あの日、北京の街角で4 大連デイズ

ゆまは なお

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「あ、そうだ。今日の夜はパエリアでいい?」
 孝弘が食後のコーヒーを淹れた。今日のは酸味が少なめのものだ。

「いいよ。どうしたの?」

「ピエールからみやげでパエリアの素っていうのもらったんだ。うまそうだから試してみようかと思って」

 ピエールは祐樹の隣りに住んでいるフランス人駐在員だ。顔を合わせたら挨拶して軽く会話する程度のつき合いだ。

 ブラウンの髪にグレーの目をしたハンサムな男で、30代半ばだろう。一人暮らしの彼の部屋には数人のきれいな女性が度々出入りしていて、祐樹たちと鉢合わせても悪びれずににやりと笑う男だった。

 もしかしたら祐樹と孝弘の関係にも気がついているかもしれないが、口に出して何か言われたことはない。

「うん、いいね」

 今日は孝弘のほうが先に上がれそうだったので、買い物は任せた。金曜の夜なので、しっかり料理するつもりなのだろう。

 鏡に向かってネクタイを締めている孝弘の横顔を眺めた。普段の出勤時はネクタイを締めないが、今日はこれから青木と待ち合わせて取引先へ向かうことになっている。

 祐樹は同行しないので、一日別行動だ。

「何?」
 じっと見ているのに気づいた孝弘が首を傾げた。

「ううん。何でもない」
 夜には会えるのに寂しいなんて思ったことは口にせず、祐樹は首を振った。 



 夜7時過ぎに祐樹が仕事から帰ってきたら、玄関にまでいい匂いが漂っていた。誰に見られるかわからないから、お互い玄関には迎えに出ないことにしている。

「お帰り、祐樹。すぐご飯にする?」
 キッチンで孝弘が右手に菜箸、左手に缶ビールを持っている。

「うん。着替えてくるから待ってて」

 寒い外から帰ってきて、部屋が明るく暖かく、恋人が食事を作って待っていてくれる。こういう風に迎えられるたびに、なんて幸せなんだろうと何度でも思う。

 マンションは全館暖房されているので室内はどこも暖かい。ひと気のない寝室も廊下もトイレまで暖かく、着替えが寒いなんてことはなかった。

 スーツを脱いで、スウェットの部屋着を着ると気持ちまで柔らかくなる。外で張っていた気が緩んでとろんと体がほぐれた。

 手を洗ってリビングに戻ると、夕食の用意はもうできていた。パエリアのほかに湯通しした白菜とほうれん草のドレッシング和えにベーコンとカブのスープ。

 テーブルのホットプレートから、部屋じゅうに魚介のおいしい匂いが満ちている。

「ホットプレートで作れるって言うから、やってみたんだけどどうかな」
 そう言いながら、孝弘が蓋を開けた。もわもわと湯気が上がる。

「うわー、すごい」

 鮮やかな黄色いご飯の上に口を開けたアサリやイカやエビが乗って、さらにサラミやトマトやブラックオリーブまで飾られていた。彩りもきれいで食欲をそそる。

「さすがにムール貝は手に入らなかったんだけど」
「でも豪華だね。けっこう本格的?」

「わからない。実はパエリアって一回も食べたことない」
「ああ、そうだね。中国だと滅多にないかも…」

「ホテルのスペイン料理屋とか行けばあるんだろうけどな」

 ほかほかのパエリアを皿に取り分けて「頂きます」と今日は新疆ワインで乾杯した。これもぞぞむが買い付けてきた櫻花公司の取扱い商品だ。

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