襲い掛かった。狂気に取りつかれたマサミは老人のか細い首をへし折らんばかりの勢いだ。しかし、老人はヒョイヒョイとマサミの攻撃をかわし、あっという間にマサミを組み伏せ、地面に這いつくばらせた。またしてもマサミの顔は土まみれになってしまった。マサミの上に座りながらも老人は申し訳なさそうに語る。
「いや、確かに埋めたはずなんじゃが目印となるのが影だったんじゃ。影が無いと儂には宝の場所がわからんのじゃ。今は夜じゃ。すまんのう。もうちょっと早く現れた方がよかったの」
「むぶっ、むばっ、じゃあ、あした……」
「多分明日には別の場所に移ってしまうじゃろう。じゃが、ここで会ったのも何かの縁。その宝に勝るとも劣らない修行を与えよう」
「むぼっ、おきる」
「そうかそうか。ふぉっふぉっふぉ」
老人はマサミを近くの水場に連れて行き、顔を洗わせた。息を整ったあたりで、老人はマサミに語り出す。
「ここから遥か北の地に千の葉の森と呼ばれる場所がある。とても険しく危険な森じゃ。そこに住むある御仁に届け物をして欲しいんじゃ。儂の使いとしてな」
「お使い?」
「そうじゃ、お使いじゃ。お主、この街から外に出たことはあるか?」
「無い」
「そうか、それならば、初めての使いじゃな。これは使いの旅であり、自分に忠を尽くす旅となるだろう。言ってみれば『初めての忠』じゃな。どうじゃ? やってみるか?」
「うん。や、やる。やったる! 初めての忠!」
「そうかそうか。ふぉっふぉっふぉ」
こうして、マサミの旅が始まる。
強大な力を持つ僧、ワタナベに敗北した少女はそう呟いて地面にうなだれた。少女の名はマサミ。無謀な挑戦とは知りつつも和尚に戦いを挑み、見事なまでに敗北した。マサミは格闘能力に優れているわけではない。氣功の程もまだまだである。しかしながら、自身の現状を打開したいと動き出した。高位の僧であるワタナベが戦いに応じてくれるとは思ってもいなかったマサミだが、幸か不幸かワタナベはマサミとの戦いに応じてくれた。その上での敗北だ。マサミには最早悔いは無かった。しかし、時が経つにつれて涙が零れ落ち、歩くこともままならず、地面に倒れ、周囲の目を気にする心の余裕は消え、大声で泣きわめくのであった。
しかし、実を言えばマサミが泣いていたのは人通りの少ない裏路地の一角であった。これはマサミに残った自制心がどうにか主人を好奇の目から救おうと働いた結果である。おかげで彼女の鳴き声は遠くから響く獣の鳴き声のように思われたことであろう。マサミは泣き疲れ、息も絶え絶えになりつつも立ち上がった。空には月が出ている。マサミは最後に月に向かって一吼えした。そして、再び修行に向かう決意を固めた。最も、ワタナベが再び戦いに応じてくれるとは思っていないのだが。
「一体何がそんなに悔しいんだね?」
マサミの後ろから声がした。マサミは驚いて振り返った。そして今更ながらに恥ずかしく思った。自分の泣き声や泣いている姿を見られてしまったのだ。マサミは振り返ると同時に後ずさりして転び、後頭部を地面に打ち付けて悶えた。地面をゴロゴロと転がるマサミ。そこに「ふぉっふぉっふぉ」と笑いながら近づいてくる誰かが居た。
マサミが正気を取り戻したころには、涙と土で顔がドロドロになってしまっていた。そのことを自覚して再び涙目になる。目の前に居る誰かは「ふぉっふぉっふぉ」と笑いながらマサミを見ていた。
「わ、わたしは……」
「ふむ、おぬしは?」
マサミはごくりと喉を鳴らし、言葉を捻り出す。捻り出そうと必死に口と喉を動かす。
「が、がんばっても、強くなれない。そ、それが、く、悔しいっ!」
「そうかそうか。それが悔しいのか」
マサミは涙を全て枯らしたと思っていたが、再び目と鼻が大洪水となっていた。目の前に人が居るというのに溢れる何かは止まらない。口からも何か出てしまう。その時になって、目の前の誰かを見る事が出来た。どうやら老人のようだ。背丈はマサミよりも低い。そんなことを頭に浮かべながら「ブヘッ、グヘッ」と口と肺とお腹が勝手に動いてしまう。マサミの涙が止まるまで、長い時が必要であった。
「ふぉっふぉっふぉ。そんなお主に丁度いい修行があるが、やってみないかね?」
「しゅぎょう?」
「修行じゃ」
「ど、どんなの?」
「地面を掘るんじゃ」
「じめん?」
「地面じゃ」
「なんで、じめん、ほると、つよく、なんの?」
「地面にの、お宝が埋めてあるんじゃ。もう強さがどうとか、戦いがどうとか考えなくてすむような価値があるお宝じゃ。それを手にすれば誰の事も気にすることは無いぞ」
「やる。どこ、あんの? それ」
「それは……」
「それは?」
「思い出せんのぉ……」
「だせーっ!」
マサミは老人に襲い掛かった。狂気に取りつかれたマサミは老人のか細い首をへし折らんばかりの勢いだ。しかし、老人はヒョイヒョイとマサミの攻撃をかわし、あっという間にマサミを組み伏せ、地面に這いつくばらせた。またしてもマサミの顔は土まみれになってしまった。マサミの上に座りながらも老人は申し訳なさそうに語る。
「いや、確かに埋めたはずなんじゃが目印となるのが影だったんじゃ。影が無いと儂には宝の場所がわからんのじゃ。今は夜じゃ。すまんのう。もうちょっと早く現れた方がよかったの」
「むぶっ、むばっ、じゃあ、あした……」
「多分明日には別の場所に移ってしまうじゃろう。じゃが、ここで会ったのも何かの縁。その宝に勝るとも劣らない修行を与えよう」
「むぼっ、おきる」
「そうかそうか。ふぉっふぉっふぉ」
老人はマサミを近くの水場に連れて行き、顔を洗わせた。息を整ったあたりで、老人はマサミに語り出す。
「ここから遥か北の地に千の葉の森と呼ばれる場所がある。とても険しく危険な森じゃ。そこに住むある御仁に届け物をして欲しいんじゃ。儂の使いとしてな」
「お使い?」
「そうじゃ、お使いじゃ。お主、この街から外に出たことはあるか?」
「無い」
「そうか、それならば、初めての使いじゃな。これは使いの旅であり、自分に忠を尽くす旅となるだろう。言ってみれば『初めての忠』じゃな。どうじゃ? やってみるか?」
「うん。や、やる。やったる! 初めての忠!」
「そうかそうか。ふぉっふぉっふぉ」
こうして、マサミの旅が始まる。
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