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マサミはオーカサスに乗って風を感じながら、自分の服が肌に与えるパリッとした感覚を気持ちよく思っていた。宿屋から出る前にクーゲルがマサミから剥ぎ取った服をしっかりと洗濯して渡してくれたのだ。
クーゲル・ズーセは強力な氣功使いであるようだ。マサミの服を桶に入れ、水を操っていた。桶はあっという間にどす黒い色で一杯になった。クーゲルはそうやって何度も洗い、マサミの服は真っ白になる。そのまま、マサミの服を手近な場所につるし、風と熱気を送り込んで、あっという間に乾かしてしまった。クーゲルは「特別サービス」と言っていた。
「あのさ、ごめんな。マサミ」
「……なんで、あやまんの?」
マサミは記憶の中から目の前の風景に引き戻された。何故にクーゲルが謝るのか、マサミにはわからない。
「最初に会った時さ、あんたに『あれがダメ』『これがダメ』って言っちゃったような気がして。昨日のことを思うと、あれはまずかったな、と思って」
「あの、だいじょぶ、です」
「そう。そうなんだ。それは、よかった」
「うん」
それからしばらくの間、風の音、オーカサスの奏でる音が二人の間を通り抜けていった。
「あのさ」
「なに?」
「あんたの境遇は酷いもので、不幸な事態だったと思う」
「うん」
「でもさ、世の中は、こう、バーッと、ガーっと、ゴーっと、ダーッとやって、上手く行ってる人たちもいるんだよ。そういうもんなんだよ。私達はそのなかで、何故か上手く行かなくなってしまったんだ。だから、誰かが悪いわけじゃないと思うんだ」
「うん」
「それでさ、あんたが今ここに居るのは、自分の受けた苦しみをそのまま伝播させない選択をしたからなんだよ」
「なにそれ?」
「辛さに耐えられなくなって、怒りや憎しみに身を任せてしまうと、あんたの受けた苦しみが更に強くなって、誰かに、何かに伝わってしまう。それをどうにかしようと、あんたはもがいているんだよ。その結果が、私とのこの瞬間。なんだと思う」
「うん」
「あの人は……和尚はさ、そういう人を見抜く力があるんだよ。だから、あんたとも、私とも戦ったんだと思う」
「ううん?」
「今のあんたがあの人に負けるのは当然の話だけどさ。その後は寺院があんたを役人の許まで届けるべきなんだよ。本当はね」
「ふうん?」
「私もさ、本来はあんたの冒険譚を聞いてる場合でも無くて、即座に親元に送り届けるべきなんだよ。だけど、私はいつしか、それが出来なくなってしまった。だから、あんたの旅の手伝いをしてしまっている」
「ふうむ……?」
マサミは再び、風の音と動く風景を見ていた。耳に響くざわめきは心地よかった。オーカサスの出す音が時々違う事がわかった。
「それで、ちょっと思ったんだけど」
「なに?」
「マサミは、目をそらすことが多いよ」
「目を……そらす?」
「そう。例えば……今はちょっと難しいけど、私と話す時は、横を向いたり、下を向いたり、私の目を見る事が少ない」
「あー、そう、だったかも」
「まあ、これはどうしようもないこともあるんだ。ただ、ちょっと意識してみるといい。苦しかったら、やめていいよ。それと、もう一つ」
「なに?」
「マサミは、何かをやる時にも真っすぐを見ていない」
「えーと……どういうこと?」
「あんたと出会って一日も経っていないけど、ちょっとだけ目にとまってしまった。簡単な動作でも、例えば、このオーカサスに乗り降りするとき、部屋の扉を開ける時、体を起こす時、足を踏み出す時、そういう時に、マサミは真っすぐを見ていない。自分がやろうとする行為を見ていない。集中していないんだ」
「うーん……そう、だったの?」
「まあね、私の私見だよ。だから、私の感覚が間違っている可能性もあるんだ。これは、マサミ自身が何かを見つけないとダメ……見つけるものなんだ。そんなもんさ」
「……わたし」
「うん?」
「はじめは集中していたと思う」
「ふむ」
「一つの事をちゃんと出来ていた気がする」
「ふむ」
「何だか、いつからか、それだけじゃダメになってしまった。もっと何か気にしてないとダメだったような」
「周りを見ろ、とか?」
「そう」
「もっと先の事を考えろ、とか?」
「そんなもの」
「私、それは大事だと思った。そうやって上手く行った時もあった。だけど、何だか上手く行かなくなった。そんなことを、今、思い出した」
「辛いか?」
「うん。少し」
「そうか。じゃあ、ここまででいい。私に出来るのは、あんたを送っていくことだけだ。その先は、いつかまた会えた時にしよう」
「うん」
道の先が開けて来た。その先に、何かがあり、さらに先に森と塔があるのだろう。
クーゲル・ズーセは強力な氣功使いであるようだ。マサミの服を桶に入れ、水を操っていた。桶はあっという間にどす黒い色で一杯になった。クーゲルはそうやって何度も洗い、マサミの服は真っ白になる。そのまま、マサミの服を手近な場所につるし、風と熱気を送り込んで、あっという間に乾かしてしまった。クーゲルは「特別サービス」と言っていた。
「あのさ、ごめんな。マサミ」
「……なんで、あやまんの?」
マサミは記憶の中から目の前の風景に引き戻された。何故にクーゲルが謝るのか、マサミにはわからない。
「最初に会った時さ、あんたに『あれがダメ』『これがダメ』って言っちゃったような気がして。昨日のことを思うと、あれはまずかったな、と思って」
「あの、だいじょぶ、です」
「そう。そうなんだ。それは、よかった」
「うん」
それからしばらくの間、風の音、オーカサスの奏でる音が二人の間を通り抜けていった。
「あのさ」
「なに?」
「あんたの境遇は酷いもので、不幸な事態だったと思う」
「うん」
「でもさ、世の中は、こう、バーッと、ガーっと、ゴーっと、ダーッとやって、上手く行ってる人たちもいるんだよ。そういうもんなんだよ。私達はそのなかで、何故か上手く行かなくなってしまったんだ。だから、誰かが悪いわけじゃないと思うんだ」
「うん」
「それでさ、あんたが今ここに居るのは、自分の受けた苦しみをそのまま伝播させない選択をしたからなんだよ」
「なにそれ?」
「辛さに耐えられなくなって、怒りや憎しみに身を任せてしまうと、あんたの受けた苦しみが更に強くなって、誰かに、何かに伝わってしまう。それをどうにかしようと、あんたはもがいているんだよ。その結果が、私とのこの瞬間。なんだと思う」
「うん」
「あの人は……和尚はさ、そういう人を見抜く力があるんだよ。だから、あんたとも、私とも戦ったんだと思う」
「ううん?」
「今のあんたがあの人に負けるのは当然の話だけどさ。その後は寺院があんたを役人の許まで届けるべきなんだよ。本当はね」
「ふうん?」
「私もさ、本来はあんたの冒険譚を聞いてる場合でも無くて、即座に親元に送り届けるべきなんだよ。だけど、私はいつしか、それが出来なくなってしまった。だから、あんたの旅の手伝いをしてしまっている」
「ふうむ……?」
マサミは再び、風の音と動く風景を見ていた。耳に響くざわめきは心地よかった。オーカサスの出す音が時々違う事がわかった。
「それで、ちょっと思ったんだけど」
「なに?」
「マサミは、目をそらすことが多いよ」
「目を……そらす?」
「そう。例えば……今はちょっと難しいけど、私と話す時は、横を向いたり、下を向いたり、私の目を見る事が少ない」
「あー、そう、だったかも」
「まあ、これはどうしようもないこともあるんだ。ただ、ちょっと意識してみるといい。苦しかったら、やめていいよ。それと、もう一つ」
「なに?」
「マサミは、何かをやる時にも真っすぐを見ていない」
「えーと……どういうこと?」
「あんたと出会って一日も経っていないけど、ちょっとだけ目にとまってしまった。簡単な動作でも、例えば、このオーカサスに乗り降りするとき、部屋の扉を開ける時、体を起こす時、足を踏み出す時、そういう時に、マサミは真っすぐを見ていない。自分がやろうとする行為を見ていない。集中していないんだ」
「うーん……そう、だったの?」
「まあね、私の私見だよ。だから、私の感覚が間違っている可能性もあるんだ。これは、マサミ自身が何かを見つけないとダメ……見つけるものなんだ。そんなもんさ」
「……わたし」
「うん?」
「はじめは集中していたと思う」
「ふむ」
「一つの事をちゃんと出来ていた気がする」
「ふむ」
「何だか、いつからか、それだけじゃダメになってしまった。もっと何か気にしてないとダメだったような」
「周りを見ろ、とか?」
「そう」
「もっと先の事を考えろ、とか?」
「そんなもの」
「私、それは大事だと思った。そうやって上手く行った時もあった。だけど、何だか上手く行かなくなった。そんなことを、今、思い出した」
「辛いか?」
「うん。少し」
「そうか。じゃあ、ここまででいい。私に出来るのは、あんたを送っていくことだけだ。その先は、いつかまた会えた時にしよう」
「うん」
道の先が開けて来た。その先に、何かがあり、さらに先に森と塔があるのだろう。
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