盲目エルフは異世界勇者と旅をする

茜色蒲公英

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トロルの森

ナイアシンへ

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リトスが気を失ってからしばらくして目が覚めると拘束していた蔦はなくなっており、部屋に居たライナはいなくなっていた。
二日酔いの頭痛はなくなったが、日はもう沈み始めていた。
割った窓からは涼しい風が吹き込み、リトスの髪を優しく揺らす。

「やっちゃったな…」

ベッドに腰掛けて心から後悔をするようにため息を吐くリトス。
その横にはいつの間にか知らない誰かが座っていた。

「…今大声出して驚いていい?」

「それはやめていただきたいな。おっと、武器を拾おうとしても無駄だな、お兄さんが手の届かない所に置いたからねェ」

「それは残念。…それで、私に何か用?」

諦めたリトスは仰向けに倒れて気だるげそうに言うと男はニヤリと笑う。

「単刀直入に言うぜ。あの男を裏切って欲しいのさァ」

「へぇ…面白そうだね。そのあと私がどうなるのかは聞いていい?」

「おいおい、わかっている事を聞くなよ。魔王様と共にこの世界を支配するに決まってるだろ?魔王様から聞いたところあんたらはそこまで仲が良くないらしいんでな。言い方は悪いが利用させてもらうぜェ」

男の説明を聞いて「なるほど」と頷くリトス。
しかし「でもね」と続けて「そんなことしたら魔王に話すことがなくなっちゃうでしょ?だからしばらくは泳がせて」と話した。
するとしばらく男は黙ったが何かに耐えられなくなり「ぷはっ」と吹き出した。

「かっかっかっ!そりゃすまなかったな。いやあんたと魔王様が酒を飲み交わしたっていうのはうちの仲間から聞いてたんだがな!なるほどそういうことかァ」

「残念ながら私は魔王に気に入られちゃったからね。そうと知らずに飲んでいればただの飲み友達でいられたんだけど向こうからバラしちゃ対応に一番困るのは私だっていうのに」

「そりゃご愁傷様だな。味方は魔王さまを倒そうとしている不死身の勇者。敵対しているのはこの世を統べようとしている魔王様ってなりゃ一番困るのはあんただな。最終的にどっちに付こうがあんたはどちらかを失う事になるったぁこれ以上に残酷な話はないからなァ」

「そうだね、正直に言えば魔王のいる城に行く前に全滅なんてこともありえるだろうし、明日向かう街も…いやこれは言わないほうがいいか」

「おっ、敵には言えない秘密ってやつかい?まぁ聞かないほうが楽しめそうだしな。それじゃ俺は帰るぜ…と名前を言ってなかったな、あんたの名前を俺が知っててあんたが俺の名前を知らないと失礼だから名乗っておくぜ。俺はジャスパーだ。ちなみに種族は純粋なヒューマンだ。覚えてくれると嬉しいぜェ」

リトスが「できたら覚えておくね」と呟くと男の気配は一瞬にして消え、部屋にはリトスだけが残された。

「純粋なヒューマンね…純粋なヒューマンがどうして魔王の下に付けるんだか…考えても仕方ないか」

リトスは「よいしょ」と起き上がり、どこかに置かれた武器を探そうとしたが、一歩踏み出した時に鞘にしまわれた武器を踏んだ。

「…近くにあるじゃん」


夜になって部屋に戻ってきた二人に「朝はイライラしていた、ごめん」と魔王と会っていたことは話さなかったが頭を下げて謝った。
ライナも煽ったことを謝り、その日の夜は楽しく会話をしたのだった。


翌朝、日が昇りきらないうちに山のように大きい馬車に乗って街へと出発した四人。
朝早いせいか馬車の中は四人しかおらず、大きなトラックの荷台のような広さでその大きさゆえ揺れることはほとんどないが電気がついていないのでかなり暗くなっている。

「拙者は炎の忍術を使えるでござるがここで使うと馬車が燃えてしまう可能性がござるな」

(布を少し開けて明かりを入れようか)

座っていたラルアが立ち上がって重そうな布を開ける。

(改めて思うけど、やっぱりトロルは凄いね。見てみなよ)

「ん?何がだ?…うおっ!はっえぇ!」

隆が外を覗くと高速道路を走る車のように景色が遠ざかっていく。
一本の木が見えなくなるまで数秒もかかっていなかった。

「この調子なら街まですぐに着いちまうな!やることがなくて暇だけどな」

「そうだね。トロルの馬車だからすぐに着くと思うよ」

そう言ったリトスの表情は暗い。

「どうしたのでござるか?もしかして酔ったのでござるか?」

「ううん、大丈夫。気にしないで」

リトスは街に着いた後のことを考えていた。
魔王が自分と仲が良いことは確かでそれは部下も知っている。
しかし敵対していることには変わりないので街に行って現れた魔王の部下がそのことを言えば自分は一体どちらに身を振ればいいのか。
最悪の場合どちらの味方にもなれないのではないかと不安を感じられずにはいられなかった。

「考えすぎ…だよね」

「ん?何か言ったか?」

「何も言ってないよ。それよりあんまり身を乗り出していると馬車から落ちるよ」

リトスがそう忠告すると隆は「落ちるわけねえだろ!」と言ったが、上半身をほとんど外に出して風を感じていた。

(一応落ちないために蔦を足に巻いておくけど…変なことしないでよ)

「しねえよ!…それにしても速えな。もう森を抜けちまった」

隆はちょっとしたスリルを味わおうと顔を外に出した状態で下の部分を覗く。
頭が地面に着くか着かないか位の高さで楽しんでいると岩のような物が横を通り過ぎ、それに驚いた隆は馬車の中に体を戻す。
しかし懲りずにもう一度顔を出すと馬のいる方に何かが這っているのが見えた。

「…なんだ?」

疲れたため数秒だけ馬車の中に体を戻してもう一度覗く隆。
すると這っているそれはさっきよりもこちらに近づいてきている。
隆は急いでリトス達に「敵だ!」と告げると全員が戦闘態勢に入った。

「この馬車の裏に何かが這ってたぞ!地面から仕掛けてくるんじゃねぇのか!?」

「いや拙者達は見てないから分からないのでござるが…もう一度見ればいいでござろう」

「仕方ねえな」と言って恐る恐るもう一度覗く隆。
しかしそこには敵の姿がなかった。

「ちっ、逃げたか」

そういった隆の視界は宙を舞い、体はその場に倒れた。

(隆の首が切られたね)

「本当に敵襲みたいでござるな。相手はこちらに入って来ていないようでござるが」

「そうだね。ちょっと敵の位置を探ってみるからラルアも蔦を這わせておいて」

(分かった)

ラルアが馬車全体に蔦を這わし、一分もすると隆の顔は復活し、屋根の上で何かが微かに動く音がリトスの耳に入った。

「そこっ!」

屋根に向かって武器を投げるリトス。それに続けてライナはクナイを数本投げつける。

「やったか!?」

「シューッシュッシュッシュッシュ!!惜しかった!実に惜しかった!あと数センチ!あと数ミリズレていれば小生の命はなかったなぁ!いやぁ実に惜しい!罰ゲームとしてその首をいくつかいただくとしよう!シューシュッシュ!」

姿のない声はひゅるひゅると音を立てると隆の体を切り刻み、馬車の後輪を破壊した。

「シュッシュッシュ!!これじゃ馬車はスピードダウンにくらいしかならんが楽しくはなるだろう!止まらぬ馬車での首切り祭りのスタートといこうじゃないかぁ!」

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