暮雲春樹を胸に秘め

ゆまは なお

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2.古い約束

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 永和《ヨンハ》に用意された部屋は落ち着いた調度品で整えられていた。
 蓮の花を模した香炉からは品のいい白檀の香りが漂い、黒檀の家具でまとめられた椅子や卓には金の細工が象嵌《ぞうがん》されている。
「さすがに素晴らしい客間ですね」
 永和《ヨンハ》は部屋を見回して言う。
「恐れ入ります。何か足りない物があれば遠慮なくおっしゃってください」
 案内してきた家僕までも品がいい。

「それから夕食は敏栄《ミンロン》様がぜひご一緒にと」
「わかりました。伺います」
 一人になった永和はため息をついた。
 久しぶりに会った幼なじみはずいぶんと立派になっていた。春らしい萌黄色の長袍をまとった姿はひと目を引いて、会わなかった時間を嫌でも感じた。
 長寧なんかに行きたくないとぶすくれていた少年はもういなかった。

 多くの貴族が挨拶に来ていたが、その誰に対しても臆することなく堂々と対応していた。ぶっきらぼうで口の悪い少年だったのに、あんなに上品な貴公子になっているとは予想外だった。
 この七年の彼の苦労がしのばれた。

「蘇家だもんな」
 水差しから茶碗に水を入れて飲み、もう一つ、ため息をつく。
 会ってよかったのか、会わないほうがよかったのか。
 目が会った瞬間の、喜びを浮かべた彼の表情に、どれだけ永和が歓喜したか。自分だけじゃなかった。会いたかったのは敏栄《ミンロン》も同様だったのだと知って一気に気持ちが舞い上がった。
 それを悟られないよう、無表情を保ったつもりだが成功したかあやしい。

 長椅子にかかった手の込んだ刺繍の織物に手を滑らせる。つややかな絹はひんやりとしていたが舞い上がった心を鎮めるには足りない。
 やはり断ったほうがよかったかな。会いたい欲に負けて安道士の誘いに乗って来てしまったが、会うべきではなかったのかもしれない。
 その時、扉を叩く音がした。相手はわかっている。
「どうぞ」
 扉を開けて入ってきたのは予想通り、敏栄《ミンロン》だった。

 入って来るなり、「まったく驚かせるなよ」と明るい声を上げた。
 以前と変わらず、いたずらっ子のような笑みを浮かべて、気安い様子で近づき遠慮なく永和の肩をたたいた。
 離れていた七年をやすやすと飛び越えて。

 その態度に、ああ、やっぱり変わってなかったとほっとした。しかしそれを表に出すことなく、無表情で問い返す。
「何が?」
「しらばっくれるなよ。こんなふうに突然会いに来るなんてお前らしいけど」
「お前に会いに来たわけじゃない。安道士のお供をしてきただけだ」
 本音を隠したいあまり、そんなことを言ってしまう。
「それでも俺はうれしいよ」
 にこにこと満面の笑みを浮かべる敏栄は永和の強がりをわかっているようだった。

「それにしても、いつ白雲観を出たんだ?」
「三年前にそろそろ他の道観で修行したほうがいいと言われて虹橋観に移籍したんだ」
「すごいな。虹橋観は道観の最高峰だろ。そこで修行できるなんて、やっぱり永和は巫術の才能があるんだな」
「運がよかったんだ」
「またまた。きっと永和の両親が見守ってくれてるんだな」
 その言葉を白雲観にいた間、敏栄は何度も言ってくれた。懐かしい言葉に、そう言われるたびに励まされたことを思い出した。

 永和《ヨンハ》の両親は二人とも高名な巫術師で、悪鬼《あっき》との戦闘中に亡くなった。
 その後、永和は両親と親睦のあった白雲観に引き取られ、そこで敏栄に出会ったのだ。永和が十歳、敏栄が十一歳だった。
 両親を亡くしたばかりの永和は悲しみで心を閉ざしていた。
 誰とも口をきかず、黙々と日課をこなすだけだった。座学も剣術も巫術も、ただ目の前に出された課題をやるだけで向上心のかけらも持たず、修行に意味を見出すこともできなかった。
 
 こんなことをして何になる? 死んでしまえばそれまでだ。
 巫術を学んでこの世のことわりを極めても、死んだものを蘇らせることはできない。この修行に何の意味があるんだろう。
 暗く沈んでいた永和の心に、敏栄は鮮やかな色彩を伴って飛び込んできた。比喩ではなく、文字通りの意味で。
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