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第3章-3
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「上野くん、ちょっと待ってて」
しかし祐樹は孝弘にそう声を掛けると、そのまま近くの露店に行き、そのポケットの小銭で飴をいくつか買って戻ってきた。
そしてその飴をさっきの子供たちに全部あげてしまった。
金をもらえずぶすっとしていた彼らは一瞬びっくりした顔になり、それからぱっと笑顔になった。きゃあきゃあと仲間内でしゃべりながら、汚れたサンダルの足取りもかるくどこかへ去っていく。
「…なんで、飴あげたんですか?」
「ん、ああ。あの子たちって、後ろに大人がいるんでしょう?」
「え? ああ、うん、そうです。元締めがいて、親の場合も多いけど、大人より同情を買いやすくてお金をもらえることが多いんで、わざわざ子供に物乞いさせるんです」
当然、子供が得たその金はすべて大人のものになる。子供が分け前をもらえるかどうかは、その大人次第だった。
そういった事情を知っているので、たいていの中国人や留学生は施しをしたりはしないのだ。そんなわけで、彼らが狙うのは外国人や観光客だった。
「そうなんだってね。お金だとあの子たちにはまったく分け前がもらえないことが多いから、子供には飴やお菓子をあげたほうがいいって、フィリピンでストリートチルドレンの取材してた知り合いのジャーナリストが言ってたんだ。だからお金はあげないけど、ちょっとしたお菓子があればあげることにしてる」
子供をだしに使っていることは孝弘も知っていたから金を渡したりはしないが、そんなふうに子供自身に何かをあげようと考えたことは一度もなかった。
「へえ…。そうだったんですね」
「まあこれもあまりよくないのかもしれないし、自己満足っていうことになるんだけど」
でも甘いものって子供はうれしいでしょ、と祐樹はすこし後ろめたそうな顔をした。孝弘はそうですねとはっきり肯定した。祐樹が後ろめたく思う必要は何もないと思ったから。
日々の暮らしに精いっぱいの子供が、甘いお菓子をもらえる機会はそうないだろう。
さっきの子供たちのぱっと日が射したように明るくなった笑顔を思いだす。もしかしたら、金をもらうよりうれしいことだったのかもしれない。
「うん、お金あげるより絶対いいと思います」
知り合いのジャーナリストって人も、そう思ったからの行動だろう。子供に物乞いをさせるのは大人の都合であって、子供には責任がないことだ。
そうわかっていても行動に移すのはなかなか難しい。
祐樹はためらいなく、子供たちに接していた。とくに施しをするという態度でもなく、ただ単純に手元にある小銭の分だけを分けてあげる気楽さで。その潔さがかっこいいと思った。
それ以来、孝弘も子供には飴やチョコが手元にあればあげるようにしている。
「へえ、そういうことする人なんだね」
白族(バイズー)の小物入れを数えて出して、レオンはにこっと笑いかける。
レオンが祐樹に直接会ったのは、香港のホテルで一緒に酒を飲んだ1回きり、ほんの3時間ほどだ。
それ以前のレオンが知っていたのは、ぞぞむから聞いていた話と孝弘がふられて落ち込んだ姿だけだったので、孝弘をここまで落ち込ませるなんてどんな人なのかと実はかなり興味は持っていた。
実際に会った祐樹はぞぞむから聞いていたとおり、上品そうなきれいな顔をしていた。繊細な容姿でやわらかな微笑みは人目を惹きつける華やかさがあった。
話してみたら意外と気さくというかざっくばらんな性格だった。男四人兄弟だからなのか顔に似合わず気が強いようで、日本人らしくなく言いたいことはずばずば言う。
いや、そうでなければ政治的にも経済的にも混乱真っ只中の中国駐在員などやっていられないだろう。でも日本人らしい細やかな配慮も会話の端々に見せて、なるほど、とレオンは思ったのだ。
孝弘が惚れた人って、こういう人だったのかと。
そして同時に安心したのだ。こういう人がそばにいるなら、この先2年間の大型プロジェクトも孝弘はだいじょうぶだろうなと。
しかし祐樹は孝弘にそう声を掛けると、そのまま近くの露店に行き、そのポケットの小銭で飴をいくつか買って戻ってきた。
そしてその飴をさっきの子供たちに全部あげてしまった。
金をもらえずぶすっとしていた彼らは一瞬びっくりした顔になり、それからぱっと笑顔になった。きゃあきゃあと仲間内でしゃべりながら、汚れたサンダルの足取りもかるくどこかへ去っていく。
「…なんで、飴あげたんですか?」
「ん、ああ。あの子たちって、後ろに大人がいるんでしょう?」
「え? ああ、うん、そうです。元締めがいて、親の場合も多いけど、大人より同情を買いやすくてお金をもらえることが多いんで、わざわざ子供に物乞いさせるんです」
当然、子供が得たその金はすべて大人のものになる。子供が分け前をもらえるかどうかは、その大人次第だった。
そういった事情を知っているので、たいていの中国人や留学生は施しをしたりはしないのだ。そんなわけで、彼らが狙うのは外国人や観光客だった。
「そうなんだってね。お金だとあの子たちにはまったく分け前がもらえないことが多いから、子供には飴やお菓子をあげたほうがいいって、フィリピンでストリートチルドレンの取材してた知り合いのジャーナリストが言ってたんだ。だからお金はあげないけど、ちょっとしたお菓子があればあげることにしてる」
子供をだしに使っていることは孝弘も知っていたから金を渡したりはしないが、そんなふうに子供自身に何かをあげようと考えたことは一度もなかった。
「へえ…。そうだったんですね」
「まあこれもあまりよくないのかもしれないし、自己満足っていうことになるんだけど」
でも甘いものって子供はうれしいでしょ、と祐樹はすこし後ろめたそうな顔をした。孝弘はそうですねとはっきり肯定した。祐樹が後ろめたく思う必要は何もないと思ったから。
日々の暮らしに精いっぱいの子供が、甘いお菓子をもらえる機会はそうないだろう。
さっきの子供たちのぱっと日が射したように明るくなった笑顔を思いだす。もしかしたら、金をもらうよりうれしいことだったのかもしれない。
「うん、お金あげるより絶対いいと思います」
知り合いのジャーナリストって人も、そう思ったからの行動だろう。子供に物乞いをさせるのは大人の都合であって、子供には責任がないことだ。
そうわかっていても行動に移すのはなかなか難しい。
祐樹はためらいなく、子供たちに接していた。とくに施しをするという態度でもなく、ただ単純に手元にある小銭の分だけを分けてあげる気楽さで。その潔さがかっこいいと思った。
それ以来、孝弘も子供には飴やチョコが手元にあればあげるようにしている。
「へえ、そういうことする人なんだね」
白族(バイズー)の小物入れを数えて出して、レオンはにこっと笑いかける。
レオンが祐樹に直接会ったのは、香港のホテルで一緒に酒を飲んだ1回きり、ほんの3時間ほどだ。
それ以前のレオンが知っていたのは、ぞぞむから聞いていた話と孝弘がふられて落ち込んだ姿だけだったので、孝弘をここまで落ち込ませるなんてどんな人なのかと実はかなり興味は持っていた。
実際に会った祐樹はぞぞむから聞いていたとおり、上品そうなきれいな顔をしていた。繊細な容姿でやわらかな微笑みは人目を惹きつける華やかさがあった。
話してみたら意外と気さくというかざっくばらんな性格だった。男四人兄弟だからなのか顔に似合わず気が強いようで、日本人らしくなく言いたいことはずばずば言う。
いや、そうでなければ政治的にも経済的にも混乱真っ只中の中国駐在員などやっていられないだろう。でも日本人らしい細やかな配慮も会話の端々に見せて、なるほど、とレオンは思ったのだ。
孝弘が惚れた人って、こういう人だったのかと。
そして同時に安心したのだ。こういう人がそばにいるなら、この先2年間の大型プロジェクトも孝弘はだいじょうぶだろうなと。
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