死人は口ほどにモノを言う

黒幕横丁

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1話 スタート

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「やっ……やめて」

 鈍く銀色に光るソレを私は必死に振り下ろしていた。
 長い黒髪の女は痛みで絶叫を上げ、必死に私に抵抗してくる。

「お前さえ居なければ! お前さえ!」

 私は暴れる女を必死に押さえつけながら、更に行為を続ける。

「た、たすけ……」

 振り下ろす度に生ぬるい液体が噴出し、私の顔に飛び散るが、それでも私は必死にソレを振り下ろし続けた。
 やがて、真紅のカーペットにただただ横たわるだけの女。
 先ほどまで、息遣いまで感じられていたソレは、今や動かない人形と化していた。

「つ、ついにやった」

 私はそのモノを眺めながら、安堵で顔の表情がゆるむ。
 自らの手には、赤黒く輝く包丁が握られている。
 包丁からは、今もなお、血が滴り、まるで水分を欲しているかのようにカーペットへと血液が吸い込まれていった。
 彼女の着ていた水色のスーツも血で黒く塗りつぶされ、カーペットの色で分かり難いが、血だまりも形成されていた。
 どれだけ、刺したかは覚えていない。ただ、無心に彼女に向かって包丁を振り下ろしていたのを繰り返していたのだけは、おぼろげに思い出していた。

「嗚呼、これで、私は」

 そう、私はコレで彼女の呪縛から解放されるのだ。
 その喜びで、私は天に昇りそうな気持ちになった。





「……い。おいってば、いい加減現実に帰ってこい。おーい」

 肩を強く揺すられ、僕はハッと我に帰った。

「あれ? ここは?」

 僕がキョロキョロと観察してみると、僕の周りを様々な人が行き来していて忙しない。はて、僕はこんなところで何をしていたのだろうか?

「現実逃避のついでに一時的な記憶喪失かい? はぁ、全く。君はね、今まで呆けていたんだよ、この撮影スタジオで」

 そう告げる、長い黒髪の女性。よく見ると、服装はズタボロで血に塗れていた。

「にゃっ!? ゆ、有加、大丈夫なの? その格好」

 僕から有加と呼ばれた、女性は少し服装を気にしながら、ムスッとした態度をとる。

「今回は、めった刺しにされる女子大生の役だからね。これくらいのズタボロ加減じゃないとテレビ的にインパクトに欠けるんだってさ。それにしても、私の死体役シーンを見てどんな妄想をしていたのよ、梨緒」

 そういえば、僕は有加の付き添いとしてこの撮影現場にきたのだった。
 そして、彼女の死体役のシーンを見て、脳内でミステリーにうってつけな話が浮かんだのだっけ?
 僕は、有加から訊かれて、少し恥ずかしそうに頬を掻く。

「えーっと、恋愛の末に、恋人に手をかけちゃう。犯人の描写を少々……」

 僕の答えに、有加はため息を漏らす。

「えっ。なんで、僕の話でため息なんてついたの?」
「梨緒って、空想癖本当に激しいわよね。それに、ミステリーものを読むのを禁止されているのに、そこまで考えちゃうのが逆に凄いわ。逆に」
「うっ……。そろそろ、解禁してくれない? その縛り」

 僕は諸般の事情で、ミステリーものを読むのを禁止されている。僕は読みたくて仕方が無いのだけれども、有加がそれを許してくれない。

「ダメに決まっているでしょ」
「僕が有加のお父さんみたいなミステリー作家になりたい為に、ミステリー読んで勉強したいっていっても?」

 有加のお父さんは売れっ子のミステリー作家で、僕はそれに憧れる作家志望。なのに、ミステリーを読むことが出来ないだなんて本末転倒だろう。

「読むのはダメだけど、こうして勉強のために、こうして生のサスペンスドラマの現場に連れてってあげているんじゃない」

 そうプンプンと有加が怒っている中、すらっと背の高い男性が現れた。今回撮影したドラマのプロデューサーだ。

「司馬さん、死体役おつかれさまでした。リテイクは無いので、このまま上がってもらって構いませんよ。いやぁ、何時見ても素晴らしい死体役でした。いやはや、司馬先生の娘さんがこう体を張って演技してくれると、ドラマも映えますよ」

 素晴らしい死体役とはどんな感じのモノなのだろうというツッコミを僕がしている中で、有加は、ありがとうございます。と頭を下げる。

「父親がいつも言っているんですよ。役者としての技能を磨くには、まず死体役で一流になりなさいって」

 有加の父親はかなりの変わり者だ。有加はその性格を確実に遺伝していると僕は思っている。

「なるほど、流石司馬先生だ。えっと、付き添いの方だったよね? 目に眼帯をしているようだけど、ものもらいか何か?」

 プロデューサーは僕のことをじっと凝視して、眼帯をしている僕の左目を指差した。

「え、えっと……」

 僕が上手く説明できなくてモジモジしていると、すかさず、有加のアシストが入る。

「梨緒は小さいときに、薬物の副作用で眼球が溶けたようになって、失明しちゃったんですよ。だよね?」
「う、うん」

 僕は有加の説明をこくこくと頷きながら、眼帯を触った。子どものころに処方された薬の飲み合わせが悪かったらしく、過剰反応で失明してしまったのだ。

「おっと、それは聞いてすまなかったね。てっきり、そういうファッションだと思ってしまったよ」
「まぁ、中二病になりそうな感じはしますよねー」
「有加、それ、どういう意味?」

 僕が睨みつけると、有加は悪い悪いと片手で軽い感じに謝る。

「話は戻るけど、司馬さんがあれくらいの素晴らしい演技が出来るのなら、今度から普通の役もやってみたくないかい? 今度またキャスティングする時にでも」

 プロデューサーの誘いに、気まずそうに有加は目線を逸らす。

「あー……、事務所から言われていると思うんですけど、私、生きている人の演技がどうしてもぎこちなくて、事務所NGなんですよねー」
「そう、それが気になったんだよ。そんなに下手なの? ココに台本あるからさ、やってみせてよ」

 プロデューサーはそう言って、とあるページのシーンを開いて有加に渡す。有加も困った表情で台本を受け取り、一通り、目を通す。
 そして、まるで、ロボットがダンスを踊っているかのように動き始め、

「ハ、ハンニン、ハ、コノ中ニいりゅー!」

 と、まるで片言を話す外国人のような口調で台本にあった台詞を言ったのだ。
 この様子に口をあんぐりとさせるプロデューサー。

「い、いきなりの役は緊張しちゃうよね……。あ、そろそろ僕は別のシーンを撮りに行かないと、じゃあ、司馬さん、次の役も期待しているからね」

 なんだか気まずくなったプロデューサーは、有加から台本を受け取ると、そそくさとスタジオから立ち去っていた。

「有加、今のワザとでしょう?」

 僕の問いに、彼女は舌を出して、いたずらっ子っぽく笑って見せた。
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