3 / 17
2.古い約束
しおりを挟む
永和《ヨンハ》に用意された部屋は落ち着いた調度品で整えられていた。
蓮の花を模した香炉からは品のいい白檀の香りが漂い、黒檀の家具でまとめられた椅子や卓には金の細工が象嵌《ぞうがん》されている。
「さすがに素晴らしい客間ですね」
永和《ヨンハ》は部屋を見回して言う。
「恐れ入ります。何か足りない物があれば遠慮なくおっしゃってください」
案内してきた家僕までも品がいい。
「それから夕食は敏栄《ミンロン》様がぜひご一緒にと」
「わかりました。伺います」
一人になった永和はため息をついた。
久しぶりに会った幼なじみはずいぶんと立派になっていた。春らしい萌黄色の長袍をまとった姿はひと目を引いて、会わなかった時間を嫌でも感じた。
長寧なんかに行きたくないとぶすくれていた少年はもういなかった。
多くの貴族が挨拶に来ていたが、その誰に対しても臆することなく堂々と対応していた。ぶっきらぼうで口の悪い少年だったのに、あんなに上品な貴公子になっているとは予想外だった。
この七年の彼の苦労がしのばれた。
「蘇家だもんな」
水差しから茶碗に水を入れて飲み、もう一つ、ため息をつく。
会ってよかったのか、会わないほうがよかったのか。
目が会った瞬間の、喜びを浮かべた彼の表情に、どれだけ永和が歓喜したか。自分だけじゃなかった。会いたかったのは敏栄《ミンロン》も同様だったのだと知って一気に気持ちが舞い上がった。
それを悟られないよう、無表情を保ったつもりだが成功したかあやしい。
長椅子にかかった手の込んだ刺繍の織物に手を滑らせる。つややかな絹はひんやりとしていたが舞い上がった心を鎮めるには足りない。
やはり断ったほうがよかったかな。会いたい欲に負けて安道士の誘いに乗って来てしまったが、会うべきではなかったのかもしれない。
その時、扉を叩く音がした。相手はわかっている。
「どうぞ」
扉を開けて入ってきたのは予想通り、敏栄《ミンロン》だった。
入って来るなり、「まったく驚かせるなよ」と明るい声を上げた。
以前と変わらず、いたずらっ子のような笑みを浮かべて、気安い様子で近づき遠慮なく永和の肩をたたいた。
離れていた七年をやすやすと飛び越えて。
その態度に、ああ、やっぱり変わってなかったとほっとした。しかしそれを表に出すことなく、無表情で問い返す。
「何が?」
「しらばっくれるなよ。こんなふうに突然会いに来るなんてお前らしいけど」
「お前に会いに来たわけじゃない。安道士のお供をしてきただけだ」
本音を隠したいあまり、そんなことを言ってしまう。
「それでも俺はうれしいよ」
にこにこと満面の笑みを浮かべる敏栄は永和の強がりをわかっているようだった。
「それにしても、いつ白雲観を出たんだ?」
「三年前にそろそろ他の道観で修行したほうがいいと言われて虹橋観に移籍したんだ」
「すごいな。虹橋観は道観の最高峰だろ。そこで修行できるなんて、やっぱり永和は巫術の才能があるんだな」
「運がよかったんだ」
「またまた。きっと永和の両親が見守ってくれてるんだな」
その言葉を白雲観にいた間、敏栄は何度も言ってくれた。懐かしい言葉に、そう言われるたびに励まされたことを思い出した。
永和《ヨンハ》の両親は二人とも高名な巫術師で、悪鬼《あっき》との戦闘中に亡くなった。
その後、永和は両親と親睦のあった白雲観に引き取られ、そこで敏栄に出会ったのだ。永和が十歳、敏栄が十一歳だった。
両親を亡くしたばかりの永和は悲しみで心を閉ざしていた。
誰とも口をきかず、黙々と日課をこなすだけだった。座学も剣術も巫術も、ただ目の前に出された課題をやるだけで向上心のかけらも持たず、修行に意味を見出すこともできなかった。
こんなことをして何になる? 死んでしまえばそれまでだ。
巫術を学んでこの世のことわりを極めても、死んだものを蘇らせることはできない。この修行に何の意味があるんだろう。
暗く沈んでいた永和の心に、敏栄は鮮やかな色彩を伴って飛び込んできた。比喩ではなく、文字通りの意味で。
蓮の花を模した香炉からは品のいい白檀の香りが漂い、黒檀の家具でまとめられた椅子や卓には金の細工が象嵌《ぞうがん》されている。
「さすがに素晴らしい客間ですね」
永和《ヨンハ》は部屋を見回して言う。
「恐れ入ります。何か足りない物があれば遠慮なくおっしゃってください」
案内してきた家僕までも品がいい。
「それから夕食は敏栄《ミンロン》様がぜひご一緒にと」
「わかりました。伺います」
一人になった永和はため息をついた。
久しぶりに会った幼なじみはずいぶんと立派になっていた。春らしい萌黄色の長袍をまとった姿はひと目を引いて、会わなかった時間を嫌でも感じた。
長寧なんかに行きたくないとぶすくれていた少年はもういなかった。
多くの貴族が挨拶に来ていたが、その誰に対しても臆することなく堂々と対応していた。ぶっきらぼうで口の悪い少年だったのに、あんなに上品な貴公子になっているとは予想外だった。
この七年の彼の苦労がしのばれた。
「蘇家だもんな」
水差しから茶碗に水を入れて飲み、もう一つ、ため息をつく。
会ってよかったのか、会わないほうがよかったのか。
目が会った瞬間の、喜びを浮かべた彼の表情に、どれだけ永和が歓喜したか。自分だけじゃなかった。会いたかったのは敏栄《ミンロン》も同様だったのだと知って一気に気持ちが舞い上がった。
それを悟られないよう、無表情を保ったつもりだが成功したかあやしい。
長椅子にかかった手の込んだ刺繍の織物に手を滑らせる。つややかな絹はひんやりとしていたが舞い上がった心を鎮めるには足りない。
やはり断ったほうがよかったかな。会いたい欲に負けて安道士の誘いに乗って来てしまったが、会うべきではなかったのかもしれない。
その時、扉を叩く音がした。相手はわかっている。
「どうぞ」
扉を開けて入ってきたのは予想通り、敏栄《ミンロン》だった。
入って来るなり、「まったく驚かせるなよ」と明るい声を上げた。
以前と変わらず、いたずらっ子のような笑みを浮かべて、気安い様子で近づき遠慮なく永和の肩をたたいた。
離れていた七年をやすやすと飛び越えて。
その態度に、ああ、やっぱり変わってなかったとほっとした。しかしそれを表に出すことなく、無表情で問い返す。
「何が?」
「しらばっくれるなよ。こんなふうに突然会いに来るなんてお前らしいけど」
「お前に会いに来たわけじゃない。安道士のお供をしてきただけだ」
本音を隠したいあまり、そんなことを言ってしまう。
「それでも俺はうれしいよ」
にこにこと満面の笑みを浮かべる敏栄は永和の強がりをわかっているようだった。
「それにしても、いつ白雲観を出たんだ?」
「三年前にそろそろ他の道観で修行したほうがいいと言われて虹橋観に移籍したんだ」
「すごいな。虹橋観は道観の最高峰だろ。そこで修行できるなんて、やっぱり永和は巫術の才能があるんだな」
「運がよかったんだ」
「またまた。きっと永和の両親が見守ってくれてるんだな」
その言葉を白雲観にいた間、敏栄は何度も言ってくれた。懐かしい言葉に、そう言われるたびに励まされたことを思い出した。
永和《ヨンハ》の両親は二人とも高名な巫術師で、悪鬼《あっき》との戦闘中に亡くなった。
その後、永和は両親と親睦のあった白雲観に引き取られ、そこで敏栄に出会ったのだ。永和が十歳、敏栄が十一歳だった。
両親を亡くしたばかりの永和は悲しみで心を閉ざしていた。
誰とも口をきかず、黙々と日課をこなすだけだった。座学も剣術も巫術も、ただ目の前に出された課題をやるだけで向上心のかけらも持たず、修行に意味を見出すこともできなかった。
こんなことをして何になる? 死んでしまえばそれまでだ。
巫術を学んでこの世のことわりを極めても、死んだものを蘇らせることはできない。この修行に何の意味があるんだろう。
暗く沈んでいた永和の心に、敏栄は鮮やかな色彩を伴って飛び込んできた。比喩ではなく、文字通りの意味で。
0
あなたにおすすめの小説
シスルの花束を
碧月 晶
BL
年下俺様モデル×年上訳あり青年
~人物紹介~
○氷室 三門(ひむろ みかど)
・攻め(主人公)
・23歳、身長178cm
・モデル
・俺様な性格、短気
・訳あって、雨月の所に転がり込んだ
○寒河江 雨月(さがえ うげつ)
・受け
・26歳、身長170cm
・常に無表情で、人形のように顔が整っている
・童顔
※作中に英会話が出てきますが、翻訳アプリで訳したため正しいとは限りません。
※濡れ場があるシーンはタイトルに*マークが付きます。
※基本、三門視点で進みます。
※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。
狼騎士と初恋王子
柚杏
BL
Ωのクレエは、狼の獣人であり国の誇り高き騎士レストに暇さえあれば勝負を挑んでいた。
しかし、一度も勝った試しはない。
そのレストから、見合い話が出ていると聞かされたクレエは思わず父の元を訪れる。
クレエはレストが守る国の第二王子で、父はその国の王だった。
αの王族の中で、何故か一人だけΩとして産まれたクレエはその存在を隠されて暮らしていた。
王子と知らずに扱うレストと、その強さに憧れを抱くクレエ。
素直になれないクレエに、第一王子である兄がそっと助言をする。
出来損ないの花嫁は湯の神と熱い恋をする
舞々
BL
凪が生まれ育った湯滝村は、温泉地として栄えた地域だ。凪は湯滝村で一番老舗とされている温泉宿、「椿屋」の一人息子。幼い頃から両親の手伝いをして、椿屋を支えている。そんな湯滝村にある湯花神社には、湯の神「湯玄」が祀られ、村人たちから信仰されてきた。
湯滝村には湯玄に花嫁を捧げるという風習ある。湯玄は花嫁から生気を貰い、湯滝村に温泉をもたらすのだ。凪は自ら志願し、花嫁となって湯滝神社へと出向いたが「子供には用がない」と追い返されてしまった。村に戻った凪は「出来損ないの花嫁」と村人たちから後ろ指をさされ、次第に湯玄を恨むようになる。
凪が十七歳になり、美しい青年へと成長した頃、湯玄より「もう一度凪を花嫁として捧げよ」という申し渡しがあった。しかし凪は、湯玄からの申し渡しを受け入れることができずにいる。そんな凪に痺れを切らした湯玄は、椿屋に押しかけてきてしまったのだった。
湯玄が椿屋に来てからというもの、貧乏神、アカシャグマ、商売繁盛の神に五穀豊穣の神……色々な神が椿屋を訪れるようになる。椿屋を訪れる神々は実に個性豊かで、椿屋は次第に以前のような活気を取り戻していく。
はじめのうちは突然椿屋にやってきた湯玄に反発していた凪。しかし、強引に迫ってくるだけではなく、自分を溺愛してくる湯玄に少しずつ心を許し、二人の距離は次第に縮まっていく。
出来損ないの花嫁凪と、温泉の神湯玄。そして八百万の神々が送る温泉宿物語。
夢の続きの話をしよう
木原あざみ
BL
歯止めのきかなくなる前に離れようと思った。
隣になんていたくないと思った。
**
サッカー選手×大学生。すれ違い過多の両方向片思いなお話です。他サイトにて完結済みの作品を転載しています。本編総文字数25万字強。
表紙は同人誌にした際に木久劇美和さまに描いていただいたものを使用しています(※こちらに載せている本文は同人誌用に改稿する前のものになります)。
王弟の恋
結衣可
BL
「狼の護衛騎士は、今日も心配が尽きない」のスピンオフ・ストーリー。
戦時中、アルデンティア王国の王弟レイヴィスは、王直属の黒衣の騎士リアンと共にただ戦の夜に寄り添うことで孤独を癒やしていたが、一度だけ一線を越えてしまう。
しかし、戦が終わり、レイヴィスは国境の共生都市ルーヴェンの領主に任じられる。リアンとはそれきり疎遠になり、外交と再建に明け暮れる日々の中で、彼を思い出すことも減っていった。
そして、3年後――王の密命を帯びて、リアンがルーヴェンを訪れる。
再会の夜、レイヴィスは封じていた想いを揺さぶられ、リアンもまた「任務と心」の狭間で揺れていた。
――立場に縛られた二人の恋の行方は・・・
忘れられない君の香
秋月真鳥
BL
バルテル侯爵家の後継者アレクシスは、オメガなのに成人男性の平均身長より頭一つ大きくて筋骨隆々としてごつくて厳つくてでかい。
両親は政略結婚で、アレクシスは愛というものを信じていない。
母が亡くなり、父が借金を作って出奔した後、アレクシスは借金を返すために大金持ちのハインケス子爵家の三男、ヴォルフラムと契約結婚をする。
アレクシスには十一年前に一度だけ出会った初恋の少女がいたのだが、ヴォルフラムは初恋の少女と同じ香りを漂わせていて、契約、政略結婚なのにアレクシスに誠実に優しくしてくる。
最初は頑なだったアレクシスもヴォルフラムの優しさに心溶かされて……。
政略結婚から始まるオメガバース。
受けがでかくてごついです!
※ムーンライトノベルズ様、エブリスタ様にも掲載しています。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
竜神様の番
田舎
BL
いつかX内で呟いた、
『えーん、えーん…💦
竜人の攻めが長いこと探してた番の人間くんを探して(半強制的)に結婚したのに、ツンデレどころかクーデレが過ぎてたせいで、ある日人間くんが「離縁します」と置き手紙残して失踪…!
後悔とブチギレしてる話がなきゃ掃除と洗濯できない😭😭』
という自分の愚痴から始まったツイノベもどきを、再構成と校正しました。
「番」とは何かも知らされず、
選択肢すら与えられなかった人間リオと、
大切にしている“つもり”だった竜人のナガレ。
ちゃんとハッピーエンドです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる